井高上 大佐撃退作戦 後半 その二

 一九一九年六月 青森県 雪中行軍遭難記念碑前





 颶風殺ぐふうさつを打ち込むため、神行法を発動した井高上 大佐。

 最初の標的である宮森に肉薄する。

 後は宮森の身体に接触するだけで事足りる筈……だったが、井高上の視界に映し出されたのは、今迄とは異なる新鮮な景色。


 神行法の最中なので、思考と感覚も高速化クロックアップしている。

 神行法使用時には視野が狭まってしまう為、得られた分の情報だけでも分析に掛ける井高上。


⦅あれだけ並んでいた石像の多くが無い……。

 いったいどこへやった?

 それに、いま在る石像は軍人と少数の民間人だけで、後は犬だけ。

 確か馬も石化していた筈……。

 大量の石像の在った辺りに在るのは、馬や人足達が引いていた荷車か。

 地面に何か散乱している。

 大量の衣服と白い粉だと?

 白い粉は宗像が撒いたらしいな。

 衣服から視えているグチャグチャは……肉片ではなく、骨?⦆


 何かに気付いたのか、井高上の思念に焦慮しょうりょが混じる。


⦅くそっ、〈ミ゠ゴ〉の子実体を生成したのは目眩めくらましだったのか!

 吾輩が竜巻で〈ミ゠ゴ〉の子実体を処理している間に、石化させておいた民間人共を多野 教授が術式操作で砕いたな。

 そして砕かれた民間人共の石化を解除し、生身に戻った民間人共を一気に絶命させる。

 多野 教授は遺体の水分を残らず搾り取り、絶命した民間人共の邪念まで吸収していた!

 奴の思惑おもわくに気付けなかった事が悔やまれる……。

 ん?

 何だ、何故ここまで暗い?

 まだ日没の時間では……。

 吾輩とした事が抜かった!⦆


 井高上は自身の身に降りかかる凶事を予測したが、今更神行法の軌道は変えられない。

 仕方なく颶風殺の発動を止め、神行法の使用による摩擦熱処理に入るしかなくなった。

 井高上は出来うる限りの冷気を放出し、自身の肉体と身に纏う耐熱装備の冷却に努める。


 冷却が終了。

 身に降りかかる凶事から逃れるべく、井高上は再度神行法の発動を試みた。


 出来なかった。


「グハァァッ!」


 神行法を再発動しようとした矢先、勿忘草色わすれなぐさいろの光芒が井高上の胸へと食い込む。

 宮森が自らの寿命を削り、霊色オーラを纏わせた銃弾だ。


 神行法の摩擦熱処理があだとなり、障壁バリアを張る余裕が無かった井高上。

 致命傷には程遠いが、霊色オーラを纏っているため冷気では完全に止める事が出来ない。


 加えて銃弾が纏った霊色オーラは、風天・自在法の影響も相殺している。

 詰まり、井高上が細心の注意を払い付着を阻止しようとしていた〈ミ゠ゴ〉胞子が、彼の胸に撃ち込まれてしまったのだ。


 この事象が後にいかなる影響を及ぼすのか、銃弾をその身に受けた井高上も、放った宮森ですら、今は知るよしも無い……。





 宮森の放った銃弾で動きを止められた井高上。

 彼は辺り一帯に暗い影を投げ掛ける原因を探るべく、迅速に天を見上げた。


 見上げた先に、天は無かった。


 天の在るべき場所に在ったのは、辺り一帯の上空に浮遊している大量の水と血液。

 その総量、凡そ一〇キロリットル。


 それが井高上はおろか、多野、宮森、宗像、全てを飲み込んだ。


 水と血に飲まれた井高上。

 彼の味蕾みらいが反応する。


⦅矢張り塩水か。

 確か、海軍が多数の人工降雨装置を本土や周辺海上に設置しているとの情報が有ったな。

 もしここに雨が降れば塩水の濃度が薄まってしまい、電気伝導率が下がる。

 そうならないよう、人工降雨装置で予め別の場所に雨雲を作っておいたか。

 となると、この塩水は電気伝導率が最大限にまで高まっている……。

 まずい、これはまずいぞ!⦆


[註*味蕾みらい=舌にある感覚器]


 井高上が風天・自在法を発動。

 最後の足掻きなのか、自身の周囲に竜巻を生成する。


 竜巻は、水と血、周囲に散らばっている民間人の衣服や骨、馬のくらや荷車、自生している草花、苔、挙句の果てには〈ミ゠ゴ〉の残骸をも巻き上げ、まるで大海の大渦おおうずの如く荒れ狂った。

 もう霊力が残っていないのだろうか、大渦はそれ以上の拡大はせず、中心の井高上に向け収束して行く。


 その様子を楽しげに見届けた多野。

 彼は満を持して、溜めに溜めた電撃を解き放ち言い放った。


「――布瑠部 由良由良止 布瑠部――

 ……これでしまいである。

 井高上 大吾だいご、破れたり!」


『ガカァッ!』


 多野の放電により、井高上はおろか、水分で全身を覆われた、多野、宮森、宗像までも瞬時に石化する。


 自身の身体が静止していく中で井高上を待ち受けていたのは、化石色の絶望であった――。





 多野の能力である石化。

 なぜ多野は対象を一瞬で石化する事が出来るのだろうか。

 その鍵となるのが水分と電気である。


 最初に、石化の作用機序について説明しよう。


 通常、生物が死亡するとその体内に気体ガスが溜まり、細胞が破裂する。

 しかし水などが体内に侵入すると、外に逃げようとする気体が水分に溶け込み、細胞は破壊されない。


 衣服など、非生物の大半もそうである。

 詰まり、対象に充分な量の水分を行き渡らせる事によって、多くの化石に見られる骨だけの石化ではなく、臓器や皮膚をも含めた完全な体組織、果ては身に着けている衣服なども保存が可能なのだ。


 次に石化する迄の速さである。

 大量の水分で体表を覆った対象に膨大な電圧を掛けて放電すると、対象の蛋白たんぱく質や骨などが、珪素けいそ(シリカ)などの化合物へと一瞬で置き換わってしまうのだ。


 最後に、石化した生物の組織について説明しよう。


 井高上の衝撃波を食らい砕けてしまった石像の断面を宮森が検証していた場面で、彼が『赤かったり黒かったり』と発言している。

 これは生物の体組織が化学反応により化石化した事を示し、動脈血は赤色に、静脈血は黒色に変色したからだ。


 又、『心臓の辺りだろうか、断面が蒼い光沢を放っているぞ』とも発言している。

 心臓は特に血液が集中する臓器の為、血中に含まれる様々な金属元素が化学反応を起こすのだ。

 それにより、心臓が一瞬で化石化すると蛋白石たんぱくせき(オパール)として現出する場合が多い。


 そう、化石を作るのに何百年何千年と云う時間は必要ない。


 世に出ている太古の時代の化石と呼ばれるモノ。


 ソレは本当に何千万年、何億年も前のモノなのであろうか。


 それとも……。





 井高上 大佐撃退作戦 後半 その二 了

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