第十節 井高上 大佐撃退作戦 後半

井高上 大佐撃退作戦 後半 その一

 一九一九年六月 青森県 雪中行軍遭難記念碑前





 井高上 大佐の繰り出す秘術により、海軍陸戦隊の戦闘員十人と、手練れの魔術師六人を瞬く間に失った瑠璃家宮 陣営。

 残る戦力は、戦闘員でない宗像を除けば多野 教授と宮森だけである。


 左手で自慢の回転羽根プロペラ髭を弄り乍ら、わずがたりの井高上。


「多野 教授ー、チョット待ち過ぎじゃな~いのー。

 その周りに浮かせてる水と血で相手を包み込んで、一瞬で石化しちゃうんでしょー。

 もうバレてるからー。

 後、宮森くーん。

 君はどうするのー、掛かってこないのー?

 どうしよっかなー、やっちゃおっかなー?」


 多野は井高上の贅言ぜいげんは無視し、自身の周囲に水を侍らせ続けている。

 そんな多野の態度に痺れを切らしたのか、井高上が動いた。


 やや離れた場所にある石像展示場ギャラリーを狙い、伊舎那天・衝撃法を放つ。

 衝撃波をまともに食らった一体がバラバラに砕け散った。


 宮森と明日二郎は気付く。

 その石像はバラバラになり乍らも、生命の息吹が失われていない事に。

 そして、石像の破片から悲痛な思念が流れ出ている事にも。


『うぅっぉおおおおおお……。

 痛え、痛えよおおおおおおぉ!

 身体中がバラバラんなってんのに、何で痛みがはっける走るんだぁああああ!

 助げでぐれ……助げでぐ……』


 多野の術式により、石化し乍らも生かされている被害者。

 どういう仕掛けになっているのか、痛みを感じていた。

 彼の悲痛な叫びと恐怖の感情は、邪念を醸成するのに充分である。


 その邪念の手触りを感じ取った井高上。


⦅矢張り生きている。

 邪念も放出されてはいるが、石化している以上、全て多野 教授の総取そうどりとなるようだな。

 奴らを贄に使っての邪念供給は諦めるしかあるまい……⦆


 一方の宮森は、バラバラに砕けた被害者の断面を観察している。


『どうやら、石化した人達の恐怖や苦痛などの感情は、術式を構築した多野 教授が独り占め出来るみたいだね。

 あと気になるのが砕けた石像……被害者だけど、その断面が赤かったり黒かったり色付いている。

 あれはちょうど心臓の辺りだろうか、断面が蒼い光沢を放っているぞ。

 明日二郎、あれは何だと思う?』


『んで、イキナリ現場検証か。

 タノがどんな手を使ったか解らんが、被害者はまだ生きてんだぞ。

 少し悪趣味なんじゃないか?』


『おっと、明日二郎そこまでだ。

 事態が動きそうだぞ……』


 石像展示場ギャラリーから何かが突如として飛び出した。

 宗像である。


 宗像は防毒面ガスマスクを着用し、右手には手榴弾しゅりゅうだんたずさえていた。

 宗像が被っている防毒面ガスマスクと持っている手榴弾は、石像展示場ギャラリーが開催される前、陸戦隊の民間人統率班員があらかじめ荷物から取り出しておいた物である。


「やっと出番が来たで。

 男 宗像がいてこましたる。

 これでも、食らえやーーーーー!」


 宗像は気合を入れて手榴弾を投擲とうてきしてみたものの、高度が足りず放物線を描く迄には至らない。

 これでは距離が開いた井高上 近辺まで届かず、かえって多野と宮森の前に落ちる格好だ。


 中途半端な軌道で地面に落ちた手榴弾は、『パン!』と迫力不足な音を鳴らして破裂。

 多野と宮森の前に黒い煙を吐き出すだけに終わった。


 宗像の行動に疑問を持った井高上が思案する。


⦅あれは、通常の手投げ弾ではなく演習用の代用弾……。

 宗像、いったい何の真似まねだ?⦆


「多野 教授、宮森はん、今やーーーー!」


 宗像が防毒面ガスマスク越しに叫ぶ。


 その叫びが届く前に、多野からの合図を精神感応テレパシー通信で受け取っていた宮森。


「宮森 君!」


「はい!」


おとりとなって死守せよ、か。

 衝撃波を食らえば終わりだってのに、言ってくれるよ……⦆


 多野は自身の周りに浮遊していた水と血液を、念動術サイコキネシスを用いて手榴弾破裂後の黒煙へと押し流す。

 それだけでなく、自身と宮森の頭部全体を包み込むような形で水を張り巡らせ、全周囲兜フルフェイスヘルメットを形成した。

 勿論、頭部を取り囲む水と素肌の間に僅かな空気層を用意し、目、鼻、口、耳と水の接触を防止している。

 

 さて、水の全周囲兜フルフェイスヘルメットを装着しての呼吸は可能か?

 答えはである。


 水の全周囲兜フルフェイスヘルメットは塩水で構成されており、電気分解で容易に酸素を取り出せるのだ。


 多野の押し流した大量の血と水が黒煙を消し、宮森が黒煙の跡を狙い成長促進の術式を放つ。


『……ュッ、ビュルルルゥゥ、ビャアアアァァッーーーッ……』


 黒煙の跡から、爆発的に何かが膨れ上がる。


 木のみきほども有る柔組織じゅうそしき

 特異な形状の傘。

 短い突起を生やした細長い柔組織で構成される渦巻き状円盤。


〈ミ゠ゴ〉の子実体。

 宗像のほうった演習用手榴弾には、〈ミ゠ゴ〉胞子が詰められていたのだ。


〈ミ゠ゴ〉は菌類に近い生態である。

 成長するには水分と栄養が必要な為、先ずは多野が水と血液を送り込んだ。


 次に宮森が生体活性の術式を組み合わせる。

 その甲斐も有り、〈ミ゠ゴ〉胞子を極短時間で爆発的に成長させる事が出来た。


 幾本もの〈ミ゠ゴ〉の子実体は木々の如く立ち並び、井高上と宮森 達の間に防風林を形成する。


 井高上は伊舎那天・衝撃法で〈ミ゠ゴ〉の子実体を吹き飛ばしに掛かるが、子実体の柔組織が衝撃を吸収してしまい思うようにはかどらない。

 それに加え、術式で促成そくせい栽培された〈ミ゠ゴ〉の子実体が繁殖期に入る。


〈ミ゠ゴ〉の菌褶きんしゅうからは胞子が一斉に飛び出し、辺り一帯を黄土色に染め出した。

 井高上が衝撃波を放てば放つほど、辺りに〈ミ゠ゴ〉の胞子が広がってしまう。


[註*菌褶きんしゅう=キノコの傘のひだ


〈ミ゠ゴ〉胞子が生物の粘膜や傷口などに付着してしまうと、胞子はその生物の栄養と水分を利用して成長し、菌糸を形成してしまうのだ。

 もしそれが中枢神経や脳に達してしまったら、身体の自由は失われ、意識さえも〈ミ゠ゴ〉に乗っ取られてしまうのである。


 その事態を防ぐ為に宗像は防毒面ガスマスクを、多野と宮森は水の全周囲兜フルフェイスヘルメットを着用しているのだ。

〈ミ゠ゴ〉が水の全周囲兜フルフェイスヘルメットに付着すると、〈ミ゠ゴ〉の成長を促進してしまう恐れが有るのではないか、と思われるかも知れないがその心配は無用。


 水の全周囲兜フルフェイスヘルメットは酸素を取り出す為に電気分解を利用している。

 その電流が磁界を生み出し、〈ミ゠ゴ〉胞子にも帯電して磁力反発を起こす事で、〈ミ゠ゴ〉胞子の付着を防ぐのである。


 井高上が初めてわずらいの色を見せた。


「あーこれこれ、コレだよねー。

 愛しのマイハニー史郎をあ~んな目に合わせてくれた〈ミ゠ゴ〉。

 意識を乗っ取って集中を乱し、術式の構築を妨害する。

 そのお蔭で史郎はあんな事に……。

 宮森 君だっけ、君はホント上手~い戦法を考えた。

 今からでも遅くない、吾輩の所に来ないかね?

 やっぱダメ。

 あーそう。

 話を戻すが、この手ね。

 今そちらが仕掛けている、〈ミ゠ゴ〉を使って意識の集中を乱す手。

 この戦法、史郎に破られてるよね。

 そして吾輩が対処法を練り上げていないとでも?

 心外である!」


 井高上の鯨波に呼応して暴風が吹き荒んだ。

 衝撃法では〈ミ゠ゴ〉胞子を撒き散らすだけだと悟り、風天・自在法で気流を操る事に切り替えたのである。


 荒れ狂う風が、〈ミ゠ゴ〉の防風林を無理矢理薙ぎ倒して行った。

 しかしその反面、気流の細やかな制御で、〈ミ゠ゴ〉胞子が自身に付着しないよう取り計らう井高上。


 暴風に負けじと大音声だいおんじょうで高言する。


「この程度の林、竜巻で薙ぎ倒せば良い。

〈ミ゠ゴ〉の胞子も吹き飛ばせて一石二鳥よ!

 今のうちに念仏でも唱えておくんだな。

 あーそうか、君達は仏式ぶっしきじゃあないのだったね。

 では祈っていろ。

 吾輩に衝撃法を撃ち込まれ、風葬に処せられるその時までな!」


 竜巻が〈ミ゠ゴ〉の防風林を根こそぎにし、魔人のく道を切り開いている。

 その魔人は掃除の順番を考えていた。


⦅宮森とやらは棒立ちのまま動きが無い。

 何か仕掛けて来るかと思ったが、買い被り過ぎだったかな。

 最初は奴に颶風殺を打ち込む。

 宗像は元より戦闘には不向き、後回しでいいだろう。

 残るは多野 教授の石化術式。

 瞬間的に石化するには、水などの液体で対象の全身を覆う事が条件か。

 水分は先程〈ミ゠ゴ〉の林を造り出すのに殆ど使い切ったようだが、電撃で攻撃される恐れも有る。

 今は多野 教授への接近は避けるべき。

 とするならば、間合いを取って衝撃法で削り殺した方が良かろう……⦆


 竜巻が消失して子実体の残骸が降り注ぐ中、井高上は多野 達を視界に捉えた。

 既に宗像も合流してしる。


 宗像は防毒面ガスマスクを脱ぎ、多野と宮森も水の全周囲兜フルフェイスヘルメットを被ってはいない。


 井高上が竜巻を消したのを機に、宮森がサベージM1907を発砲する。

 続けざまに五発発砲するが、井高上が風を操り弾道をずらした所為で命中しない。


 井高上は宮森の銃撃を見切り、衝撃法で多野を狙う。


 多野は障壁バリアを展開し衝撃波を軽減したものの、その威力を相殺そうさいする迄には至らず、後方へと吹き飛ばされた。


 井高上は透かさず神行法を発動、宮森へと肉薄しに掛かる。


⦅宮森、ったぞ……⦆


 井高上はそう確信し、颶風殺を装填した――。





 井高上 大佐撃退作戦 後半 その一 了

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