ヴーアミタドレス山突入作戦 その四

 一九一九年六月 ハイパーボリア大陸周辺海域





 ヴーアミタドレス山を周回中のサニーストーム。


 今日一郎と入門は、眼下で繰り広げられる蹂躙劇を目の当たりにしていた。

母なるハイドラ頼子〉に絞め壊される潜水艦と、〈父なるダゴン益男〉に両断される同型の潜水艦。


ダゴンとハイドラ権田夫妻〉が、全長約三〇メートルもの巨体を維持できているのには理由が有った。

 生物は体積が大きくなるに連れ身体の表面積が小さくなり、体内で発生した熱が逃げにくくなる。

 そう、巨大化には熱を伴うのだ。


 三〇メートルの巨体では、計算上摂氏三〇〇度にまで達する。

 当然、骨質を除く生体組織が摂氏三〇〇度の熱に耐えられる筈がない。

 ではどうするのか。


ダゴンとハイドラ権田夫妻〉は、発生し続ける熱を自身の霊力と大量の海水とで冷却処理しているのである。

 又、筋肉や骨格と云った生体組織への負担も霊力で軽減する事になるが、海中ならば浮力が効くので陸上よりも負担が少ない。

 それにより、活動限界の延長も可能になる。


ダゴンとハイドラ権田夫妻〉の活躍を見届けた後、今日一郎は〈深き者共ディープワンズ〉に様々な意味で蹂躙されている赤軍艦隊に目を移した。


 その光景に思う所が有ったのだろうか、無線機で草野 少佐に質問する。


「草野 少佐、何故あれ程の〈深き者共〉を用意できたんだ?」


『イノベーションと云うやつですよ。

 日本語に訳せば……技術革新、とでも云うのでしょうか』


「……技術革新イノベーション

 新しい事が出来るようになったと、そう解釈していいのかな?」


『そうです。

 それもひとえに宮司殿の御蔭でもあるのですよ。

 実はカナダ、アラスカ、グリーンランドに住んでいるイヌイット、イヌピアット、カラーリット。

 要は先住民ですな。

 彼らの中には、〈深き者共〉の血を色濃く受け継いでいる者達がいます。

 通常は〈深き者共〉の遺伝子が発現せずそのまま一生を終えるのですが、韮楠にらぐす 家が代々養殖している肉人にくじんの一部と、捕獲に成功し韮楠 家に保管を委託していた〈ショゴス〉。

 そして御身体が変容された状態でのあや 様の歌声。

 それらを用いて適格者に邪霊定着の儀式を施すとですな、見事な変身能力を持った〈深き者共〉が生まれるのです』


 ここで、先程までいい気分で歌っていた入門が口を出した。


「草野 少佐、理屈は解ったぞよ。

 しかし、あの韮楠 家が家宝としてまつる肉人の一部を大量に渡すものかのう?

 それに綾 殿の歌声を聴かせると云うても、大勢の先住民達を日本に連れて来る事など出来まい?」


『はは。

 入門 殿の御考えは御尤も。

 韮楠 家との件は、瑠璃家宮 殿下自らが折衝せっしょうされました。

 韮楠 家には今作戦での利得共有と資金援助を条件に、肉人の一部、粉末状でしたがな、それを御提供頂いた。

 綾 様の歌声の件はですな、九頭竜会が新しい録音媒体とその再生機の開発に成功したのです。

 確か、ビニール盤とかバイナルとか云う呼び名でしたかな。

 要はレコード盤です。

 これに綾 様の歌声を録音しまして、先住民達に聴かせ儀式を行なったと云う訳ですな』


 草野と入門の遣り取りを理解した今日一郎は、猛烈な危機感を抱く。

 そして、その危機感は正しい。


 当然、円盤レコードのビニール盤を製造する技術はまだ世に出ていない。

 それらの先端技術は一般公開されず、先ずは軍事と邪神復活に利用されるのである。


⦅韮楠 家から肉人の一部を提供されるのはまだしも、綾の歌声を録音して適格者に聴かせるとは……⦆


 今日一郎が草野に探りを入れる。


「草野 少佐はその為に渡米を?」


『ええ。

 我ら瑠璃家宮 派は、数の上で大昇帝 派に大きく劣りますからな。

 尖兵せんぺいである〈深き者共〉の量産は急務。

 それと、宮司殿がいま乗っておられる機体を始めとしたアメリカ海軍との技術交流に、向こうの結社との提携ですな。

 おっと、敵さんはもう総崩れ。

 待ちに待ったヴーアミタドレス山への突入です。

 では、御二人とも準備を……』


 草野からの無線通信が終わり、今日一郎は精神集中に入る。


 電磁障壁バリアを越える為の転移術式をまねばならない。

 入門が潜水空母ボウヘッド艦内で言った通り、術式の構築が甘ければ転移失敗。

 身体が分子水準レベルで崩壊する。


「入門 殿、貴方にも覚悟だけはして貰う。

 では」


 今日一郎が目を閉じる。

 視覚だけではなく、五感全てを意図的に閉ざす。


 そして放出される、不浄の言霊ことだま――。



 ―― 仏丐んがい仏伽駕呀んががあー佛求ぶっぐ砠互具しょっごぐ怡叭婀いはー

 ―― 夜喰よぐ外於吮そとーす夜喰よぐ外於吮そとーすあい

 ―― 怡叭婀いはあ佛求ぶっぐ砠互具しょっごぐ仏伽駕呀んががあー仏丐んがい



 不浄の言霊が広がり、サニーストーム前方の空間が振動した。


 今日一郎 自身が感得した邪神の気配を、自機の前と電磁障壁バリアの向こう側に投影する。


 草野は自身の〘遠隔透視リモートビューイング〙ではっきりと感じた。

 電磁障壁バリア内と外の空間が振動、共鳴した末に、次元孔ポータルが開くのを。


 入門が両手を組み祈る。


 失敗すれば即御陀仏おだぶつなので気持ちは解らないでもない。

 だがその所作は、甲子園に出場した自校球児の活躍を祈る女子高生のソレである。

 

 三者三様の佇まいの中、次元孔ポータルにサニーストームが突っ込んだ。

 抵抗が有るのか、機体が小刻みに傾転ロールする。

 草野が行なっている〘遠隔操縦リモートコントロール〙が一時的に無効となり、機体の制御が利かない。


 直径一五メートル程の次元孔ポータルに機首がめり込む。

 すると三メートルほど離れた電磁障壁バリア内の次元孔ポータルから、めり込んだ分の機首がり出て来た。


 物体切断手品マジックを彷彿とさせる様相を呈した後、機体が丸ごと次元孔ポータルからまろび出る。


 機体の操縦席コックピットでガックリと項垂うなだれる今日一郎。

 明日二郎の力を借りずに邪神と交感した為、放心状態になってしまっていた。


「お、お助け~~~~~~~~~~~~~~~~っ!」


 右傾転ロールを続け緩く錐揉きりもみ回転する機体。

 祈る女子高生ポーズで泣き出す入門。


 墜落してしまいそうになる中、草野が間一髪で制御を取り戻す。

 こう云う芸当が可能なのも、宮司である今日一郎が次元孔ポータルを開いてくれた御蔭だ。


 機体と入門が安定飛行に入った頃、今日一郎が意識を取り戻し眼下を見遣る。


 やっとの思いで踏み入った電磁障壁バリア内には、氷海はおろか凍土すら無い。

 そこに広がるのは、萌える新緑の草原。


 いにしえに封印され陸地の大部分が海へと沈み、その周辺海域は暴風、大雪、高波が取り囲む。

 近年、何者をも寄せ付けなかった幻の大地。


 そこへ、一機の飛行機が今、侵入を果たす。



 世界の頂点トップ・オブ・ザ・ワールドと偽りの名を付けられた。


 そうでも呼ばねば隠し通せなかったかも知れない。


 為政者がその存在を隠し続けて来た常春とこはるの桃源郷。


 ほぼ全ての宗教の経典には確かに記されている。


 今では大半の人間が信じていない。


 世界の中心センター・オブ・ザ・ワールド


 ヴーアミタドレス山。


 地のもとい――。





 ヴーアミタドレス山突入作戦 その四 了

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