ヴーアミタドレス山突入作戦 その三
一九一九年六月 ハイパーボリア大陸周辺海域
◇
その頃U160‐1では、艦長が異常に気付き艦を急速浮上させていた。
そして、現場からの急速離脱を図るため捨て身の行動に出る。
「魚雷発射管、艦首、艦尾共に開け!
このまま全速力で離脱を試みる!
発射準備でき次第即座に発射しろ!
敵性目標に命中しなくとも構わん。
我々は生きて帰る!」
艦長の判断は早く、決意は固い。
艦前方に迫る敵性目標に対して魚雷が発射された。
「艦長、敵性目標は右舷側に逸れるも尚も前進。
速度そのままで本艦に向かって来ます!」
「突っ込んで来る積もりか⁈
そっちも只では済まんぞ!」
「艦長、敵性目標から何かが放たれたようです。
水測員は言葉に聞こえると……」
「なんと聞こえているんだ?」
「はっ。
これは……『
「ふざけやがって!」
艦長が悪態をつく中、敵性目標はU160‐1へと向かい急接近。
ソレは右腕を海上に出し、備わっている鰭を展開。
海中に浸かっている鰓が大量の海水を吸い込むと、鰭の周りに虹が架かった。
敵性目標に魚雷が迫る。
擦れ違いざまの一閃。
煌めく
不発に終わった魚雷攻撃だったが、艦長の狙いは離脱である。
艦全体にはこのまま突っ込むとの連絡が回り、乗組員全員が衝撃に備えていた。
刃状に発達した巨大な棘条が放つは、
全長は七〇メートルを超え、全幅も六メートルを超えているU160‐1。
艦長はあくまでも強気だ。
「来るなら来い!
必ず生きて戻り、祖国の栄光を取り戻し……てっ⁉」
『ジャアアアアアアアアアァァァーーーーーーーーーァッッ!』
そのU160‐1が、耐圧殻をものともせずに艦首から艦尾までを一気に斬断された。
U160‐1を前後に斬断した敵性目標は進路を反転させ、左腕の
ソレは船体から突き出た艦橋の天井部分だけを
艦長以下、艦橋内の乗組員は声にならない叫びを上げていた。
正気を保っているのかいないのか、敵性目標に対し出鱈目に発砲する。
「くそおぉ……。
何見てんだよ畜生ぉぉ!
死ね死ね死ねしねシネよぉぉぉ!」
しかし、銃声は
敵性目標が口を開くと鮫に似た二重の歯列が覗き、御別れの挨拶が発せられた。
「
左腕でがっちりと船体を固定し、右腕の
ゆっくりと迫る
『ブーーーーーーーゥン……』
振動は艦橋の中まで染み渡り、刃先は艦長に迫る。
「何だよコレは⁈
ぼやけた音させやがって。
消せ、消せよ!
この音を消せってんだよォォーーーーー!」
乗組員が拳銃を発砲するが、発砲音は刃の発する振動音に包み込まれて消えた。
波飛沫が刃の周りに虹を作り出す。
自身に刃先が触れる寸前、艦長は視た。
巨大な棘条の外周を、微細な刃が高速で移動している様を。
「よく斬れる訳だ……」
〈
[註*
◇
U115‐1とU160‐1が〈
甲板に次から次へと乗り込んで来る〈
最初こそ甲板作業全般を担当する運用員が対処に当たっていたが、当然それ所ではない。
経理員、補給員、挙句の果ては
「な、なんだこいつら⁈
年寄りが言ってた〖ヴォジャノーイ〗じゃねーのか?」
「いっだああぁ⁈
こ、こいつ咬み付いてきやがる!」
身体能力が違い過ぎるのか、剛腕で鳴らす乗組員達も格闘戦では分が悪いようだ。
一部は拳銃で応戦しているものの、目立った効果は無い。
「この野郎っ、食らえっ、食らえー!
あ、当たった!
でもアイツら、血っ、血がぁあ、赤紫ぃ色?」
「折れる、折れるって……。
せ、背骨ぐわぁっ!」
「そ、ソコは大事なトコッッ!
ぷげぇ……」
だが中には、乗組員を攻撃せず床に組み伏せる個体がボツボツ見られた。
「お、俺になんか用かよ……。
う、うわっ、こっち来んな!
え?
なんでズボン降ろすんだよ⁉」
海の男達である。
一度任務に就けば、何箇月も
その上この危機的状況。
子孫を残そうと、己の意思に関係なく身体が反応してしまっていた。
硬骨魚型の〈
「うあっ!
生臭えぇ、魚臭えぇ!
あ、あ、何か変な感触きた……。
え?
俺、ヴォジャノーイの雌とやってんのか?
嫌だ!
何でこんな奴とっ……うええぇ、魚臭え!
……でも、でも、気持ちいいよぉ……。
嫌なのに、我慢がっ。
ううっ、出ちまいそうだ……」
嫌がる乗組員が手足をばたつかせるが、それも
「い、嫌だ!
こんな化け物と子供作りたくねえっ!
故郷には恋人が待ってんだ。
これから、どんな顔して逢えばっ!
……いいんだよぉぉ……」
うっとりとした顔で果てている乗組員。
彼がこの惨事を生き延びる事が出来れば、『こんにちは赤ちゃん♪』出来る日が来るかも知れない――。
◆
〈
しかし一見派手に思えた殺戮とは裏腹に、殺害された乗組員は半分以下だったと云われている。
旗艦である弩級戦艦ガングート含め、多くの艦は無事とは云えない迄も、母港であるクロンシュタット港に帰港が叶った。
今回の赤軍艦隊の敗退には後日談がある。
一九二一年三月、ボリシェヴィキ政権に対してクロンシュタット港の水兵達が反乱を起こした。
俗に云う、〖クロンシュタットの反乱〗である。
この反乱に参加した水兵達の大半は、一九一九年六月に行われたハイパーボリア大陸周辺の
逆に〈
実はボリシェヴィキ政権の裏には九頭竜会 大昇帝 派、
その事から、一九一九年六月の〈
クロンシュタットの反乱の例を見る迄もなく、歴史の裏には常に魔術結社同士の抗争が隠れているのだ。
もう一つ、〈
クロンシュタット港に帰港後、生き残った水兵達の一部が次々と自殺した。
多くは
入水の現場を目撃した者の談では、『海で恋人が待っている……』、『海から妻子の声が聞こえて来る……』、などと
◆
ヴォジャノーイの伝説にある海底の王国。
光り輝く海底の太陽。
水晶宮殿の周りを仲良く泳ぐ親子連れ。
海上の戦場から海底の
そんな(
[註*ヴォジャノーイ=ロシアなどのスラヴ民族圏に伝わる妖精、妖怪。
湖や沼などの水辺に人間を引き込み、捕食したり奴隷にしたりする。
伝えられる所によれば、沈んだ船から金銀財宝を持ち去り、海底に築いた彼らの王国に運び込むとも。
又、その王国には水晶で出来た宮殿があり、太陽よりも強く輝く魔法の石が鎮座しているともいわれる。
クトゥルー(クトゥルフ)神話のクリーチャーである〈
◆
ヴーアミタドレス山突入作戦 その三 了
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