ヴーアミタドレス山突入作戦 その二
一九一九年六月 ハイパーボリア大陸周辺海域
◇
発艦したサニーストームは、敵艦の対空砲火に備え海抜七〇〇〇メートル近くまで上昇する。
ここまで上昇すれば、敵艦の高射砲は先ず命中しない。
機体内の温度は当然下がって来たが、今日一郎の背後には依然として高熱源体が居座っており丁度良い。
草野 少佐が無線で連絡して来た。
『どうやら敵艦に発見された模様です。
権田 夫妻と心強い援軍達に本領を発揮して貰いましょう。
この機体は今からヴーアミタドレス山へと向かいます。
電磁障壁内に侵入する為、一旦高度を落とします。
その際敵艦からの対空砲火が予想されますが、余裕で振り切って見せますので御安心下さい。
では、権田 夫妻と援軍達が接敵する迄の時間を稼ぐ為、暫くヴーアミタドレス山を周回します……』
草野がそう豪語し、サニーストームはヴーアミタドレス山の周回軌道へと入った。
◆
ハイパーボリア大陸周辺海域を潜航中であるドイツ共和国の潜水艦U115‐1艦内では、これまでにない狂想曲が繰り広げられていた。
「艦長、クイーンエリザベス諸島沖方面から巨大な何かを探知。
猛烈な速さで本艦に向かっています!」
「巨大な何かだと?
鯨ではないのか?
大きさ、数、速度を知らせ!」
「大きさ、約三〇メートル!
個体数は二!」
「速度約三八ノット(
は、速すぎる……。
部下達の報告を聞いた艦長は、半信半疑で副長に号令する。
「副長、計器の故障かも知れん。
再度確認を急がせろ。
私は友軍艦のU160‐1まで連絡を入れる」
艦長はU160‐1にも連絡を入れるが、向こうにも同様の事態が起きていた。
[註*U115‐1・U160‐1=ドイツ共和国が第一次世界大戦中に建造していた潜水艦。
公式には建造途中で未完成に終わっている]
◇
打って変わって今度は海上、赤軍艦隊の旗艦ガングートでは。
[註*ガングート=ロシア帝国の
作中の年代では赤軍艦隊に所属]
「艦長、上空に所属不明の航空機らしき機影を捉えました。
クイーンエリザベス諸島沖から北極点に到達する進路です。
いかがしますか?」
「単独飛行の話なんぞ聞いとらん。
念の為、電測員にその機体を追跡させろ。
艦隊の他の船にも通達」
艦長の号令を復唱した後、副長が大層言いにくそうに口を開いた。
「あと艦長、見張りから奇妙な報告が挙がっています」
「何だ?」
「それが、海からバケモノが
「ふん、そんなもの大砲で吹き飛ばしてやると言え!
全く、寝ぼけおっぉっ……⁈」
艦長が艦橋の窓に目を移して直ぐ、見慣れた
銀色に輝く鱗に覆われ水掻きを持つ手。
乳白色のブヨブヨとした
海老茶色でキチン質の甲殻。
鮮やかな
真白な吸盤。
ソレらは艦橋の窓にへばり付き、有ろう事か窓を破壊しようとしている。
艦長以下、言葉を発する事の出来る者はこう呟いていた。
「
〈
[註*
[註*
主に移動用として用いられ、光を反射し虹色に光って見える]
◆
ヴーアミタドレス山を周回飛行中のサニーストーム。
辺りを覆っていた雲が晴れ、遂に黒い山が眼前に姿を現した。
興奮し切った入門は、なんと歌い出す。
「は~~~~~~~~るばる~~来たぞよハ~イパボリア~~~~~~~~~~~♪
さ~~~~~~~~~か巻く~海を飛~び越えて~~~~~~~~~~~~♪
いつか戻ると言いなが~~ら♪
遥か昔にほ~ろびたソコを♪
ね~~らう~はムー・トゥーランの~~~~~~~~~~~~♪
エイ~~ボンの~~書~~~~~~~~~~~~~~~♪」
いつもの粘着質でやや上ずった声色とは違い、はっきりとした発音にこぶしを利かせた歌声の入門。
入門は明確に【ムー・トゥーラン】、【エイボンの書】と口にした。
ムー・トゥーランはハイパーボリア大陸の地名。
そこに居を構えた【魔道士エイボン】。
その彼が著した魔導書が、〈エイボンの書〉である。
〈エイボンの書〉は、闇の勢力間で重要視される魔導書の一つだ。
写本がそこそこの数存在しているらしいが、翻訳を重ね過ぎた所為で
入門は、原書の
何かと複雑な思いの今日一郎だったが、ヴーアミタドレス山からの強い電磁波反応を捉える。
⦅来た!
ヴーアミタドレス山の電磁障壁。
確かにこのまま突っ込めば塵になるな……⦆
今日一郎の心中を察したかのように、草野から無線連絡が入る。
『御覧の通りヴーアミタドレス山です。
侵入コースに乗る前に、権田 夫妻と援軍の闘い振りでも見物しましょうか』
今日一郎は敵艦の対空砲火を案じていたが、草野は構わず高度を下げ、見物できる位置に進路を取る。
そこで待っていたのは、科学と神話とがぶつかり合う光景であった――。
◆
潜航中だったU115‐1。
その艦内は恐慌状態に陥っていた。
艦長に報告が上がる。
「水測員からです!
近付く物体から、こ、声が聞こえると……」
「だから鯨ではないのか!
で、いったい何と?」
「そ、それが……『
「只今よりその不明物体を敵性目標として認識!
艦首魚雷発射管、一番から四番開け!
開放完了次第、目標に向け発射!」
号令が響き渡り魚雷が発射された。
水測員が自慢の耳を澄まして成り行きを見守る。
「…………!
目標からも何か発射された模様。
魚雷の進路とぶつかります!」
「向こうも潜水艦なのか?」
『……ボオォォーーーーン……』
魚雷爆発の振動が艦内に響き、発令所では緊迫した遣り取りが行なわれる。
「命中判定知らせ!」
「一番、二番、目標の放った何物かに衝突した模様!
先程の衝撃がそれです。
三番、四番は命中せず。
いや……これは、目標と一緒に、ほ、ほ、本艦に近付いて来ます!」
「何ぃ⁉
真正面から突撃してくる積もりか!」
艦長自身が混乱して上手く指示を出せない中、水測員からの報告は更なる混乱を招く。
「目標が進路変更。
か、艦の真下に向かっています!」
「ま、まさか奴はっ!」
艦の真下に着けた巨大な影。
その影は、両手に握った二本の魚雷を船底のど真ん中に突き刺した。
『バゴオオオオオォォォォン!』
魚雷の爆発により
船体が海面まで一気に浮上する。
[註*
なお、『気泡膨縮運動』との漢字表記は作者の造語]
海面に浮上したU115‐1は船底が真っ二つに折れ、艦首側には巨大な蛇体が絡み付いていた。
艦が浮上し切ると、蛇体の
巨大な蛇体が、甲板に在る潜望鏡のど真ん前に顔を覗かせた。
「このバケモノがああああああ!
ぶっ殺してやるぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
覗いていた潜望鏡から怒り
艦長は甲板の機銃座に着き、怪物の顔面目掛けて機銃を撃ち続ける。
怪物の大きさ故に銃撃は外れようもない。
但し、蜂の巣とは程遠い蟻の巣穴を作っただけに終わったが。
怪物は、艦首側の船体を更にきつく締め上げる。
それも、艦長の泣き
その怪物、〈
今度は海水ではなく、大気が震えた。
「
U115‐1は、圧壊した――。
[註*
◇
ヴーアミタドレス山突入作戦 その二 了
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます