第九節 ヴーアミタドレス山突入作戦
ヴーアミタドレス山突入作戦 その一
一九一九年六月 クイーンエリザベス諸島沖 試作型潜水艦IXSS‐0 Bowhead(ボウヘッド)艦内
◇
蔵主ネット宇部田の放送が終わり、草野 少佐がまとめに入っている。
「皆さん御解りかと思いますが、要は飛行機によるヴーアミタドレス山への接近ですな。
そして宮司殿が転移を決行、入門 殿と共に内部へ侵入して頂く。
その際、権田 夫妻には敵の陽動と艦の安全確保を頼みたい」
草野からの嘆願に頷く権田 夫妻。
疑問が湧いたのか、今日一郎が意見する。
「権田 夫妻が陽動だと。
僕らの護衛じゃなかったのか?」
草野が頼もし気な顔で今日一郎に言い聞かせる。
「はは。
心配なさらんでも宜しい。
後は発艦時と飛行中の注意事項として、身体に掛かる加速度(G)を軽減して頂く。
これは私共には出来ませんからな。
御二人の霊力によって障壁を展開して下さい」
今日一郎はいまいち納得していないようだが、作戦決行時刻が迫っていた為、草野が艦長に水上への浮上を進言する。
◇
無事ボウヘッドの浮上が完了し、一行は甲板に出た。
北極海と云えば氷で閉ざされていると想像しがちだが、北極点に近いこの海域に氷は見られない。
然も、眼前の
矢張り北極大陸、ハイパーボリア大陸は実在したのだ。
ただ風は強く、子供の今日一郎は屈強な乗組員に抱っこされている。
抱っこされている本人は不服だろうが仕方ない。
甲板では、作戦の要であるサニーストームの発艦作業が行なわれている。
作業内容は、各翼の展開、
各種作業が終わると暖機運転に入るが、そのあいだ今日一郎と入門は無線機の使い方を習っている。
入門は面倒くさそうに説明を聞いていただけだが、今日一郎は正反対に興味津々だ。
無線機の操作説明が終わった頃、何故か急に権田 夫妻が衣服を脱ぎ始める。
今日一郎は何事かと見遣るが、只ニコニコと笑みを浮かべるだけの権田 夫妻。
もうサニーストームが発艦間近だと云うのに、本当に嬉しそうな表情をしている。
そして
◇
権田 夫妻の突飛な行動の所為で、言葉も出ない今日一郎。
幾ら夏とは云え、北極圏の海に落ちてしまっては、三〇分から六〇分程で低体温症になり命を落とす。
しかし誰も助けに向かう素振りは見せず、そのまま作業を続行していた。
機体も温まってきた頃、搭乗者二名に搭乗許可が下りる。
サニーストームは複座の為、二名が一機に登場すると草野から説明が有った。
搭乗する両名は寝耳に水だったろう。
夏でも摂氏
「和仁と宮司殿が一緒に乗るですと?
誠に異な事を仰る。
和仁は飛行機の操縦など出来ぬぞよ。
操縦士がおらぬ訳でもあるまいに。
飛行機は三機もあるので御座ろう。
ならば、和仁と宮司殿で別の機体に搭乗すれば良いではないか。
なに?
機体は機密の
困るのはこっちぞよ!
え?
和仁と宮司殿は操縦しなくて良い?
少佐殿が遠隔操縦する?
蔵主ネット宇部田では、そんな装置が付いているとは一言も言ってはおらなんだぞよ!」
訳も分からず機体に搭乗させられる今日一郎と入門。
前部座席には今日一郎、後部座席には入門の位置取りである。
今日一郎は子供なので楽々搭乗できたが、入門はその肥え太った体を
高熱源体が背後にある所為で、今日一郎は寒さを全く感じない。
まだブツクサ文句を言っている入門を無視して、機体の
海上で発艦する場合、風向きを考慮するのは当然として、最も警戒しなければならないのは波である。
波で艦首が下を向いている時に発艦してしまうと、上昇が間に合わず海面に突っ込んでしまうからだ。
その為、発艦の
北極圏の平均風速は時速一八キロメートル。
海上五メートル以上の高波が起こる事も有り得る。
今回はどう切り抜けるのか。
権田 夫妻が海に身を投げた所為で頭が真っ白になり、今の今迄ものが考えられなかった今日一郎だったが、不思議と波が収まって来ているのに気付く。
揺れ幅が更に小さくなって行き、遂には波が止まる。
射出指揮官が
圧縮空気式の
強烈な
事前に草野に言われていた通り、霊力で
入門も同様にこなす。
遂にサニーストームが空へと舞い上がった。
普段冷静な今日一郎でも、この時ばかりは心が躍る。
子供っぽいワクワク感を隠し切れず、思わず声が漏れてしまった。
「飛行機で空を飛ぶって、こんな風なのか!」
「宮司殿は数え
飛行機が好きなのかえ?
和仁はもう目が回って堪らんぞよ……」
楽しい気分を満喫している今日一郎。
普段は
今日一郎が心の羽を広げていた所に、母艦から無線通信が入る。
無情にも、今日一郎の心は籠に戻された。
『草野です。
空の旅はどうですかな?
この機体は私の固有術式で遠隔透視および操縦しておりますので、墜落の心配には及びません。
それよりも心強い援軍が駆け付けてくれましてな。
艦の護衛に就いてくれてますぞ。
いま旋回して御見せしますので……』
そう言って機体を傾け旋回させる草野。
今日一郎の眼下には、浮上した巨大潜水空母の威容。
九頭竜会と蔵主 産業の科学力が窺い知れる。
只、艦の周辺に何やら集まっていた。
この辺りの海域では鯨や
少しの期待は大きく裏切られた。
空から見ると無数の粒が
その中でも、取り分け巨大なモノが二つ確認できた。
その全長は、優にボウヘッドの四分の一にも及ぶ。
その二つの巨大なモノは、鯨や
二つの巨大なモノの全貌が
海中に適応する為だいぶ変質しているが、面影が有った。
一体は銀緑色の鱗に覆われ、上半身は
開いた口腔には、鮫を思わせる細かい歯列。
双椀の
更にその先には、水掻きの付いた双手。
背中には、長く発達した
その間に張られた
益男――〈父なるダゴン〉。
[註*
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[註*
[註*
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もう一体は青竹色の滑らかな体表で、上半身は
海水に濡れ
双腕に鰭は無いが五本の切れ込み。
海水が流れ出ている事から、鮫や
そして、両
腹部以下は細長い円筒形で、一見鱗が視えない。
しかし透明感の有る皮膚の下に鱗が埋没しており、外光を細かく反射する事でその存在が確認できる。
首の後ろから
腹部以下の側面には、小さい
頼子――〈母なるハイドラ〉。
[註*
クトゥルー(クトゥルフ)神話のクリーチャーにも見劣りしないナイスな生物]
今日一郎と入門は、潜水空母に勝るとも劣らない奇態を備えた怪獣夫婦に釘付けである。
それに加え草野がサニーストームの高度を下げた事で、彼の言った心強い援軍の意味も併せて理解できた。
彼らはサニーストームの発艦を手助けする為、ボウヘッドの船体を支え波を消し、たった今からは行く手を阻む敵艦を沈める為に闘う。
〈
海の同胞。
今日一郎と入門が見た無数の粒は、この作戦の為に終結した
◇
ヴーアミタドレス山突入作戦 その一 了
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