井高上 大佐撃退作戦 前半 その五

 一九一九年六月 青森県 雪中行軍遭難記念碑前





 多野 教授配下の魔術師達が呆然とする中、一同を睥睨へいげいして井高上 大佐は壮語する。


「フハハハハハハハー!

 絶ッ……好調ではないか~。

 ま~さ~に、ショウゲキテキな衝撃波ーーーーーーーーー!」


 危機を察した魔術師達は、事切れていた海軍陸戦隊員達の遺体から有りったけの水分を絞り出す。

 魔術師達の念動術サイコキネシスにより、赤黒い水は多野を守るかのように彼を取り囲んだ。


 隊員達の木乃伊ミイラは最早カラカラで、井高上が踏みしだくたび風に還る。

 しかしその陰で、遺体から滲み出た僅かな量の血糊ちのりが井高上へと向かった……。


 多野は相変わらず霊力を集中させ、その身を帯電させている。


 その様子を訝った井高上は歩みを止めた。


「何か怪しいなー。

 多野 教授殿ー、弾除けだいぶ減っちゃったよー。

 貴公も早く仕掛けて来てはどうだろう。

 それとも、こちらから来るのを待ってるのかなー。

 待ちプレイは嫌われるぞー」


 井高上の挑発には乗らず、多野は現状を維持し続ける。


 しかし多野 配下の魔術師達は、井高上の攻撃に対しての策を思案し終えていた。


 魔術師達は、ふところからサベージM1907を取り出す。

 このサベージM1907は、瑠璃家宮 派がアメリカの邪神崇拝結社からの横流しで入手し、自陣営構成員に支給している物だ。


『パン!』


 先ずひとりが発砲。


 当然、井高上は神行法で躱す。


「ガハッッッ⁉」


 躱せていなかった。


 銃弾が井高上の左腕に命中し、自慢の回転羽根プロペラ髭が揺れる。


『パン!』


 もうひとりが発砲。


 当然、井高上は神行法で躱す。


「グホアァァ⁉」


 躱せていなかった。


 銃弾は井高上の左脚に命中し、自慢の回転羽根プロペラ髭が揺れる。


 何故だ! とでも言いたそうに血相を変える井高上。


 宮森は思考と感覚の高速化クロックアップを使用し、その一部始終を視ていた。


⦅井高上 大佐が銃弾を躱した方向……。

 それを、思考と感覚の高速化で察知。

 停止位置を瞬時に計算してすかさず皆で情報を共有。

 別のひとりが僅かな時間差で発砲し、銃弾を行ったのか。

 あの高速移動術式が連続使用できない事を見越しての連携。

 仲間内で精神感応網を構築し、高速移動術式の持続が切れ停止する瞬間を伝えているんだろうけど、随分と手慣れたものだ。

 しかし、銃弾が命中している筈の井高上 大佐からは切羽詰せっぱつまった思念が感じられない。

 まだ奥の手を隠し持っているのか?⦆


『パン!』


 またひとりが発砲。


 当然、井高上は神行法で躱す。


 井高上の移動先を予測した別の魔術師が頭部への直撃ヘッドショットを狙い、そして撃つ。


「グギャアアアアアアァァァッ⁉

 頭部に命中しただとおおおぉぉ……。

 吾輩、ここで、リタイ、ア…………………………」


 銃弾が井高上の軍帽に命中し、自慢の回転羽根プロペラ髭が揺れ……ない。


「トゥー・ビー・コンティニュ~~どぉ‼」


 最後の『どぉ‼』の部分が聞こえた時、宮森は井高上の姿を見失う。


『……‼』


 魔術師のひとりが、その場で四散した。


 残っていたのは衣服と骨格だけで、筋繊維は皆無。

 筋肉その他の臓器は、弾けるように消えて行った。


 魔術師、残り五人。


 その惨状は陸戦隊戦闘員の比ではなく、宮森の危惧は現実となってしまった。


 三発も銃弾を受けた筈の井高上がピンピンしている。


「だ~か~ら~、効かないって~♥」


 銃弾を受け破れた井高上の軍服から、赤黒い小石がコロッと滑り落ちた。


 ここに来て緊急警報エマージェンシーアラートを発令する明日二郎。


『ヤバイ、ヤバイぞミヤモリ!

 アイツ、天芭以上じゃねーか……。

 それに視えてたか?

 ヤツの術式』


『ああ。

 あの赤黒い小石、恐らく陸戦隊員達の血糊で凍らされた銃弾だ。

 味方の魔術師達が遺体から水分を絞り出した時に紛れて、井高上 大佐もやっていたようだな。

 それに、魔術師の身体が突然爆発したぞ。

 軍人達をった衝撃波とは威力が段違いだ……。

 ん?

 体組織を一瞬で吹き飛ばせる程の威力なのに、どうして衣服と骨格はほぼそのままなんだ?

 明日二郎、解るか?』


『そうだな……。

 軍人達を派手に吹っ飛ばした術は、衣服や装備ごと吹っ飛ばしてたよな。

 物凄い轟音もしてたし。

 でもさっき殺られた魔術師はあの場から一歩も動いてねーし、例の轟音も聞こえてねー。

 どうやら、性質の違う技らしいな』


『性質が、違う。

 轟音と……無音。

 明日二郎、聴覚を拡張してくれ。

 でも轟音の方が来たら耳が潰れてしまいそうだから、切り替えの方は宜しく。

 それと、他に違いが無いか探してくれ。

 絡繰からくりを解く手掛かりになるかも知れない』


『ったく、注文の多いヤツだ。

 早速だけど、イタカウエが術を仕掛ける寸前、ターゲット周辺の気圧が急激に低下してるぜ。

 そんでもって、飛び散ったヤツらの血肉が完全に凍ってやがる。

 何かやってんな、ありゃ……』


 固唾かたずを呑む瑠璃家宮 陣営の魔術師達の前で、井高上は完全に手柄顔てがらがおである。


「水分を操れるのは君達だけとは限らないよ~。

 予習して来なかったのかな~?」


 井高上の姿が、消える。


 それを察知した残りの魔術師達は、井高上から放たれる衝撃波に備え植物の鎧を纏った。

 加えて、自身の周囲にも障壁バリアを展開する。

 勿論大声を出すのも忘れない。


 魔術師は直接戦闘に臨む際、霊力で簡易的な障壁バリアを生成する事がつねである。

 主に飛び道具での攻撃による即死を防ぐ為だ。


 それ故、並みの魔術師が放つ衝撃波での損傷ダメージは良くて骨折程度が関の山。

 余程実力に差が有るか、きょを突かれたりしなければ即死は有り得ない、筈だったが……。



 又ひとりが裂散。

 先ほど食べた食い物が見える。

 胃のが縮んだ。


 魔術師、残り四人。


 彼らは己の知恵と力を総動員して敵を迎え撃つ。


 別のひとりが爆散。

 血の霧雨きりさめが飛び散る。

 肺が擦り切れた。


 魔術師、残り三人。


 いつもそうしてギリギリの勝利をものにして来た……


 続けてひとりが激散。

 血の霧雨が凍る。

 声帯が潰れた。


 魔術師、残り二人。


 筈だったが、今回ばかりは違った。


 加えてひとりが雲散。

 血の粉雪が舞う。

 声を出しても意味が無い事に気付いた。


 魔術師、残り一人。


 自身の周囲に障壁バリアを展開しても意味が無いのである。


 最後のひとりが霧散。

 きらめく血色の細氷ダイヤモンドダスト

 沈黙した。


 魔術師、残り……。


 植物で作った鎧にしても同じ事。


 影も形も残らず消散。

 啾啾しゅうしゅう

 一瞬での殲滅せんめつ


 体内に直接振動波を打ち込まれ、筋繊維、臓器、その殆どを一瞬で破壊されるのだから。


 新しい死地ダンスホールには新しい新貞羅シンデレラ


 砕け散ったのは、硝子ガラスの靴ではなく血肉の細氷ダイヤモンドダスト


 魔法が切れても残るのは、軍服ドレス


 そう、井高上王子様の異名は、風を呼びてほふるモノ。


 彼が繰り出したのは、凍気、韋駄天・神行法、風天・自在法、伊舎那天・衝撃法の合わせ技。


 食らえば終わりの必殺の秘術。


〘伊舎那天・衝撃法・颶風殺ぐふうさつ〙――。





 井高上 大佐撃退作戦 前半 その五 了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る