ヴーアミタドレス山より その二
一九一九年六月 ヴーアミタドレス山施設内部
◇
今日一郎の考えを見抜いたのか、入門が説明する。
「ここ、ハイパーボリア大陸のヴーアミタドレス山は地の
簡単に言えば巨大な磁石ぞよ。
ここから発せられた磁力が、地上を
宮司殿も渡り鳥は知っておろう。
渡り鳥は季節ごとに渡りをするが、毎年同じ道を通り同じ場所に落ち着くぞよ。
これを
この帰巣本能には天体の位置や匂いも関わっておるらしいが、最も重要なのは地磁気ぞよ。
渡り鳥は地磁気を感知する能力を持っており、それを頼りに長距離の渡りを成功させておるのだ。
その巨大磁石を制御するのが、この施設ぞよ」
「仕組みは理解した。
それで、貴方はいったい何をやろうとしている?
瑠璃家宮は、青森の結界奪取に関わる大事と言っていたが……」
入門の蟇蛙めいたニヤケ面が打ち明ける。
「殿下には殿下の御考えが有るのだろうが、一つはこの地に眠る技術の発掘と解析ぞよ。
しかし瑠璃家宮 派だけでそれを成す事は不可能。
北極周辺は赤軍艦隊とその同盟国が監視しておるし、ヴーアミタドレス山周辺には電磁障壁が張り巡らされ、内部への侵入すら叶わんぞよ。
故に、電磁障壁を越える事が出来る宮司殿と、アトランティス派の英知を受け継ぐ
「なるほど。
アトランティス派と提携してまでも欲しい何かが在ったと云う訳か。
それで、青森の結界とはどう関係する?」
ニヤケた口元の入門は目を瞑り、今日一郎にひと仕事頼んだ。
「宮司殿、和仁はいま手が離せぬ故、草野 少佐との精神感応回線を開いて貰いたいぞよ。
宜しいか?」
今日一郎は無言でその仕事をこなす。
電磁
潜水空母ボウヘッド艦内の草野と通信が繋がる。
『……こちら草野。
どうやら上手く行ったようですな。
いま私が遠隔透視で視ている場景をそちらに送ります』
そこに映っていたのは、多野 教授、宗像、宮森。
そして、長大な
彼らは戦闘の真っ最中。
丁度いま井高上 大佐が衝撃波を連射し始め、宮森が多野と宗像を
防戦一方の宮森 達に、ヤキモキしっぱなしの今日一郎。
草野が入門に助勢を求める。
『入門 殿、向こうはそろそろ限界です。
早めに御願いします』
『ではこれより、長距離密度操作を開始するぞよ』
草野の催促が終わると、入門が霊力を集中し始めた。
入門に繋がれた白色の
霊力が信号に変換され、施設内に流れているのだ。
『……ブォーーーーーーーーーーーーォォォォン』
直ぐに反応が表れ、ふたりの立っている床が振動し始める。
それと同時に地鳴りも聞こえて来た。
今日一郎は聴覚を拡張し震源を探る。
⦅何だこの地鳴りは……。
施設内の機械作動音と云うより、山全体が鳴動している。
入門は、このヴーアミタドレス山自体が巨大な磁石だと言っていた。
だとすると、震源は山全体。
増幅されて行くのは……電磁波!⦆
入門の霊力の高まりを受け電磁波が増幅。
その解放先を選定すべく、青森で闘いを繰り広げている多野へと繋ぎを付ける草野。
『苦戦しているようですな、多野 教授』
『草野 少佐、そちらはヴーアミタドレス山を掌握できたようで何より。
宮森ももう持たん。
早目に頼みますぞ……』
多野からの信号を頼りに、草野が
草野が入門に報告した。
『照準固定完了。
入門 殿、宜しく御願いします』
草野の報告を受け、入門が瞑っていた目を見開いた。
『井高上 大佐、おイタはそこまでぞよ……』
その瞬間、ハイパーボリア大陸の全面が震えた。
施設設備によって電磁力へと変換された入門の霊力は、一定の指向性を獲得し目標へと発射される。
その電磁力は北極周辺の海を越え、ロシア、サハリン、北海道を貫き、青森まで到達した。
目標である井高上に着弾すると、入門の顔が
続けて草野に嘆願した。
『草野 少佐、和仁が今から井高上 大佐に悪口を言ってやるでの。
井高上 大佐に繋いで欲しいぞよ』
放射された思念の内容それ自体は、子供じみた
『つ~かま~えた!
井高上 大佐~、もう逃げられぬぞよ~。
その場で殺せぬのは実に惜しいが、これも瑠璃家宮 殿下との取り引きの結果。
命までは取らぬが、其方にはもう暫くシベリアに居て貰うぞよ~。
この術式は一回こっ切りではなく、常に其方をこのヴーアミタドレス山に引っ張るからの~。
気合を入れて抵抗せんと、ハイパーボリア周囲の電磁障壁へ突っ込む事になるぞよ~。
当分は本土の土は踏めんぞよ~。
ほほほのほ~~~!』
草野との
青森で繰り広げられる異様な光景に舌を巻く。
⦅井高上 大佐の身体が地を離れ、宙に浮いた!
どんどん上空に舞い上がってるぞ。
宮森さん達からも離れて行く。
勿論、井高上 大佐が操る風じゃない。
入門の密度操作だ。
この施設を使ってヴーアミタドレス山の電磁力を解放し、自身の術式効果を遠方にまで届けたのか。
然も年単位での持続が可能とは……。
井高上 大佐も、
草野も満面の笑みで勝ち誇る。
『はは、愉快愉快!
遂に井高上 大佐にひと泡吹かせましたな。
瑠璃家宮 殿下が魔空界に於いて結ばれた盟約により、井高上 大佐をあの世へと送る事までは叶いませんでしたが、日本本土からは追い出す事が叶いましたね』
草野の発言を
⦅草野が、『魔空界に於いて結ばれた盟約により』と言った。
瑠璃家宮が魔空界の邪神共と何らかの取り引きをしたと云う事だな。
そこには大昇帝 派の邪神も含まれていたんだろう。
だから入門は、井高上をあの場で殺せなかったのか……⦆
今日一郎が思索に耽る中、草野が
『多野だ。
宮司殿、入門……殿、井高上 大佐を飛ばして貰い感謝する。
まだ仕事が残っておるので、ここで失礼させて頂こう……』
『うぅ~寒い寒い……。
え、ワイか?
お~い、宗像やで~。
井高上 大佐な、独りでに宙に浮いて飛んでってしまいよったで~。
アレ入門さんの
ほんまえらい事しはるな~、感心したわ。
助かったで、あんがとさ~ん!』
『宮森です。
入門 殿、宮司殿、御二人の御助力に感謝します。
まだ詳しくは状況を飲み込めていませんが、命拾いしました。
この御礼はいずれ。
ここ、片付けなくていいのかな……』
青森との通信が途切れ、草野が撤収を指示する。
『では御ふたり共、施設内から退去して下さい。
入り口付近の川にサニーストームを待機させています。
既に発動機は掛けてありますので、今すぐにでも飛び立てますよ』
井高上への電磁波照射が終わり、
その
入門と今日一郎は再び巨大門をくぐり、世間からは隠された常春の大地へ。
花と虫、鳥と魚、マンモスらに見送られ乍ら、禁断のハイパーボリア大陸を後にする――。
◆
こうして、今日一郎 達が担ったヴーアミタドレス山への突入作戦と、多野 達が担った青森の結界奪取作戦は共に成功と相成った。
宮森 達の無事が判明し、サニーストームの
まだ数えで七歳ながら、一つの仕事をやり遂げた充実感を暫し味わう。
しかし、その充実感の裏には凄まじい嫌悪も付随していた。
後部座席に詰め込まれている入門の事である。
ハイパーボリア大陸で崇拝され、〈エイボンの書〉にその名が記される。
怠惰を貪り、飽食を
暗黒の底に
【ツァトーグァ】――。
◆
ヴーアミタドレス山より その二 了
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