いざ、北極へ その二

 一九一九年六月 帝居地下 神殿区画





 瑠璃家宮から作戦概要を聞いた翌日、今日一郎は帝居地下に降りて来ていた。


 地下空間にそびえる神殿の意匠デザインは、世界中の様々な地域の特色が渾然一体こんぜんいったいとなってこごっている。


 その神殿前に屹立きつりつする、何の意匠デザインも施されていない鳥居。

 その二つが身の毛もよだつ程の不均衡アンバランスさを産み出し、この空間を異界たらしめていた。


 灰色の斎服さいふくに身を包み、後腰うしろごしには邪神との契約の証である直刀型の祭器さいきくは、地下神殿の宮司こと比星 今日一郎。

 従えるは、朱色の斎服を着た高曽我 家の神官ふたりと、藍色の斎服を着た尾倉郷 家の神官ふたり。


 一同は顔の下半分を隠す布を掛け、その布には超古代文明の言語であるナアカル語、或いは旧カタカムナ文字と称されるものが描かれている。


 鳥居の脇には、瑠璃家宮、権田 夫妻、入門、その他の侍従達が姿を見せていた。


 神官達が足並みをそろえて鳥居の前に並ぶ。

 遅れて今日一郎も真ん中に陣取り、儀式が開始された。


 神官達が精神を集中し、その霊力が高揚し始める。

 高揚が頂点に達した瞬間、鳥居に変化が表れた。


 それと同時に、異界現出の証である悪臭が立ち込める。

 瑠璃家宮を始めとした魔術師達は平気へいき平左へいざだが、侍従達は吐袋とぶくろの世話になり始めた。


 右回りの螺旋を描いて絡み合っていた鳥居の門柱最上部、それがほどけ始める。


 以前 宮森が触れた時、この門柱は確かに石だった。

 だが今は、混凝土コンクリート製の冷たい床に頭をうずめた蛇の如く、その身をくねらせてのたくる。



 まるで二匹の蛇がおどっているかの如く、滑らかにのたくる。


 そして二匹の蛇に邪念が満ち、宮司の力を発現させる器となる。


 門柱が灰色の光を発し、再び右回りの螺旋を描いて互いをほだし合う。


 まるで二匹の蛇が交合するかの如く、激しく絆し合う。


 宮司が後腰に佩いた剣の柄に手を掛ける。


 祭器を抜き放つ――。


 剣に刀身は無い。


 しかし刀身が有る筈の空間には、不可視の歪みが溢れ出る。


 この場全体に振動が染みわたって行く。


 邪神のチカラが滲出しんしゅつする。



 他の神官達は精神感応波テレパシックウエーブを放射し始め、遥か彼方に居る草野 少佐の位置を割り出しに掛かった。


 昨日 草野 少佐から連絡が有り、例の潜水艦は、アラスカよりも更に北極に近い海域で航行中との事。

 件の場所は、カナダのクイーンエリザベス諸島沖。


 目標が見付かり安心したのか、神官達の表情が心做こころなしか和らぐ。

 北極近辺の海中に潜む潜水艦、そこに搭乗している草野 少佐を発見したのだ。


 神官達の沈黙の後、宮司が鳥居の真ん前に歩み出る。

 そして、鳥居の門柱の中心に不可視の歪み刀身を差し入れた。


『ブッ、ブブルッッ……』


 不可視の歪み刀身を差し入れた空間が音を立てて震え、この場に染み亘っている振動と共鳴し始めた。


 不可視の歪み刀身で鳥居の空間内を掻き回す宮司。

 その間も、二本の門柱は互いをむさぼっている。



 鳥居の門柱内から溢れ出る振動が次第に拡がり、この場に満ちる振動と寄り添う。


 振動の共鳴が強まる。


 振動の共鳴から生まれた力が、空間と空間とを結ぶ。


 遂に、次元孔ポータルが開く――。



 宮司が瑠璃家宮 達の方を向いて頷いた。

 転移の準備が整ったようである。


 入門と大型の旅行かばんを携えた権田 夫妻が、連れ立って鳥居をくぐった。

 宮司も鳥居の門を潜ると、この場に満ちた振動がただちに止む。


 次元孔ポータルが閉じ、転移が完了した――。





 いざ、北極へ その二 了

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