第七節 いざ、北極へ

いざ、北極へ その一

 一九一九年六月 帝居 歓談室





 帝居へと赴いた今日一郎に、瑠璃家宮から作戦概要が語られる。


「今回の作戦は、北極点への転移だ」


 瑠璃家宮から課せられた前代未聞の任務ミッションに、思わず失笑を禁じ得ない今日一郎。


「本気なのか?

 北極点への初到達は【ロバート・エドウィン・ピアリー】で、たしか一九〇九年だったよね」


「それは嘘だ。

 初到達は【フレデリック・アルバート・クック】で一九〇八年。

 アメリカのアトランティス派結社が裁判の証人を買収、ピアリーが初到達した事にさせた」


 今日一郎が溜め息をつき乍ら返す。


「またお得意の買収か。

 理由は?」


「鉄の精錬技術を持たない筈の現地のイヌイットが持っていた、だよ。

 公式発表では、一万年前に宇宙から飛来した隕石の隕鉄だとされているが……」


「ピアリーがその鉄……ではなく、をアトランティス派結社にもたらしたからか。

 そのご褒美に、北極点初到達の栄誉を授けてやった、そう云う事だね」


「そうだ。

 その鉱物が見付かった御蔭おかげで、アトランティス派は破竹はちくの勢いで科学技術を進歩させた。

 こちらとて後れを取る訳にはいかんし、大昇帝 派が牛耳る地域は北極に近いからな」


「その為に根源教の入門 和仁吾郎と手を結んだのか。

 余程大事な物が北極点には在るみたいだね。

 作戦を遂行する上で知っておきたい」


 一拍置いて、さも楽しそうに言葉を吐き出す瑠璃家宮。

 普段の彼には見られない反応である。


「宮司殿は確か、数えで七歳であったか。

 ではまだ知るまい。

 北極に在るのは、伝説の〖ハイパーボリア大陸〗。

 然もその中心は〖ヴーアミタドレス山〗だ。

 北極点そのものが、かの伝説のヴーアミタドレス山なのだよ!

 ああ、余とした事が言い忘れていたな……。

 だ」


 その言葉に、今度は今日一郎が反応する。


「北極海も嘘だったとは、僕も知らなかったよ。

 証拠は?」


「現在はその大部分が水没してはいるがね。

 ちゃんと一六世紀以前の地図には描いてある。

 その頃の地図を取り寄せてあるので、今暫く待ち給え」


 瑠璃家宮は歓談室を出て、益男と共に戻って来た。


 益男が瑠璃家宮の隣に座り、持って来た地図を広げた所で瑠璃家宮が続ける。


「これを見給え。

 メルカトル図法で有名な、【ゲラルドゥス・メルカトル】のものだ。

 先のクックやピアリーの到達合戦も、実は近年の茶番なのだよ」


「もう何を言われても驚きそうにない……」


 呆れる今日一郎に瑠璃家宮が相槌あいづちを打つ。


「発見と到達自体は遥かな大昔、当時の魔術師達によって既に達成されていた。

 ここ、四つに分かたれたハイパーボリア大陸の中心に黒い山が在るだろう。

 これがヴーアミタドレス山だ。

 其方にはここへ転移して貰う」


「なるほどね。

 現代の地図から消された地域か。

 で、その地図を制作したメルカトル、その後は北極大陸と中心の黒い山は描いていないんだね?」


 この質問には益男が答えた。


「仰る通りです。

 その後メルカトルの地図には、ハイパーボリア大陸と中心のヴーアミタドレス山は描かれませんでした」


 答えを聞いた今日一郎は又もや呆れ顔になる。


「じゃあ、メルカトルは当時の魔術結社から何かしらの見返りを受け取ったんだろうね。

 当ててみせよう。

〖メルカトル図法〗の提唱者と云う形で歴史に名を残したんだろ?」


「矢張り今日一郎 様は聡明でいらっしゃる。

 正角円筒図法の真の発案者は【エアハルト・エッツラウプ】で、一六世紀初頭には既に使われていました」


 益男のこの発言を聞き、今日一郎はある事を確信する。


⦅メルカトルは魔術結社と関わりが有った、若しくは自身も魔術師だった。

 と云う事は、現在使われているは偽物。

 元より世界は平面であり、その事実は一六世紀から盛んに隠され始めた。

 地動説の【ニコラウス・コペルニクス】や、天文学者の【ガリレオ・ガリレイ】もこの時代に重なる。

 今回の作戦、ともすれば邪神崇拝結社の秘密の一端を垣間見られるかも知れない……⦆


 今日一郎から瑠璃家宮へ質問した。


「北極点周辺に転移するとして、その糧として必要な邪念はどうする?

 ヨーロッパでの大戦の分と、欧米で流行っている疫病の分は使えないんだろう?」


「それが使えるのだよ。

 大戦と疫病蔓延に参加している殆どの結社に、邪念の前借を承諾させた」


 余りにも都合の良い話に、疑いの目を向ける今日一郎。


「信じられない。

 多野 教授達は今、青森にある大昇帝 派の結界を奪取しに向かった筈だ。

 いったいどうやって大昇帝 派を納得させたんだい?」


「それは企業秘密と云うものだ。

 宮司殿にも明かす事は出来ん」


 これ以上は何も出ないと踏んだ今日一郎は、具体的な手法を瑠璃家宮に尋ねる。


「邪念の量は問題なしか。

 では、転移の手順はどうする?

 大規模な儀式を行なうには、術者の数が足りないぞ。

 大昇帝 派と関係の深い蓮田はすだ 家は手伝わないとして、高曽我たかそが 家や韮楠にらぐすけ 家はどうだ?」


「韮楠 家には、既に別口べつくちで協力して貰っている。

 今作戦には間接的な参加となるな。

 その成果は追い追い解るであろう」


「なら、残るはアトランティス派の尾倉郷おぐらざと 家だが……」


 瑠璃家宮の視線を受け、益男が報告する。


「先程連絡が有りました。

 殿下が入門 殿に話を付けられましたので、尾倉郷 家は参加されます」


「と云う事は、術者の数は僕を入れて五名。

 りだが遣れない事はない。

 しかし、ヴーアミタドレス山内部までは誰も入れないから、今の今まで手付かずだったんだろう?」


 今日一郎が懸念を示すが、瑠璃家宮が説得を続ける。


「宮司殿が最初のひとりとなるのだよ。

 この計画は青森の結界奪取とも密接な関係にある。

 多野 教授達に加勢する為にも、一刻も早く実行せねばならん」


 多野 教授達に加勢する為、との言葉に、今日一郎は強く心をられた。


⦅青森の結界奪取……。

 珍しく瑠璃家宮が焦っている所を見ると、相当な危険が有るらしい。

 宮森さんの事もある、今回の仕事は素直に応じておこう……⦆


 瑠璃家宮が手順をつまんで披露した。


「転移の方は、一回ではなく二回に分けて行なって貰う。

 帰りの分も有るので、都合四回の転移だ」


 瑠璃家宮が地図の一点を指差す。


「アメリカのアラスカ州最北端にあるバロー岬。

 今ここの沖合で、帝国海軍とアメリカ海軍が秘密裏に合同開発した試作型潜水艦が試験航行に入っている。

 実はこの艦に、渡米中の草野 少佐が立会人として乗り込んでいるのだよ。

 最初はこの艦に転移して貰いたい。

 但し、護衛として連れ添わせる権田 夫妻と入門 殿を連れてだ」


「権田 夫妻と入門を⁉」


 っていた奇案に不安を覚える今日一郎を、瑠璃家宮と益男がなだめすかしに掛かった。


「どうか頼む。

 この作戦に青森での結界奪取も掛かっているのでな。

 どうしても入門 殿の力が必要なのだよ」


「私からも御願いします。

 私共の命に代えましても、今日一郎 様と入門 殿は御守りしますので……」


 今日一郎の胸に、宮森と明日二郎の姿がよぎる。


「潜水艦内部へ権田 夫妻と入門を連れての転移……。

 成功したとしても、そのまま北極点付近まで海中を潜航するのか?」


「いや、ハイパーボリア大陸周辺の海中にはドイツ共和国の潜水艦が、水上には赤軍艦隊がうろついていてな。

 どちらも大昇帝 派の息が掛かっている

 対するこちらは試作型潜水艦一隻のみ。

 故に、別の方法を取らねばならん」


「どんな方法を使うのか想像も付かないが……」


 今日一郎の質問に、瑠璃家宮は意味あり気な笑みを浮かべる。


「其方の問いへの答えは、その試作型潜水艦に隠されている――」


[註*赤軍艦隊=一九一九年当時、ソビエト連邦へ正式移行する前のロシア海軍艦隊]





 いざ、北極へ その一 了

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