井高上 大吾、現る! その三
一九一九年六月 青森県 雪中行軍遭難記念碑前
◇
突拍子もない宮森の回答に、多野 教授を始めとした瑠璃家宮 陣営の魔術師達は皆絶句してしまう。
それとは逆に、嬉々とした表情で宮森へと賛辞を贈る井高上 大佐。
「ブラボー!
ブラボーだよ君!
君が愛しのマイハニー史郎をあ~んな目に合わせてくれた眼鏡君。
確か宮、なんちゃら~」
「調べれば直ぐに判る事なので名乗らせて頂きます。
宮森 遼一です」
「そうそう、宮森 君だった。
でもよく生きていられるねー。
愛しのマイハニー史郎が、
外法衆準隊員みんなで頑張ったのに~」
井高上の告白に、今度は宮森が絶句し掛かる。
「そ、それは知りませんでした。
龍泉村騒動の後、自分と同姓同名の方が亡くなっている事は耳にしましたが……呪殺ですか。
それに、矢張り生きていたんですね、天芭 中尉。
まあ、自分は随分と嫌われたようですが」
「天芭 史郎にライバル登場! ってとこかな。
あ、それとね。
マイハニー史郎は中尉から大尉に昇進したから。
君に復讐したがってた事も含めて覚えておいてあげてね♥」
瑠璃家宮 陣営とその他一同、井高上の独特な感性にドン引きしている事は井高上 自身も気付いている。
だが、そんな事は意に介さないのが井高上 大佐と云う人物だ。
一度 天芭ともやり合っている為か、冷静な態度で宮森が続ける。
「井高上 大佐がそう仰るからには、自分はこの場を見逃して頂けるのですか?」
井高上との軽い遣り取りが気に
「宮森 君、解って言っておるのだろうな。
あ奴は敵なのだぞ。
瑠璃家宮 殿下への忠誠を
多野の苦言に思わず笑ってしまう井高上。
「この程度のジョークも理解できないとは、学者とは本当に詰まらん人種だ。
それにー、学長殿は随分と宮森 君に
周りのみんなに聞かれちゃうよー?」
井高上の言に、宮森はハッとして周囲を見回す。
この場には井高上や多野、瑠璃家宮 派の魔術師と軍人の他に、植生調査員や人足達が百八十人以上。
それなのに、シベリアから飛んで来たの大威徳明王護摩で呪殺まで試みたのと
それらの文言を聞いた民間人がこの場から逃亡し、見聞きした事を逃亡先で
聞いた者全てを、何らかの理由を付けて
九頭竜会の魔術師達は良心なぞ
その事について宮森と明日二郎が大層気を揉んでいる中、多野は笑みを浮かべ海軍陸戦隊の民間人統率班に命令を下す。
「用意していた
多野の命を受けた統率班は、人足達を使い荷馬車から次々に水樽を下ろさせる。
四斗樽(容量約七二リットル)で二〇本以上もの大量の水で、多野はいったい何をしようと云うのだろうか。
四斗樽が出揃ったのを見計らい、多野が更なる命令を下す。
「……
命令を聞いた多野 配下の魔術師達は、霊力を開放して
すると四斗樽の
噴出した大量の
そして遂には、空中に川が流れた。
その様子を窺っていた井高上は、自慢の
「その大量の水で何をしようと云うのかな。
まさか吾輩を攻撃しようとでも?
その程度の量、吹き飛ばすのはワケないよ~。
それともあの権田 夫妻同様、お魚人間にでも変身する積もりかね?」
井高上の口から
そして、並々ならぬ霊力を充填させた多野が命じた。
「やれい!」
号令の後、空中の川が一般人と動物達に覆い
水を浴びてずぶ濡れになった二百人弱の民間人は、驚きを通り越しポカンとした表情だ。
統率班員も水を浴びているが、こちらは取り乱していない。
中には、川に呑まれる前に手投げ弾を取り出している隊員も居た。
民間人達が水中で声を上げ始める。
「ど、どうなってらんだ?
犬っころも馬っ子もみんな水ん中だ!」
「
「何だ?
水が、体の中さ勝手さ
と、取れねっ⁈
水があっちに
か、
犬は吠え馬は嘶き、民間人達も極度の混乱に耐え兼ね暴れ回る。
その所為で、彼らを覆っている川が水泡で乱れた。
空中の川から押し寄せた水は、民間人ひとりひとり動物達一匹一匹の身体全周囲を、頭頂から
殆どの者が身体を覆う水の牢獄から脱出しようと動き回ったが、水はピッタリと身体の輪郭に沿って離れない。
それどころか、彼らの体内に侵入しあらゆる空洞部分を埋めに掛かった。
多野の術式は次なる段階へと移る。
彼らの肉体へと侵入した水に、酸素や二酸化炭素を始めとした、体内のあらゆる
水に包まれ動転して逃げ出す民間人を、同じく水に包まれた統率班員達が抑える。
なるべく一箇所に固めたいらしい。
一方、途轍もない輝きが多野を包み、バチバチと火花を散らした。
この霊力変質は、多野の帯電を表す。
そして、多野は
「――大宇宙の根源に連なりたる 石の
祝詞を唱え終わった多野から眩いばかりの閃光が放たれる。
その閃光は幾筋にも分裂し、互いに絡み合う蛇の如き螺旋を描いて水の牢獄へと喰らい付いた。
余りの眩しさに宮森は目を覆う。
井高上も閃光を軍帽で防ぎつつ、
閃光が収まったので
初めに目にしたのは、井高上が眼前に伏せている帝国陸軍の軍帽。
その頭頂部には、五芒星の
宮森は異変に気付いた。
⦅あれ程ザワついていた民間人の声がせず、犬の吠え声や馬の嘶きも聞こえない。
辺りを包むこの静寂は……⦆
宮森が目を開けた時そこにあったモノは、騒がしくも
ギリシャ神話に登場する、ゴルゴーン三姉妹が住み着く神殿に飾られたモノと同じ、物言わぬ石の彫像達であった――。
◆
井高上 大吾、現る! その三 了
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