いざ、北極へ その四

 一九一九年六月 クイーンエリザベス諸島沖 試作型潜水艦IXSS‐0 Bowhead(ボウヘッド)艦内





 今日一郎、入門、権田 夫妻は、草野 少佐が示したブラウン管受像機ディスプレイに目を向ける。

 画面に映し出されたのは、どこかの小規模舞台ステージらしい。

 立ち机が置いてあり、その後ろには横幅の広い踏み台が設置してある。


 踏み台の脇には、ピアノと女性奏者が待機。

 踏み台上には、尋常小学校を出てはいないだろう年頃の子供達が十二、三人並び、今は仲良く御喋りしていた。


 画面中央の立ち机に肘をついた男性が、画面外の裏方スタッフと思われる人物に話し掛けている。


「でさー、ミドリちゃんとはどうなの?

 もうひと押しでさー、ヤレちゃうんじゃない……え?

 もう回ってる?

 回ってるんだね?」

 

 画面中央の司会者とおぼしき男性が、脇に控えているピアノ奏者と踏み台上の子供達に、身振り手振りを交えて何か言っている。


「はいはいはいはい。

 みんなー、もうキャメラ回ってるからー。

 し、ず、か、に~!

 ほ、ん、ば、ん~!

 じゃあ演奏者の方、お願いしまーす」

 

 独特な甲高かんだかい声色と特徴的な語調イントネーション

 子供達を纏めた男性は、急に背筋を伸ばしてカメラ目線になる。


 ピアノ奏者が軽快な旋律メロディーを奏で始めた。

 その旋律メロディーに合わせ、合唱団の面々が子供らしい純粋な歌声で歌い始める。



「「北の端から南の端までステキな~武器を届けます~♪

 心騒がす無体むたいな生活、電話一本! 叶えます~♪

 蔵ーー主ぞーーすネット、蔵ー主ぞーすネット~(フウフウ)♪

 武器の蔵主ぞすネット宇部田うぶた~♪

 蔵ーー主ぞーーすネット、蔵ー主ぞーすネット~(フウフウ)♪

 武器の蔵主ぞすネット宇部田うぶた~♪」」



 歌い終わった合唱団とピアノ奏者がはける。

 開演オープニングが終わったらしい。


 世界初のテレビ番組の開演だったが、案の定画面前の皆はポカンとした表情。

 只、草野だけはゲラゲラと笑いをこぼしている。


 放送を受信しているここの様子を知るよしもない男性司会者は、世界初のテレビ番組を構わず開始スタートさせた。


「ハイこんにちは~。

蔵主ぞすネット宇部田〙代表の、【宇部田うぶた あきら】です!

 この放送は長崎県佐世保させぼ市に建設中であります、釘尾くぎお送信所の機能の一部を使って、現地スタジオから生放送でお送り致しております!」


 宇部田とか云う司会者の言葉に今日一郎が反応した。


鳴戸寺なるとでらの話にあった、電磁波の大規模照射施設か。

 昨年着工したばかりだと云うのに、もうここ迄の事が出来るとは……⦆


 画面の向こうでは宇部田が前振りを続けている。


「いや~、ヨーロッパでの戦乱も一段落しました。

 凄かったですよ~。

 もうね、戦車、飛行機、潜水艦。

 爆雷、毒ガス、列車砲。

 火炎放射器、機関銃。

 ここだけの話……。

 実はこれらの兵器、我が蔵主 産業が技術協力してるんですよ~。

 すごいでしょ!

 でもまだまだ。

 まだまだこんなもんじゃありませんよ、蔵主 産業の技術は……。

 と云う訳で御座いまして、今回ご紹介する製品はコチラ!

 ってあれ、このスタジオには入りません……。

 そうです!

 今あなた方が乗り込んでらっしゃる潜水艦、ボウヘッドが製品なんです!」


 何だこの茶番は……と最初は誰もが思っていた世界初のテレビ番組だったが、やけに耳に残る開演歌オープニングソングと司会者の軽快な語りトークで、自ずと引き込まれて行く魅力が有った。


「なんと!

 今日はスペシャルゲストをお招き致しております。

 どうぞ~」


 登場して来たのは、七三分けの髪形をポマードでべっとりとで付けている、蔵主 産業社長の蔵主 重郡しげさと


 時代背景的に当たり前だが、テレビ慣れしていない蔵主は相当あがっている。


 モジモジしている蔵主に構わず、宇部田が元気に語りトークを再開した。


「いや~、わざわざお越し頂きありがとう御座います社長!

 今日は社長自らボウヘッドをご紹介下さると云う事で。

 では、お願いします!」


「は、はいぃ……。

 蔵主 産業社長の蔵主 重郡ぉですぅ。

 早速ですがぁ、ボウヘッドの説明を致しますぅ。

 このボウヘッドは日米の海軍が共同で開発致しましてぇ、あぁ、勿論秘密裏にですぅ……」


 あがり切ってシドロモドロになってしまった社長を見かねてか、仕方なく宇部田が紹介を引継ぐ。


「お任せ下さい!

 先ずはこのボウヘッドの大きさからご紹介致します。

 驚きますよ~、なんと全長一二二メートル!

 一二二メートルですよ!

 全幅は一二メートル。

 吃水きっすいは七・〇二メートル。

 水中排水量は六五六〇トン!

 こんな大きな潜水艦見た事ありますか聞いた事ありますか?

 ないでしょう~、世界初ですからね~。

 ここからは更に、性能の方をご紹介致しますよ!」


 作戦の説明ではないのか……と転移して来た皆は思ったが、物珍しい事もあってつい見入ってしまう。


「では社長、ボウヘッドの細かい性能なんですが……」


 こうしてふたりは、立ち机に備えてあった解説図フリップを用いて潜水艦の基本性能を紹介して行く。


 性能なぞ今日一郎や入門にはどうでもいい事だったが、ボウヘッドが表に公開されている技術の二十年先を行っている化け物だと云う事は理解できた。





 いざ、北極へ その四 了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る