第四節 籠の中

籠の中 その一



 瑠璃家宮は眠っていた。


 夢見るままに待っていた。


 何か来る。


 瑠璃家宮は、その何かと会話を始める――。



『御久し振りです陛下。

 御機嫌いかがでしょうか?』


『久し振りだな裏切り者。

 それに陛下はまだ早い。

 で、は〖タルタリア〗で今は大昇帝 派か。

 相変わらず其方は節操が無い。

 今度は何を企んでおるのだ?』


[註*タルタリア=?(作中での設定)]


〈影〉が答える。


『宮司の限界が近いようですね。

 このままでは、仙境に続き〘地のもとい〙までも大昇帝 派に奪われますよ』


『其方はそれを大昇帝 派にさせたいのであろう。

 大昇帝 派がロマノフ王朝を打倒してしまい、陸路から北極に近付くのは困難。

 アメリカと組んで大軍を差し向ける訳にもいかんしな』


『ですから宮司を使えと言っているのですよ。

 あの宮司ならば、北極内部への転移が可能な筈』


 瑠璃家宮は幾分うんざりした口調で返す。


がその可能性に思い至らなかったとでも思うのか?

 邪念が足りんのだよ。

 其方も解っているだろうが、邪念の横取りなぞ致せば、大昇帝 派だけでなく他の魔術結社も敵に回してしまうぞ』


『ではその借りた分の邪念、倍にして返せば良いではありませんか』


 瑠璃家宮は、〈影〉が語る言葉に興味が湧いたらしい。


『何か良い方法が有るとでも?』


『はい。

 今からそちらに、とある科学理論を渡します。

 その後はその理論を基に、新型爆弾でも作ってぶっぱなして下さい。

 あ、資料を取って特許を取るのも御忘れなきよう』


 熟考の後、瑠璃家宮は愉快さを含んだ思念を発する。


『ほほう、これは使えそうだ。

 だが、今から開発しても後二十五、六年は掛かるぞ。

 それに、開発する場所も必要になる……』


 瑠璃家宮が難色を示すと、〈影〉は待ってましたとばかりに販売宣伝セールストークを始めた。


『海軍は海軍で秘密研究所を作ってしまえば良いのですよ』


『具体的な説明をし給え』


『巨大な船を作れば良いのです。

 その船内で秘密裏に新型爆弾の開発を進行させ、開発が完了したら船内研究所は撤収。

 その後、巨大船の方は軍艦に艤装ぎそうします。

 船内研究所で得られた成果を基に、別途用意していた地上の工場で新型爆弾を製造。

 完成する頃には、世界は再び戦火の只中ただなかに在る筈です。

 りを見て新型爆弾を使用して下さい。

 くどいようですが、特許はきちんと取って置いて下さいね。

 後で大儲け出来ますから。

 そして船内研究所だった軍艦は、証拠隠滅の為に戦場で適当に沈めて下さい。

 念の為、新型爆弾とそれを開発する研究所は二つ……後で軍艦に艤装するので二隻にせき用意した方がいいでしょう』


〈影〉が繰り出す販売宣伝セールストークほだされたのか、いかにも満足気な気分でよこしまな想いに浸る瑠璃家宮。


『なるほど。

 大昇帝 派に技術供与をちらつかせ、邪念前借ぜんしゃくの餌とすれば良いのだな。

 其方に上手く乗せられている気がしないでもないが、良い考えだ。

 有り難く頂こう』

 

『ええ。

 是非とも有効活用して頂き、この世界を恐怖と混乱で染め上げて頂きたく存じます。

 それでは又、混沌の這い寄るままに…………』


〈影〉の思念が消える。


 瑠璃家宮は背徳の期待と背理の覚悟を共に秘め、邪神達の待つ魔空界へと、その精神こころを沈めた――。





 一九四一年(照和しょうわ一六年)一二月一六日、戦艦〘大和野やまとの〙が就役。

 一九四二年(照和一七年)八月五日、戦艦〘武蔵野むさしの〙が就役。


 一九四四年(照和一九年)一〇月二四日、戦艦武蔵野がシブヤン海海戦にて沈没。

 一九四五年(照和二〇年)四月七日、戦艦大和野が坊ノ岬沖ぼうのみさきおき海戦にて沈没。


 一九四五年(照和二〇年)八月六日、アメリカ合衆国の爆撃機によって新型爆弾が広島市に投下。

 一九四五年(照和二〇年)八月九日、アメリカ合衆国の爆撃機によって新型爆弾が長崎市に投下。


 以上が公式発表であった。


〈影〉からもたらされた計画は、無情にも完璧な形で成就される事となる。

 その計画の中枢を担った新型爆弾の特許で、瑠璃家宮 一派は莫大な資金と権力を得る事に成功した。


 特許を取得するには勿論、実地試験を通した詳細な資料データが必要になる。

 ではどこで実地試験を行なったのか。


 アメリカ合衆国の爆撃機が新型爆弾を投下したのではない。

 瑠璃家宮は新型爆弾を地上起爆させ、有ろう事か自国の民を虐殺。

 その結果を以て、実地試験の資料データとした。


 そして、新型爆弾を研究開発した場所であり証左でもある両戦艦は、今も海の底に眠っている――。





 一九一九年六月 帝居御所 奥宮殿おくきゅうでん





 御所内に在る奥宮殿の一室、瑠璃家宮の寝所。

 豪奢ごうしゃなワイドキング寸法サイズ寝台ベッドに、瑠璃家宮と綾が並んでいた。


 綾が心配そうな表情で瑠璃家宮に語り掛ける。


「お兄様、少しうなされてたよ。

 だいじょうぶ?」


「余の事より自分の身を案じておれ。

 なに、魔空界の有象無象うぞうむぞうどもに了承を得て参ったのだ。

 幾ら余とて、ヨーロッパでの大戦と、いま蔓延させているにせの疫病で得られた邪念の勝手なつかい込みは許されぬ。

 交換条件を提示し、邪念の前借を認めさせた迄」


 心配から一転、嬉々とした顔で綾がその成果を問うた。


「お兄様の事だもん、きっと上手くいったのね!」


「ああ。

 倍付ばいづけで返すと言うてやったら、触手を躍らせ腺毛せんもうからは粘液をしたたらせて喜んでおった。

 さて、これから向かわねばならぬ所が有るので今日は外す。

 無理をして侍女達を困らせるなよ」


「は~い♥」


 綾の熱い抱擁ほうようから脱した瑠璃家宮は、部屋の外にかしこまっていた侍女に言付ことづける。


「長崎の蔵主ぞうす 重郡しげさと 社長、アメリカの草野くさの 磯六いそろく 少佐と繋いでおけ。

 用意ができ次第すぐに向かう。

 ふたりとの会談が終わった後、高曽我たかそが に連絡を取れ。

 入門 和仁吾郎 殿にもな。

 それと、頼子にすみ 殿をともなって車の方に待機しておれと伝えよ。

 先程の予定を片付けてから行く」


「……畏まりました」


 侍女が去った後、瑠璃家宮は微笑ほほえんでいた。


「せっかく余の為に働いて貰うのだ、宮司殿にも褒美をやらんとな……」


 しかしその微笑みには、先ほど赴いた魔空界と邪悪な奸計の名残なごりが、溢れんばかりに満ち満ちていた――。





 籠の中 その一 了

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