いざ、青森へ その二
一九一九年六月 青森県浦町 旅館の一室
◆
夕食前に多野 教授からの呼び出しを受けた宗像と宮森。
今後の指示を仰ぐ為ふたりが多野の部屋前まで来ると、入れ違いで多野 配下の魔術師達が退室する所だった。
彼らは宮森と宗像を
彼らの態度に
宮森もいい気はしないが、彼らの気持ちも解る。
宮森は多野の
仲間外れ待遇も
「失礼します教授」
「多野 教授こんばんは~」
「うむ、来たか。
では宮森 君に宗像 殿。
君達に今作戦の概要を説明する。
既に知っている事と思うが、今回の計画は大昇帝 派が掌握している結界の奪取だ。
先ずはどのようにしてあ奴めが結界の展開に成功したのか、それから話す。
君達も知っている有名な話ではあるが、聞いておいて損はないぞ……」
◆
先ほど多野 教授から語られた十七年前の惨劇。
宮森と宗像は、図らずも深い鎮魂の念を抱いている。
多野は彼らの沈痛な面持ちを見て取るも、
「両人は瑠璃家宮 殿下に忠誠を誓った家臣の筈。
いまさら感傷に浸るのは止せ。
では続けるぞ。
結界奪取の為には、大昇帝 派の魔術師との戦闘行為が不可欠」
戦闘行為が不可欠、との言葉に、共に顔を曇らせる宗像と宮森。
この旅には瑠璃家宮 派の魔術師達も同道しているので宮森も覚悟はしていたが、改めて言われると
多野が自軍の内訳を発表する。
「こちらの魔術師は、君らと私を除いて六人。
海軍陸戦兵は一個小隊三十人。
その内ふた班二十人は民間人の統率に当たり、残りのひと班十人が戦闘要員だ。
尤も、魔術師が相手では補助にしかならん。
期待はせんように」
「多野 教授、相手方の戦力はいか程になりそうなのです?
宗像にも怖気が伝染したのか、憂いを滲ませて多野に問うた。
「あの小坊主(天芭 史郎)みたいなんが出てくんのとちゃいますやろか……。
そこんトコどないなんです、多野 教授?」
ふたりの憂慮を受けた多野だったが、彼の回答には余裕が
「結論から述べると外法衆は来ない。
瑠璃家宮 殿下の御配慮だ」
多野の
「外法衆の隊長である天芭 史郎に君達が深手を負わせてくれた為、あ奴めは本拠地である
実は今、高野山周囲には海軍陸戦隊の精鋭二千と、我々の派閥の魔術師二十人余りが展開しておってな。
高野山を完全に包囲している」
宮森が警戒の念をそのまま口に出した。
「そっ、それでは
「案ずるな宮森 君。
陸戦隊での包囲はあくまでも牽制……」
多野の考えをいまいち
「宮森はん、どう云うこっちゃ?」
「それはですね宗像さん。
外法衆が天芭を置いて、或いは少人数のみを残して青森へと向かえば、海軍陸戦隊と魔術師達が高野山に突入して来て制圧されてしまうかも知れない。
だから外法衆は
しかし教授、海軍陸戦隊の精鋭二千と手練れの魔術師二十人余りで足止めしなければならない外法衆とは、どれほどの規模の部隊なのです?」
宮森の問いに、多野は
「十八だ」
不信に思った宮森が聞き返す。
「え?
それは十八個の小隊、などと云う意味ですか?」
「違う。
上級魔術師と同等と云われる準隊員で九十人程。
それを超える天才……正隊員は、隊長の天芭を含め十八人だと言ったのだ……」
多野の告白に両名は絶句するしかない。
腰を抜かした宗像が
「正隊員が、た、たったの十八人……。
その準隊員と正隊員
せやけど、大昇帝 派には他の魔術師も
そいつらはどないしてん?」
「大昇帝 派の優秀な魔術師達の多くは、欧州、支那、
であるから、国内の守りは外法衆に頼り切っている。
そしてその僅か百八人を抑える為に、瑠璃家宮 殿下がわざわざ軍を動かされたのだ」
平常心を取り戻した宮森が加わる。
「では青森の結界には、外法衆とは別の魔術師達が派遣されるのですか?」
「その可能性は有る。
しかし、大昇帝 派はこの儂と配下の魔術師達が青森に向かった事を知っている筈だ。
それに、生半可な使い手ではこの儂に勝てない事も……」
「では誰が……」
多野が宮森の発言を制して続ける。
「大昇帝 派が誰を差し向けて来るかは判らん。
判らんが、こちらとしては最悪の事態を想定して動いている。
宮森くんも見ておっただろう、青森に向かう汽車の中から……」
「なんか見たんでっか、おふたりさん?」
宮森はここに来る迄に車窓から観た、長い竿と機械を設置している海軍軍人達の事を宗像に説明する。
宮森が宗像に説明し終わった後、多野が種明かしに入った。
「あの装置を簡便に言い表すと、〖電力応用人工降雨法〗に基づく〖人工降雨装置〗と云う事になる。
文字通り雨を降らせる装置だ」
多野の説明に驚くと思いきや、宮森と宗像は納得して
「そういや、ワイらが
ちょうど宮森はん達のおる旅館にワイが訪ねた時や」
「憶えています。
龍泉村付近の実験場では、人工降雨にも宗像さんは
その人工降雨の機械があれですか。
教授、どう云う原理になっているんです?」
「うむ。
専門外の事なので詳細は省いて説明する。
雨雲や雪雲が生成される過程、宗像 殿なら知っておられるな。
そう、空気中の
それを人工的に行なうのだ。
人工降雨機の構造であるが、五〇尺(一五・一五メートル)以上の長竿の先端に金属棒を取り付け、その金属棒と竿の間には
竿先端の金属棒が電極になっており、ここに地上の発電機から銅線を繋いで電気を流すと、
発電機からはもう一方の金属棒……こちらも電極だな。
それにも銅線が繋がっておるが、この電極は地面に
そして大気中に拡散した陽電気は大気中の陰電気を吸引せしめ、それと共に大気中の水蒸気と塵埃をも集合させる。
そして、雲が出来上がりその雲が大きくなれば雨が降る、と云う具合だ」
多野の説明に聞き入っていた宗像が新たな問いを発する。
「なるほどの~。
そんな機械がもう開発されとるっちゅう事か。
多野 教授、その人工降雨が初めて成功したんはいつなんです?」
「本邦で初めて電力応用人工降雨法が成功したのは
「はえ~!
そない
で、ここらに雨降らせてどないしますのん」
思う所が有ったのか、ここで会話に割り込む宮森。
「宗像さん、自分が車窓から人工降雨装置を見たのは、まだ茨城県内だったと思います。
ですので、この青森に雨を降らせたいと云うのではなく、降らせたくないのだと思いますよ。
瑠璃家宮 殿下に御目通りした際にも、『権田 夫妻では相性が悪い』と
水を取り込み変身して戦闘力を上げる権田 夫妻が同道されないと云う事は、水や雨を逆に利用される恐れが有ると云う事では?」
多野が珍しく宮森の
「その通り。
その為に人工降雨装置を日本列島各地域はおろか、日本海や南支那海海上の軍艦にまで設置した。
そして東北地方……特に青森県内に雨雲が発生しないよう、大気中の水分を東北地方圏外で事前に集合させていたのである。
宮森 君は熊野での戦闘を経験しひと皮もふた皮も
師である私も鼻が高いぞ。
そして君達は殿下の大切な家臣、私が責任を以て守らねばならん。
戦いが始まって暫くは余計な事をせず、私の援護に徹し給え。
して、その作戦であるが……」
この後、多野から作戦概要を聞かされた二人。
多野の特異な能力の一端を知り、宮森と宗像は驚嘆の心持ちでこの場を辞した――。
◆
いざ、青森へ その二 了
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