第三節 いざ、青森へ
いざ、青森へ その一
一九一九年六月 宮森の下宿先
◇
「宮森さ~ん……。
お出迎えよ~……。
ふぁあ~あ……」
階下からはまだ眠そうな女将の声が弱々しく響いて来る。
それもその筈、まだ夜が明け切っていない。
宮森は今日、青森県の八甲川山へと旅立つ。
その為に、九頭竜会が用意した特別列車に乗車しなければならないのだ。
「は~い。
直ぐ行きま~す」
宮森が階下へ降りると、玄関先で待っていた使者、宗像が挨拶する。
「おはようさん。
元気にしとったか?」
「お蔭様で。
じゃあ女将さん、青森まで行ってきます。
お土産、楽しみにしていて下さいね」
「お土産だなんてそんな~。
気を使わなくていいのよ~。
期待してるからね~。
じゃ、行ってらっしゃ~い……。
むにゃむにゃ……」
そして玄関先に出てみると、あの白猫が居た。
白猫に対し、明日二郎が元気に反応する。
なぜ夜も明けない朝っぱらから元気なのかと云うと、明日二郎は睡眠を取る必要が無いからだ。
『ほら、オイラが言った通りだろ?
白猫君、やっぱ見送りに来てくれてんぜ。
きっとお前さんの事が気にイってるんだな』
明日二郎から促され、白猫にも『行ってきます』と声を掛ける宮森。
明日二郎の声が聞こえた訳ではないのだろうが、宗像も白猫に向け、『ほな、行ってくるで~』と手を振る。
青森へ出向くに当たり、宮森と明日二郎には心配事が有った。
四日前から今日一郎との連絡が付かないのである。
ふたり共思案に暮れていたが、今は動きようが無い。
宮森と宗像が迎えの馬車に乗り込むと、白猫は当然のように路地裏の
◇
一九一九年六月 東京駅
◇
始発前のこの時間帯、駅に着いた宮森 達は、組織の構成員達を探す迄もなかった。
早朝にも
その中には、
多野に挨拶するふたり。
「おはようございます、教授」
「おはようさんです、多野さん」
「うむ、ふたり共おはよう。
では行こうか」
時刻表には載っていない列車へと乗り込む九頭竜会構成員達。
この措置は、部外者の乗車を防ぐ為のものである。
このような特別運行が可能なのも、結社の莫大な力あってこそだ。
◇
宮森は宗像と相席になり、車窓を眺め世間話をしている。
「宗像さん。
奥さんやお子さん達は、東京の生活に慣れましたか?」
「いやいや、ワイも含めてちっとも慣れん。
この前も粘菌見つけたろ思うて
んで、直ぐに出て行け言われたわ。
「そ、そうですか……」
相変わらず活発な宗像の研究意欲に、感心と呆れを共に抱く宮森。
「
「こないな機会なかなか無いから、気ぃ入れてやらさして貰いますわ。
がっはっはっはっは!
所で、宮森はんの任務は結界の奪取、やったか?
よう判らんけど、えらい大変そうやな。
もしかすると又、天芭みたいなんが出て来よったりして……」
「お、脅かさないで下さいよ宗像さん……」
怯えた素振りを見せる宮森だったが、内心では既に覚悟を決めている。
⦅瑠璃家宮が重要と
大昇帝 派の妨害が有るのは確実だろう。
それに、『権田 夫妻では相性が悪い』とも言っている。
権田 夫妻の変身が理由なのかも知れない。
どちらにしろ、派手な闘いにならなければいいが……⦆
宮森が意見を求めようと宗像に視線を移すと、彼はうつらうつらと舟を漕いでいた。
『あれだけ朝が早かったのだから、起こすのも可哀想だ』と、
すると、彼の目に異様な光景が飛び込んで来た。
宮森は直ぐさま愛用のオペラグラスを覗く。
⦅何やら人が集まっているな。
あれは、帝国海軍の制服。
それに、彼らが打ち立てている長い
『明日二郎、長さを測ってくれ』
『オイラはメジャー(
まあ、可愛い弟子の頼みだ。
計測してやろう。
え~と……
竿自体は多分木製だけど、テッペンには金属の棒みたいなんが付いてる。
竿テッペンの金属んトコから、ちょこっと横にも伸びて「ト」の横棒を水平にした形になってら。
んで、その下にはガラスの部分があってそっから下が竿ってワケ。
それに、地面にもなんか置いてあるぞ。
金属の横棒んトコから、地面に置いてある謎の機械まで線が伸びてる。
ありゃ銅線だな』
『確認した。
作業員が、棒……を地面に打ち込んでるな。
あれは何だと思う?』
『あれも金属なんじゃないか?
地面に置いてある謎の機械と銅線で繋がってるみたいだし。
電気と関係あるのか、一応オニイチャンに
出てくれっかな~』
明日二郎が
『……ダメだ宮森。
今日もオニイチャンがでねー……』
『なんだってー!
済まん……。
取り乱してしまった。
矢張り、今日一郎に何か有ったのかも知れない』
『わかんねえ。
命の危険が有ったらオイラにも判るから、そんな事じゃねーとは思うんだけどよ。
体の具合が悪くても返事ぐらいはすると思うんだけどな。
最近どうしちまったんだ?』
『今日一郎、何も無ければいいが……』
同憂の士が今日一郎の身を案じる中、多野は軍人達の作業をただ満足そうに眺めている。
宮森 達の憂心と多野の確信を乗せ、汽車は一路青森を目指した――。
◇
一九一九年六月 青森県青森市
◇
一行は東京駅から丸一日掛けて青森県に入った。
その後、青森市駅手前の
浦町では、今回の植生調査に参加する人員が既に待機していた。
植生調査員は在野の研究者や学生が大半で、教授
ここ浦町では、調査準備や
浦町を出発した調査隊は
田代平湿原での植生調査へと向かう調査班、結界奪取の為に八甲川山へと向かう戦闘班、共に朝から移動を開始した。
調査班と戦闘班、地元で雇った運搬係の人足を合わせれば、二百人を超えている大所帯。
そして異常な多さの荷物。
多数の荷馬車や
多野と宗像を始めとした魔術師連中には、個別に人力車が用意されていた。
宮森にも人力車の用意が有ったが、怪我人などが出た際の予備に使って欲しいと嘆願し、彼自身は徒歩移動を選ぶ。
多野の乗る人力車を中心に据えた隊列が移動する姿は、
人足や調査団と共に、自身も行軍の一部となって歩く宮森。
眼前には山々の緑が眩しく輝き、空は雲一つない青天井だ。
それに、六月後半にしては考えられないほど乾燥している。
実はこの天候には仕掛けが有り、宮森と宗像は昨夜、多野からそれを聞かされていた。
◆
いざ、青森へ その一 了
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