井高上 大佐撃退作戦 前半 その二
一九一九年六月 青森県 雪中行軍遭難記念碑前
◇
三八式歩兵銃から発射された三発の弾丸が井高上 大佐に迫るが、彼はそのままの姿勢で微動だにしない。
自慢の
井高上は既に
〘
名称から推察できる通り、高速移動の術式である。
当然、着弾点に井高上の姿は無かった。
隊員達は井高上の高速移動に目を
しかし流石軍人と云った所か、分隊長は既に索敵を終え、先ほど発砲した三人に
直ぐさま
[註*
一〇メートルほど離れた場所に出現した井高上に向け、三人の隊員達が再び
井高上は又もや神行法で銃弾をすり抜ける。
三発の銃弾を余裕で
その様子を共に視ていた宮森と明日二郎。
思考と感覚の
『明日二郎、井高上 大佐の動きは精査できていたか?』
『モチのロンよ。
ありゃ高速移動だな。
天芭がこの前使ったテレポートとは、仕組みからして別物。
簡単に説明するとだな、オイラ達が今やってる思考と感覚のクロックアップを身体でもやってる』
『嘘だろ……。
思考と感覚の高速化だけでも肉体には負担が掛かるんだぞ。
それを身体でもやるのか?
明日二郎との霊感共有で連鎖しているから判るが、現に井高上 大佐の周囲は高温になっているぞ。
あれだけの熱を発生させてしまうのなら、肉体組織の方はとっくに崩壊しているか、していなくとも過熱状態なって動けない筈。
何故ああも平然としていられるんだ……』
『おい、ちったークールになれミヤモリ。
スキャン映像をよく観てみろ』
明日二郎の進言で、
彼の脳は今、辺りの温度変化を視覚に変換した
『ん?
井高上 大佐の周辺大気は高熱だけど、井高上 大佐の身体は平熱……。
そうか、井高上 大佐の術式である風と冷気で肉体を冷却している!
でも、井高上 大佐が身に着けている軍服と長靴は何なのだろう?
高熱を発している筈なのに燃えてないぞ』
『バリアが展開されていたのは頭部と他の露出部だけだ。
胴体の方はバリアじゃねーな。
確認できねーもん。
あの軍服と長靴、いったい何なのだ?』
偶然、宮森と同じ疑問を抱えていた多野が答えを出す。
「……耐熱装備か。
確かそれも、仙境から
で、その仙境から頂いた
分析から挑発へと滑らかに回った多野の舌に、井高上は独自の感性で遺憾の意を表明する。
「も~っ!
愛しのマイハニー史郎を馬鹿にしてくれちゃって~!
負け惜しみではないが、あの時の史郎は本気じゃなかったんだからね!
ある術法と儀式に多くの霊力を割いていたのだ。
あの時は実力の七割ほどしか出せていなかったのかも……。
あ、史郎の名誉の為に言い開きしてたら、思わず余計なこと口走っちゃった♥
吾輩ゲキ
井高上の立場に似合わぬ
だが、そんな事は意に介さないのが井高上 大佐と云う人物だ。
井高上は自身の心中を吐露しただけだろうが、宮森と明日二郎は戦々恐々とした心境である。
『なんだってー⁉
ごめん明日二郎、思わず取り乱してしまった。
あれで、七割……。
天芭 中尉……あっ、今は大尉か。
もし彼が万全の状態で戦っていたら、焼かれていたのは自分達の方だったろう……』
『少なくとも、イタカウエの口からは聞きたくなかったぜ……』
[註*
そして、〈エメラルド・ラマ〉と同じ邪神を宿した天才魔術師テンバ・シロー(日本名、
[註*
『第四章 雷獣の咄(はなし)』を参照されたし]
[註*
『第四章 雷獣の咄(はなし) 第七節 岩かじり撃滅作戦 その八・その九』を参照されたし]
井高上の独特な感性はともかく、耐熱装備の説明に移ろう。
通常の衣服や靴では、神行法で生ずる摩擦熱で発火してしまい直ぐ燃え尽きてしまう。
しかし仙境から齎された技術で作られたあの軍装は、神行法の使用を前提として開発された特別製の耐熱装備なのだ。
先程のような短距離での神行法ではびくともしない。
皮肉の籠もった多野の解説で、井高上の軍装への疑問も解けた。
宮森と明日二郎は更に打ち合わせを続ける。
『耐熱装備……。
問題は、井高上 大佐が一回でどれ程の距離を移動できるのか、どれ程の頻度で使用できるのか、だな。
明日二郎の意見は?』
『おう。
スキャンしてみたけど、どのくらいの距離を移動できんのかは、イタカウエの霊力量にもよるんで正直わかんねーな。
でも長時間は無理な筈だぜ。
あと連発すんのも。
耐熱装備つっても限界は有る。
さっきチョット移動しただけでも、軍装の最高温度は摂氏三〇〇度を超えてたからな。
移動し続ければ、そんだけ肉体や軍装を冷やし続けにゃならん。
結論として長時間の移動はムリ。
で、一回使うごとにクールタイムが必要ってコトになる。
あくまで予想だけど、パンチやキックなんかの攻撃動作も難しいと思うぞ。
それと、高速移動中やその前後は、視界も極端に狭まるんじゃねえかな』
『そうか……。
高速移動を使うとそれだけ耐熱装備に負担を掛けるし、装備自体が駄目になってしまったら、それこそ肉体の冷却に多くの霊力を
それに高速移動中に打撃なんぞやったら、自身の肉体を損壊しかねない。
その理屈ならば、眼球を動かすのも容易ではないだろう。
人間は視た方向に足が向きがちになるから、移動の制御がし辛くなる。
よって、長時間、連続での使用は不可。
恐らくは、移動中の打撃も不可で視界も狭まる。
そうであって欲しいけど……』
宮森と明日二郎が打ち合わせを終えた頃、井高上は神行法での移動を開始。
実はその前に、
右手の薬指と小指は立てたままで親指を
『――ナウマク・サンマンダ・ボダナン・バヤベイ・ソワカ――』と
既に術式は完成されており、それを用いて遥々シベリアから井高上は飛んで来た。
だが術式の制御を万全にする為、今一度
[註*
心に仏を観想する事を
神行法で移動し切った井高上に、隊員三人が三度目の発砲。
弾丸が彼を掠める寸前、突如として暴風が湧き起こる。
隊員達はそのまま銃弾を浴びせ続け、装弾数五発を打ち尽くした。
しかし発射された銃弾は全て暴風に呑まれ、井高上とは明後日の方向へ逸れる。
何が起こったのか解らず、その場で固まっていた三人の隊員を暴風が襲った。
三人が暴風に呑まれた
「……うあ、あぁぁッッッ!」
「た、助けてぇ、くれー……」
「ひっ……と、飛ばされる~」
地面から四〇数メートルも上昇させられ、竜巻の外周をグルグルと周る三人。
彼らは悲痛な叫びを上げ、その後帰還を果たした。
残りの隊員達に向け片手で手招きをする井高上。
それは、掛かって来いの合図であった――。
◇
井高上 大佐撃退作戦 前半 その二 了
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