第八節 井高上 大佐撃退作戦 前半

井高上 大佐撃退作戦 前半 その一

 一九一九年六月 青森県 雪中行軍遭難記念碑前





 凡そ二百人弱の人間と動物達が水のおりに閉じ込められた後、多野 教授の放った電光でそれらは全て一瞬のうちに石化していた。

 その結果、奇妙な展覧会エキシビションが絶賛開催中である。


 混乱の極みを写し取り、全身で躍動感を醸す犬と馬。

 ひしめき、驚愕と悲観の表情を有り有りと浮かべる民間人達。


 石化された今でさえ、規律正しく直立不動でたたずむ海軍陸戦隊の民間人統率班員。

 彫像にされた民間人と同じ姿勢ポーズを取り、自らの肉体で驚倒の念を表現している宗像……。


 目前で開催される展覧会エキシビションに、宮森 達はおろか井高上 大佐さえも息を呑んでいる。

 一方、林立する彫像の裏側へと超緩慢動作スーパースローモーションで隠れる宗像。


 井高上にも宗像のバレバレ逃避行は見えている筈だが、興味が湧かないのか無視している。

 宮森を含め、瑠璃家宮 陣営は見て見ぬふりで流した。


 宮森は思考と感覚の高速化クロックアップを発動、明日二郎に意見を求める。


『これが昨日 多野 教授が言っていた……。

 宗像さんは早速仕事に取り掛かったらしい。

 明日二郎、目の前の動かなくなった人達を分析してくれ』


『お前さんに言われる前からやってますよーっと。

 アイツら、身体は固まっちまってるが思念は感じる。

 だから死んじゃいない筈だ。

 スキャンした結果を簡潔に伝えるぜ。

 今、民間人その他の皆さんに起こってる事態は、魔術的石化ってヤツだと思う』


『体組織が石になると云う事か?

 それも、対象の意識を保ったままで。

 これが多野 教授の能力……』


 他に気になる事が有ったのか、宮森は続けて明日二郎に問い掛けた。


『なあ明日二郎。

 自分は眩しさの余り目をつぶってしまったんだけど、多野 教授の放った電撃はどんな形をしていたか判るか?』


『ああ、タノの電撃ん時ね。

 太い電撃は、なんかヘビが絡み合った形だったぞ。

 アレだよ、神社の注連縄しめなわ

 んで、細い電撃はギザギザの軌跡。

 アレ、あの形だ。

 神社の注連縄に付いてる白いヤツ』


紙垂しでだな。

 だとすると真道しんとうは……』


 宮森にはある閃きが訪れたのだが、今は熟考する暇が無い。

 多野と井高上を交互に見やると、両人とも顔には笑みを浮かべていた。


 多野から切り出す。


「これで足手まといは片付いた。

 私の術式の効果で、あ奴らはもう自分の意思では小指一本動かす事は叶うまいて。

 これで、貴官御得意の冷気や暴風はあ奴らには効かぬ。

 仮に石像と化したあ奴らを砕いたとて、私の術式に囚われておるうちは即席の生贄としても使えんぞ……」


 多野のしわがれ声には余裕すら感じさせた。


⦅井高上 大佐は冷気や暴風を操る。

 戦闘の邪魔になる民間人や動物を、多野 教授が石化させて守ったのか?

 更に、簡易的な生贄としての利用も封じる手……。

 これで井高上 大佐は、戦闘中の邪念補給がほぼ不可能。

 多野 教授も上手いやり方を考えたもんだ。

 しかし、井高上 大佐の実力は未知数。

 いったいこれからどうなるんだ……⦆


 宮森も気を張って成り行きを推理しようとするが、いかんせん情報が乏しい。


 先ほど多野が発した売り言葉に買い言葉の積もりなのか、井高上が挑発を倍付ばいづけする。


「心配ならば~、足手まといなどはなから連れて来なければ良い。

 まあ、困窮しておるそちらの気持ちは解らんでもないがね。

 目の前の姑息な手がその証拠よ。

 吾輩のように正々堂々、一騎討ちに洒落込しゃれこむ度胸すら無いのかね~?

 では試してみようではないか。

 臆病学長殿の、実力の程をなぁぁぁぁぁぁぁ!」


 井高上の鯨波げいはに呼応して風が吹き荒れた。

 辺りを目茶目茶に風が吹きすさぶ。


 何事かと思った宮森は天を見上げ、息をんだ。


⦅今日の空模様は雲一つない青天井だった筈。

 それが今はどうだ……⦆


 日本国内と周辺海域に設置されていた人工降雨装置で、雲の素となる水蒸気や大気中の塵埃じんあいはこの場所から遠ざけられている筈。

 それにも拘らず、この場の上空には僅かな雲が形成され始めていた。

 滞留する冷気も強まり、気温はもはや冬並みへと変じる。


⦅吐く息までも白い……。

 防寒着を着ろと多野 教授が命じる訳だ⦆


 宮森は心中で呟き周囲を見回す。

 石化した民間人が心配だったのだ。


 彼らは当然防寒着など着ていない。

 石化中とは云え、深々しんしんと身を刺して来る冷気に薄着の彼らが耐えられるのかと思ったのだ。


⦅動かない。

 これだけの風が吹いているのに、髪の毛一本動いていないし表情一つ変えない。

 それだけではなく、石化された生物に意識が有るだと?

 いったいどんな理屈になっているんだ……⦆


『明日二郎、君の意見は?』


 自身では結論に辿たどり着けないと認め、明日二郎に仕事を振った宮森。


 振ってみた仕事は五割がた完了していた。


『どうやったのかは解んねーけど、脳や心臓なんかの体組織は石化しつつも構造が維持されてる。

 こればっかりはタノ独自の術式によるとしか今は言えねー。

 それで意識が有るんじゃなかろーか』


『だから魔術的石化、なのか。

 と云う事は明日二郎センセー、冷気に対しては無傷でいられるんだな?』


『冷気の程度によるかも知れんがね。

 まー、そゆこと。

 ただ、強い衝撃なんかが加わると砕けるぞ。

 注意しとけ』


『解った。

 それにしても、二百人弱の人間と動物達を一瞬で石化させるとは、多野 教授に定着してる邪神はいったい何なんだ?』


『今はそんなコト悠長に語っている時ではないぞミヤモリ。

 井高上 大佐に集中しろ!』


 生贄として利用できない事を悟り、井高上は目の前の彫像展示場ギャラリーから離れて行く。

 彫像展示場ギャラリーから約二〇メートル離れた井高上は、瑠璃家宮 陣営一同に大音声だいおんじょうを浴びせ掛けた。


「これくらいでいいだろう……。

 さあ、掛かって来るがいい!

 なんつって!

 ちょっとカッコ付けちゃった ♥」


 井高上は右手の全指を揃えて水をすくう形を取り、てのひら側を下にして折る。


「呑気にいんなど結んでいる場合か!」


 海軍陸戦隊戦闘班の三人が、着剣した三八式歩兵銃さんはちしきほへいじゅうを構えて前に出る。


[註*三八式歩兵銃さんはちしきほへいじゅう=一九〇五年(盟治三八年)に開発、帝国陸軍に採用された国内産のボルトアクションライフル。

 着剣も可能。

 第一次世界大戦後、帝国海軍にも供与された。

 愛称は『さんはち』、もしくは『さんぱち』(盟治との元号は作中での設定)]


『ターーーーン!』


 隊員三人が、井高上に向け一度に発砲した。





 井高上 大佐撃退作戦 前半 その一 了

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