井高上 大佐撃退作戦 前半 その三
一九一九年六月 青森県 雪中行軍遭難記念碑前
◇
仲間を失った海軍陸戦隊の隊員達は、憎悪に顔を歪ませつつもやや遠巻きに井高上 大佐を取り囲んだ。
この陣形で発砲すれば同士討ちになる恐れが有る。
それにも拘らず、彼らは三八式歩兵銃を構えた。
用意が完了した隊員達を確認し、分隊長が叫ぶ。
「御願いします!」
声が向かった先は、多野 教授配下の魔術師達。
彼らは先程の竜巻で隊員達が巻き上げられるのを目撃した直後から、精神を集中し術式を構築していた。
「――大宇宙の根源に連なりたる 川の御祖
暴風が井高上を中心に広がり、周囲に陣取った隊員達を呑み込む。
その時、隊員達の足元から光が湧き立った。
湧き立つ光は瞬く間に彼らの全身へと及ぶ。
暴風が収まった時、隊員達は暴風が湧き起る前と寸分
構えすらも解いていない。
なぜ隊員達は暴風をものともせずに居続けられるのだろうか。
その種は、彼らの纏う鎧に有る。
魔術師達が構築していたのは、成長促進の術式。
大地に息づく植物を、土壌の栄養分と多野が民間人を石化させる際に使用した塩水の残りとで活性化させたのである。
その際もビタミンとミネラルを
隊員達の身体を覆う樹皮組織が姿勢を固定し、大地に深く張る根が
その御蔭で、彼らは暴風に吹き飛ばされずに済んだのである。
加えて、味方の放った銃弾が命中したとしても、樹皮鎧を纏っているため大事には至らない。
同士討ち覚悟で全方位から放たれる銃弾。
井高上は樹皮鎧を纏った彼らを視認し終える。
暴風が途端に井高上へと収束した。
隊員達は弾切れになるまで撃ち続ける。
隊員達が撃ち尽くした所で、吹き荒んでいた暴風が
暴風の中心からは無傷の井高上がケロリと顔を出し、顔横に掲げた右拳を開く。
「だ~か~ら~、効かないって~♥」
その
「井高上ぇぇぇ!」
突如として隊員のひとりが樹皮破片を
その隊員の纏っている鎧は構成していた硬い樹皮が枯死しており、その下からは植物の柔組織が覗いていた。
姿勢を固定する重装鎧から、動きを妨げない軽装鎧へと換装されていたのである。
銃剣を構えての突撃。
井高上を捉える、と誰もが思った瞬間、井高上が消えた。
標的を見失いつんのめる隊員。
井高上は隊員達の組んだ包囲陣の外、五メートルほど離れた場所に居た。
包囲陣を組んでいた隊員達も、樹皮鎧から草鎧へと換装を終わらせている。
素早く弾薬を
目前で繰り広げられる魔術を利用した攻防。
そしてそれを分析する宮森。
⦅隊員達が弾薬を装填している間に、井高上 大佐は仕掛けなかった。
普通なら絶好の機会の筈。
矢張り、あの高速移動術式は連続使用が出来ないようだな。
もしそうなら、こちらに勝機が有る!⦆
分隊長が、自陣の魔術師と部下に向かって再び叫ぶ。
「御願いします!
構え!
狙え!」
隊員達が包囲陣を解き、井高上に狙いを付けた。
魔術師達が霊力を集中する。
「――布瑠部 由良由良止 布瑠部――」
今度は井高上の足元から光が湧き起り、彼の
井高上の足元から伸びる光を確認した分隊長が号令を掛ける。
「撃て!」
井高上は神行法で移動。
出来ない。
なんと井高上の全身に
その様子を思考と感覚の
⦅井高上 大佐の体表に植物組織を這わせ、あの高速移動を封じたのか。
それも堅い樹皮で全身を固める方法ではなく、弾力性と伸縮性を併せ持つ蔦を選択したのも
井高上 大佐が使うのはあくまでも高速移動であって、瞬間移動ではないからな。
その身に暴風を纏い蔦を切断しようにも、軍服を這う蔦が服の
もし風を用いて蔦を無理矢理切断しようとした場合、特別製の耐熱装備まで損壊させてしまう事になるだろう。
そうなると、高速移動する際に生じる大気との摩擦熱を、井高上 大佐がその身で味わう事となるな。
摩擦熱自体は障壁術を展開すれば何とかなるだろうけど、その分の霊力を消耗させられるし、術式の並列使用から来る機能不全も狙える。
修練を積むとここ迄の事が出来るようになるのか……。
多野 教授の石化術式に負けず劣らずの芸術的一手。
まさに、蔦地獄か……⦆
その間にも、井高上に六発の銃弾が迫る。
蔦地獄に神行法を潰されて
銃弾が命中。
しない。
高速移動は潰した、と瑠璃家宮 陣営の誰もが思っていた。
しかし銃弾は烈風の名残を突き抜けただけで、そこに井高上の姿は無い。
銃弾が命中する筈だった場所から、五メートル程の場所に佇む井高上。
彼は、軍服に絡み付いていた蔦の細かい破片を手で払い除けている。
その破片はキラキラと外光を反射し、井高上の脱出
井高上の様子を
『あ~チクショー!
もう少しで当たるトコだったのに~。
どうなってやがんだよ』
『あれは、
◇
井高上 大佐撃退作戦 前半 その三 了
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