破滅への託宣 その三

 一九一九年六月一三日 宮森の下宿先





 魔術結社の洗脳手法を明かした今日一郎に、明日二郎が疑問をぶつける。


『でよ、オニイチャン。

 最近、顔を布かガーゼで覆った人をチラホラ見るよな。

 あれ何?』


 明日二郎の質問には宮森が答える。


『あれは防疫用マスクだ。

 去年の一〇月、アメリカのサンフランシスコ市が〖マスク着用義務条例〗と云うものを出したんだよ。

 その煽りを受けて、国内でもマスクを着用する人が出始めたんじゃないかな』


『疫病自体がウソなのにマスクして意味あんの?』


 問いに答える今日一郎は苦々し気だ。


『為政者側には有る。

 マスクの着用、これこそが大衆洗脳なんだ。

 同調圧力と云ってね。

 みんながやってるのに自分だけがやってないと不安になる心理を利用するのさ』


『あ、オイラ解ったぞ!

 そうやってミンナにマスクさせて不安がらせてから、ヴァクスィンとかヴェクスィーンとか云うヤツを注射して、人体の免疫機能をデストロイしてんだな!

 どうだいミヤモリ?』


『デストロイ?

 破壊って事か。

 シショー、今日は冴えてますな。

 それに、マスクは奴隷に着用させる口枷くちかせでもある。

 奴隷貿易でも実際に使われていた』


『ってコトはだミヤモリ。

 御上に言われるがままにマスクしてる人は奴隷ってコトか。

 この国でもやるんだろ?

 そのマスク着用義務条例ってヤツ』


『条例に迄なるかは判らないけどな。

 何らかの手段は講じるだろう』


『宮森さん、一部ではもう始まっている。

 今年の一月、内務省衛生局が「流行性感冒予防心得はやりかぜよぼうこころえ」と云うものを出した。

 これによると、「せきくしゃみをする時は手巾ハンカチ手拭てぬぐいなどで鼻、口を覆う事が重要」とある。

 又、「病人の部屋はなるべく別にし、病室に入る時はマスクを着ける」ともある。

 マスクの効果なんて無いのに、内務省は国民にマスク着用を勧めているんだ』


 宮森達の懸念通り、内務省は一九二〇年二月頃から流行性感冒かんぼう(インフルエンザ)の予防対策啓蒙けいもうポスター各種を全国に配布し始めた。

 以下はそのポスターの主な文言である。


■〖恐るべし『ハヤリカゼ』の『バイキン』!〗・〖マスクをかけぬいのちらず!〗


■〖マスク〗と〖うがひ〗・〖『マスク』をかけぬと〗・〖汽車きしゃ電車でんしゃひとなかでは『マスク』せよ、外出そとでのちは『ウガヒ』わするな〗


■〖手當が早ければ直ぐ治る〗・〖流行性感冒?〗・〖風邪の魔人〗


■〖含嗽うがひせよ あさゆふ奈に〗


■〖ハヤリカゼはこんなことからうつる!〗・〖『テバナシ』に『セキ』をされてはたまらない〗


■〖悪性感冒:病人は成るべく別の部屋に!〗・〖おや居間ゐまへだててまもれ やまいてき宿やどは〗


■〖豫防注射よぼうちゅうしゃで 宿やどのなく奈る かぜかみ


■〖豫防注射と日光消毒〗・〖日光にっこう直射ちょくしゃ医者いしゃ注射ちゅうしゃには 疫病やくべうがみもけてクシャクシャ〗


[註*流行性感冒かんぼう(インフルエンザ)の予防対策啓蒙けいもうポスター各種の主な文言・仮名遣いの新字体・現代仮名づかい=うがひ→うがい、手當→手当てあて、ゆふ→ゆう、奈→な、ゐま→いま、豫防→予防、乃→の、やくべう→やくびょう]


 今日一郎がこれからの予想を展開する。


『この国の魔術結社連中は、これから在りもしない疫病の喧伝に躍起やっきになる筈だ。

 その中でうがいやマスク、過度な消毒と云ったものを予防法と偽って広めるだろう』


『ちょい待ちオニイチャン、ウガイもダメなん?』


『ああ。

 人間の身体には常在菌じょうざいきんと呼ばれるものが生息していてね。

 普段は人体と共生関係にあって病原体にはならない。

 しかし、常在菌を多数殺菌してしまうと他の病原菌が繁殖してしまい、その結果病気になってしまう事が有る。

 又、人体の免疫力が落ちた時に病原性を発現させ、常在菌自体が病原体になってしまう場合も有るのさ。

 それに伴い、常在菌には日和見ひよりみ菌との別名まで有るんだよ。

 で、嗽が何故いけないのかと云うと、咽喉のどや鼻の粘膜に生息している常在菌を、見境みさかいなく殺菌してしまう恐れが有るからなんだ。

 とくに、塩水や薬品での嗽は殺菌効果がいちじるしい』


『流石オニイチャン。

 九頭竜会の医療部門さぐってただけあるなー。

 国や支配者層は、常在菌ちゃんを殺しまくる習慣を国民に根付かせようとしてんのね。

 そして、免疫力が落ちた所にヴァクスィンとかヴェクスィーンとか云う猛毒をズドン‼

 恐ろしいコト考えやがるぜ……』


『確かに。

 今の時代でここ迄の大衆洗脳が成し遂げられているんだから、百年後はどうなっているか……』


『ウ~ン、コレばかりは未来の人々に託すしかないか……。

 お次は、「――食い物を潰し満足に食えない様にせよ」か。

 これはオイラにも解るぞ。

 食いもんをわざと大量廃棄して、世界的な食糧難を演出したいんだな。

 どだ、オニイチャン?』


『その通りだと思うよ明日二郎。

 そしてその結果が、「――腹が膨れると偽り蟲を食わせておる様に」なんだろうけど、宮森さんはこれについてどう思う?』


 今日一郎に問いを振られた宮森は、記憶の底から引っ張り出した欠片かけらで持論を展開した。


『聖架教の古い戒律の一つに食べ物についての規定が有り、昆虫で食べて良いものはいなご類だけだとされている。

 蝗や蜂の子の佃煮つくだになんかも在るし、一部の昆虫はわりかし大丈夫なんだろう。

 問題は他の昆虫、自分がいま思い付いたのはコオロギだな』


『コオロギ?

 何かあんのかミヤモリ』


『ああ。

 コオロギは「蟋蟀しつそつ」とも書くが、元々は螽斯きりぎりすを表す言葉でね。

 別の字では「蛩」とも書く。

 この文字の語源は定かではない。

 もしかしたら、飢饉の時に仕方なくコオロギを食べた人達が相次いで亡くなった事から出来たのかも知れないね。

 今日一郎の意見は?』


 今日一郎は今日一郎で、得意分野から持論を展開する。


『僕は普段から漢方の書籍を読んでるけど、コオロギもってたよ。

 只、「蟋蟀は妊婦には禁忌」と注意書きされていた。

 高い利尿作用を持ち、体内の循環血漿けっしょう量が低下して流産の危険性が増すらしい。

 それに九頭竜会の研究記録によると、コオロギにはボツリヌス菌が含まれているとの事だった。

 このボツリヌス菌は食中毒を引き起こす細菌で、乳幼児や病人は特に危険にさらされる。

 詰まり、コオロギを食用とするのは非常に危険だ。

 入門の託宣にあった蟲がコオロギなのかは判らないけど、政府が昆虫食を推奨し始めたら確実に裏が有る。

 偽の疫病騒動含め、最大限警戒しなければならない』


 昆虫食の危険に納得した一同は議論を進める。


『じゃ、次の質問。

「――〘アー〙と〘ウン〙で呼吸を合わせるのが肝要ぞ」って何?

 阿吽あうんの呼吸の言い間違いとか?』


 この問いには宮森がせた。


『アーとウンとは、アトランティスとムーの事だよ。

 自分の見解では、アトランティス・ムー文明時代の言語が一部残っていて、阿吽の語源になったと考えている』


『おー、流石は専門家。

 良くできましたー』


『お褒め頂いて恐縮ですシショー。

 で今日一郎、ミロクの印を埋め込む百幾年後の本番に向けて、今回の疫病騒ぎは大成功を収めつつある、と云う訳だ』


『ああ、奴らは言語と国家を統一しようとしているようだね。

 瑠璃家宮と入門の結託は、ムーとアトランティスの結託でもある。

 然も、表向きは「――戦を絶やさず、仲の悪い振りを通すのだぞ」とのたまっているのだから始末に負えない。

 今まで対立していた様々な国や地域の邪神崇拝者達を纏めようとしているんだ。

 近い内にまた戦争になる。

 その規模は先の大戦以上となる可能性が高い。

 その結果を以て、邪神崇拝者同士での序列をはっきりさせたいのだろう。

 その後に統一国家を造る積もりなのは、瑠璃家宮 達の過去の発言をかんがみても確実だね』



 しくも、翌一九二〇年一月一〇日に国際連盟リーグ・オブ・ネイションズが設立された。

 この国際連盟は第二次世界大戦を阻止できず、一九四六年四月二〇日を以て解散する事となる。


 それに先んじて、一九四五年一〇月二四日には国際連合が発足していた。

 この国際連合の英語表記はUnited Nations(ユナイテッド・ネイションズ)、である――。





 破滅への託宣 その三 了

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