破滅への託宣 その二

 一九一九年六月一三日 宮森の下宿先





 下宿へと戻った宮森は、今日一郎との連絡を取るため明日二郎に精神感応テレパシー回線を繋いで貰う。


『こんばんは今日一郎』


『こんばんは宮森さん。

 今日はどんなだった?』


『ああ。

 いつにも増して大収穫だったよ。

 早速だけど明日二郎、自分の今日の記憶を今日一郎にえ付けてくれ』


『ガッテンでい!』


 明日二郎が宮森の脳と今日一郎の脳を連鎖リンクさせ、高速で情報を据え付けインストールして行く。


『よ~し、終わったぜオニイチャン』


『明日二郎ありがとう。

 ……うん、これは大変な事になったね。

 入門 和仁吾郎、まさかここまでやるとは。

 奴に定着している邪神は、瑠璃家宮のと肩を並べるぐらいに凶大だ。

 然も交霊術の達人と来てる。

 瑠璃家宮が手を結んだ訳だ』


『それで今日一郎。

 問題の託宣だが、君はどう見る?』


『う~ん、「――今日より六十六とせと六十の後」は、今日から六十六年と六十日後に何かが起こる……いや、何かをやらかす積もりなんだろうな。

 明日二郎、計算を頼む』


『あいよオニイチャン。

 六十六年と六十日後っと……こんなん出ましたけど~』


 宮森と今日一郎の脳裏に特定の日付が浮かんだ。


 宮森が見解を述べる。


『西暦だと、一九八五年八月一二日……か。

古代いにしえ御陵みささぎあとに」は、素直に解釈すると古墳と云う事になる。

 次の「五百二十の御霊みたまを供えし」の部分。

 供えしとくれば、五百二十人を生贄にする儀式なんだろう。

 しかし「一二三ひふみ巨鳥おおとり墜つれば」、自分はここが解らない。

 今日一郎、儀式の内容や場所に心当たりは有るか?』


『僕にも解らないね。

 未来視をやるにしても大掛かりな準備が必要だし、軟禁されている今の状態では動けない。

 ただ、生贄の人数がはっきりしているのは気になる。

 その五百二十と云う数字が、内容と場所を特定する鍵になるんじゃないかな』


『分かった。

 じゃあ、「ヒトの御祖みおや御出おいであそばし、れミロクの世の手始めとなるぞ」の部分はどうだ?』


『ヒトの御祖みおや……。

 僕も初めて聞いた言葉だ。

 人類の祖先と云う意味なんだろうけど、見当が付かない。

 以前に話した旧神きゅうしんかとも思ったけど、邪神に捧げる儀式でよみがえる訳はないしね。

 辻褄つじつまが合わない』


『今日一郎でも手詰まりか。

 仕方ない、次に行こう。

 次は、「――さらの時より三十三歳と三十の後、世の民草に埋め込む為のミロクのしるし出来上がるぞ」だ。

 明日二郎、日付を出してくれ』


『気安く使ってくれちゃってもー。

 まあ、やってやるけどよー。

 では、西暦一九八五年八月一二日の三十三年と三十日後は……!

 こんなん出ましたけど~』


『西暦二〇一八年九月一一日か。

 ここまで先の話になると、世の中がどうなっているのか想像も付かない。

 今日一郎、入門は何故なぜこんなにも先の託宣をするんだ?』


『邪神に寿命は無いからね。

 いくらでも先々の計画を練れる。

 そしてその計画を、一部の人間にだけ公開するのさ。

 お前たちは神に選ばれし者だ、なんて甘言かんげんを使ってね。

 邪神の甘言に惑わされた者は邪神を崇拝し生贄を捧げ、その見返りとして知恵や能力を授かる。

 そして邪神の手足となり、言い渡された計画を成就じょうじゅさせる為に働く。

 その集大成がミロクの世なんだろう』


 ミロクの世との今日一郎の言に、宮森は自らの推測をぶつける。


『今日一郎、これは入門の託宣をもとに導いた推測なんだが。

 百幾年後に人々が埋め込まれるミロクの印とは、なんじゃないだろうか……』


『なんてこった!

 そんな大それた事しよーってのかアイツら。

「――偽りの疫病を流行らせ不安を煽れば、誰も彼もがミロクの印欲しがるぞ」って言ってたしな。

 然も、「――ミロクの印を民草に行き渡らせる仕組み、百年前の今この時から作って置くのが肝要ぞ」とも言ってる。

 じゃあ、いま世界中で流行ってる疫病はまさか……』


 思わず声を上げた明日二郎の推測に、宮森と今日一郎も同意した。


『予行演習だね。

 然も邪念まで捻出できて一石二鳥だ。

 その潤沢じゅんたくな邪念のお蔭で、宮森さんとこうやって会話できているのは複雑な気分だけど。

 全ては百年後への布石ふせきだったか』


『じゃあ今日一郎。

 現在まで蔓延して来たとされる、黒死病ペスト天然痘てんねんとう、コレラなどは……』


『全て邪神崇拝者達がでっち上げたものの可能性が高い。

 宮森さん達が熊野に行っている間、僕は九頭竜会の医療部門を重点的に探っていたんだけど、今回の疫病騒動は抗原こうげん接種が原因のようだ』


『抗原接種って、天然痘に対する種痘しゅとうの事か?

 あれは、弱毒化させた病原体を身体に入れて免疫を得るとか云う……。

 まさか、入門の託宣にある「――癒し救うと見せ掛けて騙すのじゃぞ」と、「――薬と偽って毒を盛っておる様に」の部分!』


 宮森から珍しくげきした思念が発せられた。


 今日一郎はつとめて冷静に返答する。


『恐らく脚本はこうだ。

 先ず邪神崇拝者やその手先が、川や湖、井戸などの水源に毒を混入させる。

 すると、その水を直接飲んだ者や、毒の混入した川や湖に生息している魚介類を食べた者が病にかかる。

 次にある程度の数の病人を確認したら、伝染病のうわさを世間に流す。

 この噂が広まり、多くの人心に混乱をきたしたら仕上げだ。

 薬と偽り毒を飲ますなり、注射なりすればいい。

 いま世界中で蔓延している疫病の正体はコレ。

 ヴァクスィンとかヴェクスィーンとか呼ばれるモノを薬剤と偽って注射し、人体の免疫機能を破壊して免疫不全を起こさせる訳だ』


『なるほど……。

 黒死病やコレラ流行時にも、「ヱドナイ人が井戸に毒を入れた」などの噂が有ったとされている。

 何百年も前から練習していたとは、恐れ入ったよ……』


[註*ヱドナイ人=ヱドナイ教信徒の事(作中での設定)]


 黒死病ペストやコレラはおろか、現在世界中で蔓延しているとされる疫病さえも邪神崇拝者達の仕掛けた生贄儀式。

 然も、百年後の本番に備えた予行演習だとの結論に達した。


 宮森が続けて意見を述べる。


『読めて来たぞ。

 子供を親と引き離し学校に通わせ、そこで為政者いせいしゃに都合のいい人間に仕立てようとしているんだな。

 何も考えず疑わず、ただ御上おかみの命令に従うだけの操り人形を。

 結果として「――民草を衆愚に成り果てさせよ」が成就する。

 その延長が「――此れを幾代か続けておれば、其の身に疑いなくミロクの印埋め込むぞ」になる訳だ』


『ハイハ~イ、明日二郎からチョット質問。

「――税をしぼり取り民草をませるなよ」の部分も、大衆洗脳に関係あんの?』


 これには今日一郎が返答した。


『大ありだよ。

 税を取り立てればその分だけ家計の収入は減る。

 その分長く働かねばならなくなるだろ。

 勿論、殆どの雇い主は雇い人の賃金を生活できる最低限までしぼっているからね。

 これで低賃金長時間労働者の出来上がりさ。

 生活時間の大部分を労働に奪われた労働者とその家族はどうなるか……』


『遊べもしないし学べもしない?

 でも学校で……あっ!』


『気付いたようだね明日二郎。

 その学校で洗脳教育されるのさ。

 これで立派な労働機械の出来上がり。

 洗脳が完了した機械は文句を言わない。

 ただ黙々と主人の命令を実行するのみだ。

 機械が働いて得られた利益は機械には還らない。

 と、を貰えるだけ。

 税と云う名目で全て主人に奪われる。

 その労働機械が子から親になる。

 世には労働機械が溢れる。

 彼らは考える事が出来ない。

 疑問も持たないので調べない。

 子供の時からそう仕込まれているからね。

 そのような人々が、邪神崇拝者達のでっち上げた偽りの疫病を見抜けるだろうか?

 先ず見抜けないだろうね。

 不安に怯え右往左往し、御上がこれ見よがしに喧伝けんでんする情報を鵜呑うのみにし、満を持して登場した何の益もない只の毒薬を喜んでその身に受け入れるだろう。

 御上に言われるまま、何回もね。

 そして自分や家族が被害を受けて初めて気付くのさ。

 白衣を着た救いの御手みては、黒衣から着替えた刺客の毒手だった事を。

 そして、白衣の刺客達の雇い主である御上に騙されていた事をね……』


『な~るほど、そげな仕組みか』


 一同の分析はもう暫く続くようである。





 破滅への託宣 その二 了

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