第二節 破滅への託宣

破滅への託宣 その一

 一九一九年六月一三日 帝居地下 小祭事場





 入門が神楽舞を踊っている。

 女装し声を裏返して語る姿は、はたから見ればコスプレオヤジの変態ダンスだ。


 しかし乍ら、誰ひとりとして笑っていない。

 もちろん皇太子である瑠璃家宮の手前と云う事もあるだろう。

 だが、入門がかもす滑稽を通り越して醜怪ですらある雰囲気が、それを許さないのだ。



「――今日より六十六とせと六十の後、いにしえ御陵みささぎあとに五百二十の御霊みたまを供えし一二三ヒフミ巨鳥おおとりつれば、ヒトの御祖みおや御出おいであそばし、れミロクの世の手始めとなるぞ」



 明日二郎の驚愕きょうがくが宮森にまで伝わってくる。


『イリカドのヤツ、すんなり魔空界とつながりやがった!

 ミヤモリ、お前さんなんか視えるか?』


『明日二郎、出て来て大丈夫なんだろうな……。

 霊眼れいがんで視てるけど、今の所は何にも。

 邪念も感じるけど、極僅かだ。

 凄い事なのかい?』


『ああ。

 普通は魔空界と繋がっただけでもトランス状態になる。

 でもヤツは素面しらふのまんま。

 それにお決まりの悪臭も出てねーだろ。

 邪霊が物質界こっちまで出て来てないってこった』


『明日二郎、さっき言った事は難しいのか?』


『モチのロンよ。

 魔空界に潜んでいる邪霊どもは、今か今かとを狙ってんだぜ。

 おりが開けば我先われさきにとなだれ込んでくら~。

 そーなっちゃ困るんで審神者さにわが付くんだろ。

 それが無いって事はだ。

 交霊の術式を完璧に実践してやがんのよ。

 他の神官達の力も借りずにな。

 さっき食った松果体だけでここまでやれるかね……』


『入門は、交霊術に関して相当な手練れと云う事だね』


『みてーだな。

 で、ミヤモリよ。

 ヤツの語った文句の中身、何か解るか?』


生憎あいにく、今のところ珍紛漢ちんぷんかんだ』


 宮森もこの段階では意味を読み解けず、語りの語句を記憶する事に専念している。



「――さらの時より三十三歳と三十の後、世の民草に埋め込む為のミロクのしるし出来上がるぞ」


「――ミロクの印埋め込まれたる者、もう人の子は産まぬ」


「――カミの依代よりしろぞ」


「――人がカミを宿すのだぞ」


「――ミロクの印を民草に行き渡らせる仕組み、百年前の今この時から作って置くのが肝要かんようぞ」


「――此のミロクの印無くば、民草が何処どこへも行けぬ様にせよ」


「――此のミロクの印無くば、民草が物を売り買い出来ぬ様にせよ」


「――此のミロクの印無くば、民草が学びも勤めも出来ぬ様にせよ」


「――偽りの疫病やまいを流行らせよ」


「――茶番の戦争いくさをけしかけよ」


「――物の上げて苦しめよ」


「不安を煽れば、誰も彼もがミロクの印欲しがるぞ」



 明日二郎もここに来て、語りの内容の不穏さに気付いたらしい。



『ん~、「――偽りの疫病やまいを流行らせよ」、「――茶番の戦争いくさをけしかけよ」、「――物の上げて苦しめよ」の三つはオイラでも解るぞ。

 邪神達アイツらが立てたこれからの予定だよな。

 でもミヤモリ、ミロクの印ってなんだろ?

「何処へも行けぬ」、とか「物を売り買い出来ぬ」、とか……』


聖架教せいかきょうの書物に似たような記述が在る。

けものの刻印〙の記述がそれだ。

 それは獣の名であり、人間を表す数字でもあると』


『獣と人間を表す数字?』


『六百六十六がその数字さ』


『解ったぞ。

 666……六が三つだからミロクか!

 待てよ、何なら覚者教かくしゃきょう弥勒菩薩みろくぼさつってのも……』


『邪神かそれに関する何かを、覚者教流に言い換えただけのものだろうな。

 そしてその邪神の刻印を約百年後に完成させ、人々の身体に埋め込む予定みたいだ』


『それに、「もう人の子は産まぬ」、「カミの依代ぞ」とか云ってるし……』


『恐らくは、ミロクの印が人体に何らかの作用を及ぼし不妊にするのだろう。

「依代」の方は、入門の語りを聞き終えてから判断した方がいい……』


 焦燥をつのらせる宮森と明日二郎が、入門の語りに聞き入る。



「――その為に世の国々をつらね一つの国とするのだぞ」


「――国だけではないぞ」


「――言葉も一つにするのだぞ」


「――さすればいにしえ奥津城おくつきの再来ぞ」


「――奥津城の普請ふしん叶えば、小神こがみだけでなく大神おおがみも世に御出でになるのだぞ」


「――くれぐれも一つの国じゃと民草に気付かれてはならぬ」


「――いくさを絶やさず、仲の悪い振りを通すのだぞ」


「――〘アー〙と〘ウン〙で呼吸を合わせるのが肝要ぞ」


「――税をしぼり取り民草をませるなよ」


「――食い物を潰し満足に食えない様にせよ」


「――癒し救うと見せ掛けて騙すのじゃぞ」


「――すけいつわり刺客を差し向けておる様に」


「――腹が膨れると偽りむしを食わせておる様に」


「――薬と偽り毒を盛っておる様に」


「――まことに偽りを少しづつ混ぜるのだぞ」


「――うつ平らはまがいじゃと広めておる様に」


「――現し世まりじゃと空嘯そらうそぶいておる様に」



 入門の語りに、宗像などは完全に御手上げの様子だ。


 当然ながら瑠璃家宮は語りの意味が解るらしく、感心して首肯しゅこうしている。


 明日二郎もきょうが乗って来たのか、宮森に質問する。


『なあミヤモリ、「世の国々を連ね一つの国とする」とか、「言葉も一つにする」ってのはいったい何を表してるんだ?』


『聖架教の前身となった、〘ヱドナイ教〙の説話に関連しているのかも知れない。

 その説話とは、「天にも届く程の塔を建てた人類に神が怒り、人類が二度とこのような真似まねを仕出かさないよう、神は人類の言語を千々ちぢき乱した。意思の疎通を図れないようにされた人類は塔の建設をやめ、やがて世界各地に散って行った」と云うものだ。

 塔が破壊されたかどうかは意見が分かれるが、神への挑戦に対する罰だと云うのが一般的な見解だね』


『じゃあ、「――さすれば古の奥津城おくつきの再来ぞ」ってのがその塔の事なのか?』


『奥津城とは墓所の意味も有るが、ヱドナイ教の説話通りなら塔の意味だな。

 その塔は〖バベルの塔〗と呼ばれていてね。

 バベルと云う言葉の語源は、混乱だとか神の門だとか諸説ある。

 詳しい分析は後にしよう……』


[註*ヱドナイ教=聖架教の前身となる宗教で、紀元前一三〇〇年頃に成立したとされる。

 成立当初は完全な民族宗教だったといわれるが、現在は厳密には民族宗教ではない。

 しかしヱドナイ教信徒となるには多種の厳しい条件があり、他宗教からの改宗はほぼ認められない。

 ヱドナイ教の信徒にはなぜか資産家が多く、ヱドナイ教独特の選民思想とも相まって、ヨーロッパ各国では特に煙たがられる風潮が強い(作中での設定)]


 ふたりは再び入門の語りに耳を傾ける。



「――民草を衆愚しゅうぐに成り果てさせよ」


「――わらしの時分から始めるのが肝要ぞ」


「――まなと偽って獄舎ごくしゃに繋げ」


「――親と離して此方こちらの都合の良いよう仕込むのじゃぞ」


「――さすれば此方の思うがままの操り人形へと育つぞ」


「――操り人形の子は親にも増して操り人形ぞ」


「――此れを幾代いくだいか続けておれば、其の身に疑いなくミロクの印埋め込むぞ」



 我慢できなくなった明日二郎が声を上げる。


『おいミヤモリ、「童の時分から始める」だの「学び舎と偽って獄舎に繋げ」だの、明らかにアブねーコト語ってんぞ』


『幼少の頃から洗脳教育すると云う意味だろう。

 百年後に向けて今から準備か。

 気の長い事だね』


 入門の雰囲気が変わった。

 語気が強まる。



「――一二三ヒフミで始まり六六六ミロクで仕上げるのだぞ」


「――かなめはかりごとにはミロクをひそませねばならぬぞ」


「――ミロクの形は一つにあらず」


「――突き止められぬよう、形を変えるのだぞ」


「――999もミロクぞ」


「――三六九もミロクぞ」


「――六と六と六で十八もミロクぞ」


「――虫と虫と虫とで蟲もミロクぞ」


「――其のおきてを守りコト成せば、世の中グレンとひっくり返るぞ」


「――一二三ヒフミで始めて六六六ミロクで仕上げるのだぞ」



 入門が一拍置く。



「――そして百幾年の後、民草に埋め込むミロクの印は……ろくしち・ぞ――」



 入門の邪気が強く発揚はつようした。


 宮森には視えた。


 入門に定着している邪神が。


 それは、洞穴ほらあなに鎮座し怠惰たいだを貪る。


 それは、怠惰にいてははかりごとを巡らす。


 それは、謀を以て将来の人々をももてあそぶ。


 醜陋しゅうろうなる蟇蛙ひきがえる――。





「――今日は此れ迄……」


 入門の邪気が沈静化し、語りをやめた。

 速記係りや撮影係りなど、職員は撤収作業に入る。


 侍従などは、入門、瑠璃家宮、その他の客の順に茶をすすめた。

 宗像はよほど頭がこんがらがったのか、茶を何杯も御替わりしている。


 巫女装束でくつろぐ入門に、瑠璃家宮が親しに質問した。


「入門 殿。

 の日取りはいつが良いであろうか?」


「そうですな~、四つ歳と八十が宜しかろう」


「有り難い、入門 殿に感謝する。

 この礼はいずれ……」


 ついでの積もりなのだろうか、膨れた腹をさすり乍ら綾も問い掛ける。


「入門さーん、殿下の御子おこはいつ御生まれになるんですかー?」


「百とふたぞよ。

 もうじきですな」


「ふふっ、もうすぐ殿下の御子に会える。

 アタシちょー嬉しい!」


 そう言って綾は瑠璃家宮の腕にほほを寄せる。


 釣られて宮森も喜ばしい顔容かんばせを取りつくろった。

 裏 宮森の人格は嘘や世辞せじにも長けていて、このような場合に重宝する。


 後片付けの係が入室し、宮森 達は侍従にうながされ別室へと案内される。


 これからの時間は御決まりの乱交儀式。

 当然のごとく憂鬱な気分になる宮森だったが、今回は多野 教授が居ない分だけまだましと云った所。


 毎度の事だが、明日二郎が気遣きづかいの言葉を掛ける。


『ミヤモリ、強烈なカエルオヤジの託宣があったばかりだが大丈夫か?』


『気遣ってくれてありがとう。

 今日は幸いにも多野 教授がいないし、瑠璃家宮と綾、権田ごんだ 夫妻も欠席だ。

 千載一遇せんざいいちぐうの機会と言ってもいい。

 ここでとするよ。

 後々何か役立つかも知れない』


『涙ぐましい努力、ご苦労さんだの……』


 乱交儀式を卒なくを終えた宮森は宗像に別れを告げ、下宿への帰途に就いた。





 破滅への託宣 その一 了

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