第二節 破滅への託宣
破滅への託宣 その一
一九一九年六月一三日 帝居地下 小祭事場
◇
入門が神楽舞を踊っている。
女装し声を裏返して語る姿は、
しかし乍ら、誰ひとりとして笑っていない。
もちろん皇太子である瑠璃家宮の手前と云う事もあるだろう。
だが、入門が
「――今日より六十六
明日二郎の
『イリカドのヤツ、すんなり魔空界と
ミヤモリ、お前さんなんか視えるか?』
『明日二郎、出て来て大丈夫なんだろうな……。
邪念も感じるけど、極僅かだ。
凄い事なのかい?』
『ああ。
普通は魔空界と繋がっただけでもトランス状態になる。
でもヤツは
それにお決まりの悪臭も出てねーだろ。
邪霊が
『明日二郎、さっき言った事は難しいのか?』
『モチのロンよ。
魔空界に潜んでいる邪霊
そーなっちゃ困るんで
それが無いって事はだ。
交霊の術式を完璧に実践してやがんのよ。
他の神官達の力も借りずにな。
さっき食った松果体だけでここまでやれるかね……』
『入門は、交霊術に関して相当な手練れと云う事だね』
『みてーだな。
で、ミヤモリよ。
ヤツの語った文句の中身、何か解るか?』
『
宮森もこの段階では意味を読み解けず、語りの語句を記憶する事に専念している。
「――
「――ミロクの印埋め込まれたる者、もう人の子は産まぬ」
「――カミの
「――人がカミを宿すのだぞ」
「――ミロクの印を民草に行き渡らせる仕組み、百年前の今この時から作って置くのが
「――此のミロクの印無くば、民草が
「――此のミロクの印無くば、民草が物を売り買い出来ぬ様にせよ」
「――此のミロクの印無くば、民草が学びも勤めも出来ぬ様にせよ」
「――偽りの
「――茶番の
「――物の
「不安を煽れば、誰も彼もがミロクの印欲しがるぞ」
明日二郎もここに来て、語りの内容の不穏さに気付いたらしい。
『ん~、「――偽りの
でもミヤモリ、ミロクの印ってなんだろ?
「何処へも行けぬ」、とか「物を売り買い出来ぬ」、とか……』
『
〘
それは獣の名であり、人間を表す数字でもあると』
『獣と人間を表す数字?』
『六百六十六がその数字さ』
『解ったぞ。
666……六が三つだからミロクか!
待てよ、何なら
『邪神かそれに関する何かを、覚者教流に言い換えただけのものだろうな。
そしてその邪神の刻印を約百年後に完成させ、人々の身体に埋め込む予定みたいだ』
『それに、「もう人の子は産まぬ」、「カミの依代ぞ」とか云ってるし……』
『恐らくは、ミロクの印が人体に何らかの作用を及ぼし不妊にするのだろう。
「依代」の方は、入門の語りを聞き終えてから判断した方がいい……』
焦燥を
「――その為に世の国々を
「――国だけではないぞ」
「――言葉も一つにするのだぞ」
「――さすれば
「――奥津城の
「――くれぐれも一つの国じゃと民草に気付かれてはならぬ」
「――
「――〘アー〙と〘ウン〙で呼吸を合わせるのが肝要ぞ」
「――税を
「――食い物を潰し満足に食えない様にせよ」
「――癒し救うと見せ掛けて騙すのじゃぞ」
「――
「――腹が膨れると偽り
「――薬と偽り毒を盛っておる様に」
「――
「――
「――現し世
入門の語りに、宗像などは完全に御手上げの様子だ。
当然ながら瑠璃家宮は語りの意味が解るらしく、感心して
明日二郎も
『なあミヤモリ、「世の国々を連ね一つの国とする」とか、「言葉も一つにする」ってのはいったい何を表してるんだ?』
『聖架教の前身となった、〘ヱドナイ教〙の説話に関連しているのかも知れない。
その説話とは、「天にも届く程の塔を建てた人類に神が怒り、人類が二度とこのような
塔が破壊されたかどうかは意見が分かれるが、神への挑戦に対する罰だと云うのが一般的な見解だね』
『じゃあ、「――さすれば古の
『奥津城とは墓所の意味も有るが、ヱドナイ教の説話通りなら塔の意味だな。
その塔は〖バベルの塔〗と呼ばれていてね。
バベルと云う言葉の語源は、混乱だとか神の門だとか諸説ある。
詳しい分析は後にしよう……』
[註*ヱドナイ教=聖架教の前身となる宗教で、紀元前一三〇〇年頃に成立したとされる。
成立当初は完全な民族宗教だったといわれるが、現在は厳密には民族宗教ではない。
しかしヱドナイ教信徒となるには多種の厳しい条件があり、他宗教からの改宗はほぼ認められない。
ヱドナイ教の信徒にはなぜか資産家が多く、ヱドナイ教独特の選民思想とも相まって、ヨーロッパ各国では特に煙たがられる風潮が強い(作中での設定)]
ふたりは再び入門の語りに耳を傾ける。
「――民草を
「――
「――
「――親と離して
「――さすれば此方の思うがままの操り人形へと育つぞ」
「――操り人形の子は親にも増して操り人形ぞ」
「――此れを
我慢できなくなった明日二郎が声を上げる。
『おいミヤモリ、「童の時分から始める」だの「学び舎と偽って獄舎に繋げ」だの、明らかにアブねーコト語ってんぞ』
『幼少の頃から洗脳教育すると云う意味だろう。
百年後に向けて今から準備か。
気の長い事だね』
入門の雰囲気が変わった。
語気が強まる。
「――
「――
「――ミロクの形は一つにあらず」
「――突き止められぬよう、形を変えるのだぞ」
「――999もミロクぞ」
「――三六九もミロクぞ」
「――六と六と六で十八もミロクぞ」
「――虫と虫と虫とで蟲もミロクぞ」
「――其の
「――
入門が一拍置く。
「――そして百幾年の後、民草に埋め込むミロクの印は……
入門の邪気が強く
宮森には視えた。
入門に定着している邪神が。
それは、
それは、怠惰に
それは、謀を以て将来の人々をも
◇
「――今日は此れ迄……」
入門の邪気が沈静化し、語りをやめた。
速記係りや撮影係りなど、職員は撤収作業に入る。
侍従などは、入門、瑠璃家宮、その他の客の順に茶を
宗像はよほど頭がこんがらがったのか、茶を何杯も御替わりしている。
巫女装束で
「入門 殿。
立て直しの日取りはいつが良いであろうか?」
「そうですな~、四つ歳と八十が宜しかろう」
「有り難い、入門 殿に感謝する。
この礼はいずれ……」
「入門さーん、殿下の
「百と
もうじきですな」
「ふふっ、もうすぐ殿下の御子に会える。
アタシちょー嬉しい!」
そう言って綾は瑠璃家宮の腕に
釣られて宮森も喜ばしい
裏 宮森の人格は嘘や
後片付けの係が入室し、宮森 達は侍従に
これからの時間は御決まりの乱交儀式。
当然の
毎度の事だが、明日二郎が
『ミヤモリ、強烈なカエルオヤジの託宣があったばかりだが大丈夫か?』
『気遣ってくれてありがとう。
今日は幸いにも多野 教授がいないし、瑠璃家宮と綾、
ここで入門に媚びを売っておくとするよ。
後々何か役立つかも知れない』
『涙ぐましい努力、ご苦労さんだの……』
乱交儀式を卒なくを終えた宮森は宗像に別れを告げ、下宿への帰途に就いた。
◇
破滅への託宣 その一 了
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