慰労の宴 その四

 一九一九年六月一三日 帝居地下 御殿





 宮森と宗像は、入門が松果体を食すさまをまじまじと観ていた。



 宗像と宮森の警戒もどこ吹く風。

 入門は左手で小鉢を持ち、右手を扇いで風を起こす。

 ずは聞香もんこうの要領で香りを鑑賞。


 香りを楽しんでから、朱黒い掛け汁をひと口含む。

 口内で舌を回し、掛け汁の風味の変化を観る。


 風味の変化が落ち着いた後、箸を伸ばし松果体を放り込む。

 少し舌先で転がし、その感触に酔う。


 いよいよ松果体を奥歯へと送り、ひと思いに噛み潰す。

 咀嚼そしゃくし乍らも口内にとどめ置き、小鉢に残った掛け汁を残らずすすり、松果体と共に胃の腑まで一気に流し込む。


 胃の腑に染み渡った松果体の精が脳髄のうずいしたたかに刺激し、物質界は勿論もちろん幻夢界げんむかいをも越えて、その堕ちた霊性を解き放つ。


 そして、魔空界まくうかいに鎮座する邪神と自身との、一体化が進む絶頂を味わう――――。



 小鉢のに大変満足したのか、入門の相好そうごうは崩れに崩れていた。

 その崩れた相好から滑り出た賛辞は、まさに狂気そのものである。


「……先ず掛かっておるタレが良いぞよ。

 血と糞尿を混ぜ、三年以上寝かせたモノを酒でいた血酒であるな。

 ほんにかぐわしゅうて、脳髄まで痺れて来よるぞよ。

 そして主役の松ぼっくり。

 そうであるな……。

 年の頃は七つか八つ。

 意識を失う寸前まで責め苦を与え続け、狂う寸前まで犯しいた子供のモノ。

 しかもこの溢れんばかりの瑞々みずみずしさはどうじゃ。

 先ほど収穫されたばかりのプリプリとした食感がたまらんぞよ。

 味わいの方もこれまた絶品。

 にえとなったわらべが、境遇になげき、苦痛にあえぎ、自らをも呪う絶望がありありと流れ込んで来るぞよ。

 ほほほ甘露かんろ甘露~。

 殿下、良いモノを御用意下さってほんに有り難う御座る~♥」


[註*聞香もんこう=香をき、その種類を当てたり楽しんだりする芸道。

 香道こうどうとも呼ばれる]


[註*幻夢界げんむかい=人間の魂魄こんぱくはく部分が見る夢の世界。

 最下層が魔空界と繋がっている。

 物質界この世を三次元とした場合の二次元(作中での設定)]


[註*魔空界まくうかい=邪神とその眷属の本体が封印されているといわれる次元。

 物質界この世を三次元とした場合の一次元(作中での設定)]


 場の雰囲気に気圧けおされたのか、宗像も恐る恐る松果体を口にした。

 すると彼の瞳孔が開き、瞳の内部には異様な光がきらめく。


 宗像の脳内では今、異常な量の快楽物質が溢れ出しているのだ。

 いままでに人類が発見したいかなる麻薬でも、松果体をじかに食する事で得られる陶酔感、多幸感、性的快感には届くまい。


 服越しでも容易に判るほど、股間が怒張している宗像。

 彼は突然に痙攣けいれんすると、よだれを垂らし快感の余韻よいんふけっている。


 宗像は今、自身の霊性に見合った邪霊とおぞましい交歓こうかんを果たしたのだ――。


 隣りで宗像の様相を観ていた宮森。

 気は進まないが、ここで口にしない訳にもいかない。


 既に表から裏への人格切り替えを終えていた宮森は、仕方なく松果体を頬張った。


 先ずは糞尿血酒の激烈な臭気が口内に広がり、嗅覚がことごとく馬鹿になる。


 鼻が利かない為か松果体の味は曖昧あいまいで、ニチャニチャとした嫌らしい食感のみが舌に纏わり付く。


 吐き気をこらえて嚥下えんげする。


 胃の腑が暴れるのを必死で抑える。


 まるで、身体の細胞一つ一つを肥溜こえだめに浸されたような拒絶反応が駆け巡る。


 意識が、遠のく――。





 ……、……、……。


 光明ひかりが視えて来た。


 白い光明ひかり


 光明ひかりの中に何者かが見える。


 瑠璃家宮だ。


 表情が柔らかい。


 安心しているのか。


 もうひとり居る。


 男性おとこだ。


 肩を並べていた。


 抱き合っていた。


 瑠璃家宮と。


 顔を見たくなかったので視線をらした。


 下に逸らした。


 繋がっていた。


 ふたりの下半身は、幾本もの触脚しょっきゃくとなって絡み合っていた。


 ふたりは口づけを交わしていた。


 瑠璃家宮が片割れおとこ真名を呼んだ。



 ――〈ス※※※〉――。





⦅……、……、……!⦆


 松果体を食し放心状態におちいっていた宮森が我に返った。

 暫くは身体の感覚が曖昧で寝起きに近い気分だったが、感覚が戻って来るに従い、糞尿血酒の残り香で嗅覚が突き裂かれているのを認識し出す。


 宮森が再び吐き気をもよおし始めた所で、給仕係達が入室して膳を下げ始めた。

 次いで侍従達も入室。

 客達を男女に分け、それぞれの手洗い場へと案内する。


 宮森も手洗い場へと向かい、用を足すなり口をゆすぐなりしていた。

 宗像は大便用の個室に入っている。

 きっとをしているのだろう。


 手洗い場から出ると、宮森 達は地下の小祭事場へと案内された。





 一九一九年六月一三日 帝居地下 小祭事場





 小祭事場は五十畳ほどの板張りで、奥には鏡や三方さんぼうなどが並べられた、真道しんとう式の祭壇が在る。

 祭壇の形式は一般的なもので、神饌しんせんにも邪神崇拝的な要素は見受けられない。


[註*三方さんぼう=神饌を載せる台]


[註*神饌しんせん=神棚に供える供物くもつ

 野菜、果物、穀物などの山の幸。

 魚介類や昆布などの海の幸を供える場合が多い]


 祭壇手前の空間には朱色の毛氈もうせんかれ、客席とは隔てられている。

 客席の最前列中心には、一際ひときわ豪華なふたり掛けの椅子が在り、既に瑠璃家宮と綾が着席していた。


 権田 夫妻が着席しているので、空いているのは残り二席。

 宮森は祭壇に向かって左端の席に、宗像はその右隣りに座ったので席が埋まった。

 入門の席は無い。


 席に着いた宮森は、宗像と顔を見合わせ一息つく。

 未だ入門の姿は見えない。


 祭壇の右側には筆記台とおぼしき机が在り、書記係らしき職員が待機している。


 場の様子から見て真道儀式を行なうのだろうが、書記係らしき職員が気になっている宮森。


⦅発言や祝詞のりとを記録するのだろうか?⦆


 宮森が疑問を抱いた所で、宗像が話し掛けてきた。


「祭壇の左側のヤツ、宮森はんはなんやと思う?」


 そこには大振りな木製の高台が設えてあり、四本の歪な突起レンズを生やした箱が置かれている。

 箱からは太いケーブルが幾本か伸びており、脇の廊下にまで流れをこしらえていた。


 宮森はふところからオペラグラスを取り出し、覗き込み乍ら宗像に答える。


「あれは恐らく、電子画像撮影機ではないでしょうか」


「デンシガゾウ……なんやて?

 映画とはちゃうんか?」


「テレビジョンと呼ばれる技術です。

 あの撮影機で撮影した映像が、時を置かずに別の場所でも視られるのです」


「なんちゅうドエライもん作るねん。

 ワイの頭でも追っつかんわ……」


 宮森は、テレビジョンに関してできる限り噛み砕いて宗像に説明する。


 ひと通り宗像が驚いた所で、脇の廊下から足音が聞こえて来た。

 待機していた侍従が障子戸しょうじどを開けると、宮森と宗像は絶句する。


 デップリと肥えた腹を包み込む白衣びゃくえ緋袴ひばかま

 推し量るに、巫女の体型に合わせた完全な特注品オーダーメイドだろう。


 しかし羽織る千早ちはやは明らかに寸足すんたらずで、元来の鶴亀つるかめ模様が哀れにも崩壊している。

 元々は用意されていなかったが、巫女が着たいと我儘わがままを言ったのかも知れない。


 頭上には前天冠まえてんかんいただき、手には神楽鈴かぐらすず

 神楽舞かぐらまいの巫女装束だ。


[註*千早ちはや=神事において、巫女が白衣びゃくえ緋袴ひばかまの上に着用する衣装の一種]


[註*前天冠まえてんかん=神楽舞で巫女が身に着ける装飾品の一つ。

 いわゆる和風ティアラ]


[註*神楽鈴かぐらすず=巫女が神楽を舞う際に用いる鈴。

 巫女さんがシャンシャンやるアレ]


 破天荒で鳴らす宗像も、余りの滑稽こっけいさに唖然とした表情。


 一方で宮森は、宗教儀式に対する造詣ぞうけいの深さを活かし巫女の分析を試みる。


⦅装束から推測するに、あれは神楽舞だな。

 神楽舞での歌や楽器を担当する歌方うたかたは居ない。

 格好は言わずもがな。

 性の逆転を表す異性装。

 邪神崇拝に間違いない……⦆



 巫女装束を纏った入門が観客に一礼して、ひとり舞い始めた。


 撮影機が回る。


 そして語り始めた。


 書記が素早く写し取る。


 醜悪な巫女が舞い語ったモノは、この世界が破滅へと至る、道標みちしるべであった――。





 慰労の宴 その四 了

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