慰労の宴 その二
一九一九年六月一三日 帝居 歓談室
◇
全員が着席すると、瑠璃家宮が熊野帰りの功労者達に
「熊野の一件での
そして宗像 藤白。
追われる身となるのも覚悟し、これからは余に尽くしてくれるそうだな。
なに、心配はいらん。
其方と其方の家族共々、余の配下達が責任を
安心し給え」
「はは~っ。
この宗像 藤白めにはもったいない御言葉。
これからは誠心誠意、瑠璃家宮 殿下の為に御尽くし申し上げますよって」
この場ばかりは、豪胆な気性の宗像でも緊張しているらしい。
構わず瑠璃家宮が続ける。
「
ましてや、
その際は、宗像の知恵と宮森の機転が功を奏したと聞き及び感心している
褒美と云っては何だが、宗像と宮森、其方らに望みは有るか?
余も其方らの働きに対し、可能な限り
瑠璃家宮からの意外な申し出に、目を白黒させた宗像が答えた。
「望みなどとんでも御座いません。
家族共々安穏と暮らしていけるだけで、もう充分で御座いますですよ殿下……」
「うむ。
宗像、其方の家系は元々 大昇帝 派に
守れるのは其方自身と妻子のみとなる。
ここまで来て、よもや断りはしまいな?」
「も、もちろんに御座いますです!
はい……」
熊野では大昇帝 派に対し明確に弓を引いたばかりか、権田 夫妻の変身までも目撃してしまった宗像。
その彼に逃げ場は無い。
宗像は幼少の頃から興味の有る分野の研究にのみ没頭する
実家からの仕送りも、いつ途絶えるか定かではない暮らしが続いていた事もある。
熊野での事件は彼にとって凶事ではなく、
「それでは宗像、其方には余の配下として研究に
こちらが課した研究に成果を上げれば、後は其方の研究したい事をやって貰って構わん。
カネに糸目は付けぬゆえ存分に尽くせ。
又、其方の修めた知識の数々を機会が有れば披露してくれ。
その時は頼むぞ」
「はは~っ。
その際は万全の備えを以て、
自身と妻子の安全に加え、瑠璃家宮 派からの仕事さえこなせば青天井の研究費まで頂けるとあっては、下げた頭の底がニヤつくのも無理からぬ事だろう。
次は宮森に問う瑠璃家宮。
「宮森、其方はいかがする?」
「はっ。
自分の望みは二つ御座います。
「構わん、申してみよ」
「はい。
一つ目と致しましては、九頭竜会の所蔵している全書籍、早い話が魔導書閲覧の許可を頂きたく存じます。
そして二つ目ですが、去年行なわれた
この宮司とは、今日一郎の事である。
普段は九頭竜会の施設に軟禁されている今日一郎と、
宮森の口から『宮司殿との謁見』と出た途端、多野は表情を
警戒しているのだろう。
多野は隣りの瑠璃家宮に
「殿下、宜しいので?
魔導書の閲覧はまだしも、流石に宮司殿との謁見は危険かと。
あ奴、熊野に行く前と帰ってからでは、顔つき、雰囲気が違っております。
熊野で邪霊が定着した可能性も有るかと。
もし大昇帝 派に与する邪霊が着いておった場合、宮司殿と接触させると面倒事になるやも知れませんぞ……」
「その事については余に考えが有る。
この場は任せておけ」
瑠璃家宮が宮森に向き直り口を開いた。
「宮森よ。
其方の願い、二つとも聞き届けたく思う。
そこでと云っては何だが、一つ急ぎの仕事を頼まれてはくれぬか?」
「何で御座いましょう、殿下」
「ふむ。
我らがこれから大昇帝 派と事を構える積もりなのは、其方らも存じておろう。
決戦前に僅かなりとも向こうの戦力を
「と云いますと……」
「邪念を捻出する結界の奪取だ。
場所は青森県の〘
十七年前、この地で大昇帝 派が儀式を行ない結界を展開した。
その結界は今現在も機能し、大昇帝 派に邪念を供給し続けている。
その結界を奪取し我らの物としたい」
瑠璃家宮からの申し出に、宮森は
「
その御役目、喜んで
宮森のあっさりとした
宮森の承諾を受けた瑠璃家宮が続ける。
「青森行きの際、表上の名目は
確か、宗像は植物にも詳しかったな。
其方も同道せよ」
「ワ、私めもに御座りまするか?
はは~っ……」
瑠璃家宮からの不意の申し出に、宗像は目を白黒させて
話が決まり、瑠璃家宮は多野にも
「多野 教授、今回は其方が指揮を
それに、権田 夫妻では相性が悪い
時期も今をおいて他にない」
「宮森と宗像、ふたりには直ぐ青森へ旅立って貰う。
今回の旅は、学者やそれに扮した魔術師達で大所帯だ。
明日から準備に入れ。
こちらの準備ができ次第使いを寄越す。
では仕事の話はここまで。
今から地下の
客も招いている故、大いに楽しむが良い」
瑠璃家宮の『客も招いている』の
「殿下、八甲川山の件は私が責任を以て監督します。
では、準備に取り掛かりますので私めはここで……」
あからさまに
突然決定した青森行きと、今回の宴に招かれていると云う多野が
宮森と宗像は波乱の予兆を感じつつ、互いに顔を見合わせた。
◇
慰労の宴 その二 了
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