慰労の宴 その二

 一九一九年六月一三日 帝居 歓談室





 全員が着席すると、瑠璃家宮が熊野帰りの功労者達にねぎらいの言葉を掛ける。


「熊野の一件での其方そなた達の働き、誠に大儀であった。

 からも礼を言う。

 そして宗像 藤白。

 追われる身となるのも覚悟し、これからは余に尽くしてくれるそうだな。

 なに、心配はいらん。

 其方と其方の家族共々、余の配下達が責任をもって警護しよう。

 安心し給え」


「はは~っ。

 この宗像 藤白めにはもったいない御言葉。

 これからは誠心誠意、瑠璃家宮 殿下の為に御尽くし申し上げますよって」


 この場ばかりは、豪胆な気性の宗像でも緊張しているらしい。


 構わず瑠璃家宮が続ける。


大昇帝たいしょうてい 派が熊野で遂行しようとした実験および儀式の概略は、権田 夫妻から既に聞いている。

 ましてや、井高上いたかうえ 大佐の懐刀ふところがたなである天芭 史郎 中尉をも退しりぞけるとはな。

 その際は、宗像の知恵と宮森の機転が功を奏したと聞き及び感心している次第しだい

 褒美と云っては何だが、宗像と宮森、其方らに望みは有るか?

 余も其方らの働きに対し、可能な限りむくいるもりである」


 瑠璃家宮からの意外な申し出に、目を白黒させた宗像が答えた。


「望みなどとんでも御座いません。

 家族共々安穏と暮らしていけるだけで、もう充分で御座いますですよ殿下……」


「うむ。

 宗像、其方の家系は元々 大昇帝 派にくみする家系。

 守れるのは其方自身と妻子のみとなる。

 子々孫々ししそんそんと余の庇護ひごを受けるには、親兄弟との決別が必須だ。

 ここまで来て、よもや断りはしまいな?」


「も、もちろんに御座いますです!

 はい……」


 熊野では大昇帝 派に対し明確に弓を引いたばかりか、権田 夫妻のまでも目撃してしまった宗像。

 その彼に逃げ場は無い。


 宗像は幼少の頃から興味の有る分野の研究にのみ没頭する性質たちであり、親兄弟達からは金食い虫とうとまれていた。

 実家からの仕送りも、いつ途絶えるか定かではない暮らしが続いていた事もある。

 熊野での事件は彼にとって凶事ではなく、かえって慶事だったのかも知れない。


「それでは宗像、其方には余の配下として研究にいそしんで貰う。

 こちらが課した研究に成果を上げれば、後は其方の研究したい事をやって貰って構わん。

 カネに糸目は付けぬゆえ存分に尽くせ。

 又、其方の修めた知識の数々を機会が有れば披露してくれ。

 その時は頼むぞ」


「はは~っ。

 その際は万全の備えを以て、御進講ごしんこう致す所存でありますです~」


 自身と妻子の安全に加え、瑠璃家宮 派からの仕事さえこなせば青天井の研究費まで頂けるとあっては、下げた頭の底がニヤつくのも無理からぬ事だろう。


 次は宮森に問う瑠璃家宮。


「宮森、其方はいかがする?」


「はっ。

 自分の望みは二つ御座います。

 よろしいでしょうか?」


「構わん、申してみよ」


「はい。

 一つ目と致しましては、九頭竜会の所蔵している全書籍、早い話が魔導書閲覧の許可を頂きたく存じます。

 そして二つ目ですが、去年行なわれたあや 様の儀式を取り仕切っておられた、宮司ぐうじ殿との謁見を希望致します」


 この宮司とは、今日一郎の事である。

 普段は九頭竜会の施設に軟禁されている今日一郎と、じかに接触出来る機会を得ようとしての請願だった。


 宮森の口から『宮司殿との謁見』と出た途端、多野は表情をにわかに固くする。

 警戒しているのだろう。


 多野は隣りの瑠璃家宮に耳語じごした。


「殿下、宜しいので?

 魔導書の閲覧はまだしも、流石に宮司殿との謁見は危険かと。

 あ奴、熊野に行く前と帰ってからでは、顔つき、雰囲気が違っております。

 熊野で邪霊が定着した可能性も有るかと。

 もし大昇帝 派に与する邪霊が着いておった場合、宮司殿と接触させると面倒事になるやも知れませんぞ……」


「その事については余に考えが有る。

 この場は任せておけ」


 瑠璃家宮が宮森に向き直り口を開いた。


「宮森よ。

 其方の願い、二つとも聞き届けたく思う。

 そこでと云っては何だが、一つ急ぎの仕事を頼まれてはくれぬか?」


「何で御座いましょう、殿下」


「ふむ。

 我らがこれから大昇帝 派と事を構える積もりなのは、其方らも存じておろう。

 しかながら大昇帝 派も強大でな。

 決戦前に僅かなりとも向こうの戦力をいでおきたい」


「と云いますと……」


「邪念を捻出する結界の奪取だ。

 場所は青森県の〘八甲川山はっこうせんざん〙。

 十七年前、この地で大昇帝 派が儀式を行ない結界を展開した。

 その結界は今現在も機能し、大昇帝 派に邪念を供給し続けている。

 その結界を奪取し我らの物としたい」


 瑠璃家宮からの申し出に、宮森は怪訝けげんな表情一つ見せずうなずく。


こばわれなど微塵みじんも御座いません。

 その御役目、喜んでうけたまわります」


 宮森のあっさりとした快諾かいだくに、多野は少々に落ちない様子だ。


 宮森の承諾を受けた瑠璃家宮が続ける。


「青森行きの際、表上の名目は田代平湿原たしろたいしつげんの植生調査とでもしたら良い。

 確か、宗像は植物にも詳しかったな。

 其方も同道せよ」


「ワ、私めもに御座りまするか?

 はは~っ……」


 瑠璃家宮からの不意の申し出に、宗像は目を白黒させてかしこまっている。


 話が決まり、瑠璃家宮は多野にも下知げちを下した。


「多野 教授、今回は其方が指揮をり、結界の奪取を確実とせよ。

 草野くさの 少佐は駐在武官として渡米中。

 蔵主ぞうす 社長も送信所建設で長崎から動けん。

 それに、 ゆえな。

 時期も今をおいて他にない」


 くだんの権田 夫妻が苦い顔をするが、瑠璃家宮は構わず話を進める。


「宮森と宗像、ふたりには直ぐ青森へ旅立って貰う。

 今回の旅は、学者やそれに扮した魔術師達で大所帯だ。

 明日から準備に入れ。

 こちらの準備ができ次第使いを寄越す。

 では仕事の話はここまで。

 今から地下の御殿ごてんで歓迎のうたげを開く。

 客も招いている故、大いに楽しむが良い」


 瑠璃家宮の『客も招いている』のげんを聞いて、今度は多野が苦い顔をした。


「殿下、八甲川山の件は私が責任を以て監督します。

 では、準備に取り掛かりますので私めはここで……」


 あからさまに苛立いらだち乍ら多野が席を立ち、瑠璃家宮に頭を下げはしたが、憤懣ふんまんの滲む足取りで退室した。


 突然決定した青森行きと、今回の宴に招かれていると云う多野がつらを合わせたくない程の客。


 宮森と宗像は波乱の予兆を感じつつ、互いに顔を見合わせた。





 慰労の宴 その二 了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る