4-11
夜に吹き抜ける風は身体を震えあがらせるほどに冷たく、私からあらゆる力を奪い去っていく。
ずっと一緒にいてあげられなかったことが悔しくて、あの時の自分の選択が間違いのようにしか思えず、コハルのことをちゃんと見てあげられなかった後悔に一人大粒の涙を流していた。
もしかしたら、これは周りを省みなかった私への戒めなのかもしれない。
変えることの出来ない結末に、嘲笑気味に口角を釣り上げながら意識が暗闇へと溶けていく。それに抵抗することもせず、沈んだ世界に流れる空気の冷たさも、手に伝わる土の感触も感じることがなくなり、次第に自分という存在さえも消えてしまいそうだった。
薄れていく意識の中に、不意に微かな熱が掌へとこもる。
いなくなろうとする私を繋ぎ止めるように暖かさが広がり、徐々に周囲の景色がはっきりとしていた。
これは私のものじゃない。
ずっと前に、何度も触れ合い心を通わせてきた度に感じていた優しい暖かさだった。
その感触に引き寄せられるように、一気に覚醒していく。
中学生の頃、毎日のように感じていたある温もりを掴むように地面を握りしめてみる。
手には水気を含んだ土がぐしゃりと音を立てて落ちていたが、その跡には微かに淀んだ光が地中から放たれていた。
その輝きに手を伸ばして、無我夢中で掘り進めていく。
爪は小石で欠けてぼろぼろになり、服や顔が泥まみれになってとても同窓会に出席できるような姿ではないが、それでも手を休めることはなかった。
土を掘り返す度に覗かせていた光は形を作り始め、五分もしないうちにその全容を私に見せつけてくる。
中には、小さなお菓子の缶の箱が埋まっていて、長い月日を経て私の前に現れていた。
その箱をご神木の根元から取り出し、恐る恐る蓋を開けてみる。
そこから出てきたのは、あの時渡したナイロンのケースだった。
「これ、私の……」
長い間ご神木のすぐそばで守られていたのか大きな汚れもなければ欠損もなく、あの時のままを保っている。ようやく戻ってきた大事な思い出に嬉しさが胸の中を塗りつぶし、抱えていた不安を少し和らげていた。
両手で大事に抱えてから取り戻すと底には白い封筒が置いてあり、丸みを帯びた字で『ミノリへ』と私の名前が表に書かれている。
一瞬見間違いかと思い瞼を擦って再度開くが、入っているものが消えることはなく私宛の手紙が未だに残されていた。
箱から拾い上げ、慎重に封を解いていく。
経年劣化していたため紙から乾いた音が何度かしていたが、破れることはなくきちんと開封できていた。
その中に入っていたのは手紙ではなく、三枚の写真だった。それをまとめて引き抜き、一つずつ確認していく。
一枚目は、桜の木を背景にコハルが満面の笑みを浮かべるものだった。
今までの記憶にない写真が出てきたことに驚き、他に何かないかと裏を返してみると彼女の直筆でメッセージが残されていた。
『あの時、声をかけてくれてありがとう』
その言葉に、中学に上がる前後ぐらいの様子が浮かんでくる。
初めて見た綺麗な人に声をかける勇気がなくて、でも後悔もしたくはなかったからどう話しかけようかと必死になっていたのを今でも覚えていた。
「私の方こそ、応えてくれてありがとう」
夜に消えていくほどの小さな声で返事をしてから、次の写真へと回していく。
二枚目には、コハルが花火を背にお淑やかに笑っている様子が写されていた。
着ている浴衣の柄は、中学三年生の時に一緒に行った夏祭りと同じもので、しかしあの時はコハルを撮ってはいないのでこれも私の思い出にはないものだった。
もしやと思って裏にしてみると、やはりメッセージが記されていた。
『ミノリなら大丈夫だよ。自分を信じてみて』
そこには、妬みもなければ恨み言もなく純粋な激励だけが書いてあった。
置き去りにした私に一つぐらい嫌な言葉があってもおかしくないのに、どこまでも想ってくれていることが分かると、収まりかけていた涙がまたこみあげてきてしまう。
「……あれからものすごく頑張ったから、もう少しでプロになれそうだよ」
震える声で、近くにいるコハルに今の状況を伝える。
たとえ返ってくる言葉がなくても、それは彼女に届いているはずだった。
何度か深呼吸をして、最後の一枚を目の前に映しだす。
最後はこの神社を後ろにして、狛犬の前で佇むコハルがそこにあった。
そのまま裏にある気持ちへ、目を向けていく。
『たとえ見えなくなっても、すぐそばにいるよ。だから、ミノリが見たかった未来を諦めないで』
「……知ってたんだ。自分が消えること」
自分がいなくなると分かっていても、別れの言葉もなければ過去を振り返ることもなく、ただ私の未来だけを案じてくれている。
こうなると分かっていたから、あの時皆忘れていくと言っていた。
そして、コハルは皆の記憶からいなくなってしまった。
でも、私はまだ覚えている。彼女がそこで生きていたことも。
一緒に時間を過ごしていたことも。
それだけ、私にとってコハルは特別で、かけがえのない存在で——。
きっと、初めて会ったあの瞬間から、心に深く刻まれるほどに彼女に惹かれたのだろう。
流れる涙は止まることを知らず、まだ今の現実を受け止めるには身体が拒絶をしていた。
それでも、震えそうな声であの時受けた想いの返事を絞り出す。
「…………好きだよ、コハル」
これが彼女に届いたかどうか、それは私が知り得ることはないだろう。
それでも、きっと伝わってくれている。
今だけ、そう信じてしたかった。
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