Epilogue

 凍えるような寒さも太陽の日差しが長くなるごとに溶けていき、春の暖かい空気が再び命の芽吹く季節を知らせていた。

 それでもまだひんやりとした風が吹く中、今日もポーズを取る一人の女性を相手にファインダーを覗き込む。

 あの同窓会からしばらく経ち、私は前の会社を退職することを決め引っ越しや手続きなどで慌ただしい日々が続いていた。

 それも今となっては昔のことになってしまい、今の生活にすっかり余裕が持てるようになっていた。


「お疲れ様です。一旦休憩にしましょう」


 この日もジャケット写真の撮影が順調に終わり、笹森さんと一緒に休憩を取り始める。

 彼女のお話を受けてから、もうすぐ半年が経とうとしていた。


「少し見させてもらったけど、相変わらずの腕で安心するわ」

「ありがとうございます」


 今日の仕上がりにもご満悦な様子で、朗らかな表情で掛けてもらえる誉め言葉を会釈と共に受け取る。

 彼女の専属になった後も関係は良好で、今ではたまに夕飯の相談をしたりもしていた。


「それにしても、だいぶ表情が柔らかくなったわね」


 水を飲んで一息ついていると、急に笹森さんが優しい目線でそんなことを口にしていた。


「そうでしょうか」

「そうよ。以前はどこか切羽詰まったような顔をしていたけれど、同窓会から帰ってきてからは本当に楽しそうにしているもの」


 そう言われて、あの時のことを思い出す。

 正直に言うと、コハルがいなくなったことは今でも寂しいと感じている。

けれど。


「あの時に、大事な人が私の背中を押してくれたので」


 あの子との出会いがあったからこそ今の私は前へ進んで、こうして好きな世界に来ることができたのだ。


「……私では足りなかったのかしら」


 私の答えを聞くなり、親身にな態度から唐突にそんなことを言いだし、複雑な表情をしながら一人手に顎をついて考え始める。

 これは一緒にいて分かってきたことなのだが、笹森さんは私が他のスタッフさんと仲良く話していたり、コハル含め昔の友達のことを話題にしていると決まって釈然としないと言わんばかりの難しい顔をしながらこちらを見ていることがあった。



 もしかして、やきもちを妬いている?



 ふっと浮かんだ考えに、まさかと思いながら掻き消す。

 お互い良い大人なのだから、ちょっとのことで相手に嫉妬するようなことはないだろう。

 ……多分。


「もちろん、笹森さんにこうして誘ってもらえたのも大きな支えですよ」


 何故だか気まずい空気が流れてしまい、どうにかしようと彼女にも褒め言葉をかける。

 実際、こうしてフリーで動けるようになったきっかけを作ってくれたことには感謝しているのだから、嘘を吐いているわけではなかった。


「ありがとう」


 しかし、感謝を口にしても未だ表情は変わらず何ともいえない空気は取り残されたままになっている。

 流石に話題を逸らそうと彼女の周辺を適当に目で探っていると、珍しくオカルト雑誌が置いてあったのでそれに焦点を当ててみた。


「それはそうと、珍しいですね。オカルト雑誌を読んでいるなんて」


それに気づいて、雑誌の方に目が移り座ったままそれを手に取る。


「今度オカルト番組に出演することになったから、少し調べてみようと買ってみたのよ。けれど、どれもこれも嘘くさいのよね」


 適当にページをめくりながらそうぼやく彼女に、愛想笑いで応える。雑誌が開かれたままテーブルの上に置いたので、興味本位でその中を覗き込んでみる。



 その見出しの一つに、『ヨリシロ様の正体』と大きく書かれていた。



「これって……」


 その名前は、紛れもなくコハルが信仰していた神様と同じものだった。


「それ、何処かの地方にある民間信仰の一つらしいわよ。確か、本来生まれるはずだった子が何かしらの理由で亡くなってしまった時に、その神様が文字通り仮の姿を貸してくださるんですって」


 笹森さんの説明に、コハルの姿が重なっていく。イメージの中でのあの子は、変わらず微笑みを浮かべていた。


「その伝承の中では、命が芽吹いた時に現れ散りゆく時に去っていくとのことらしいわ。どこまでが本当かは分からないけれどね」


 淡々と話す彼女とは対照的に、心の中はどんどんコハルのことでいっぱいになっていく。

 

 

 そもそもこの伝承が本当かどうかなんてことは誰にも分からないし、そうだったとしてもこれがコハルの正体かどうかは知る術もない。

 ただの民間信仰でしかない。


「もし、それが本当だったら、少し面白いですね」


 けれど、今はそれで良いかもしれない。


「そうかしら?」


 興味なさげな反応を示す笹森さんに対して、私は含んだ笑みを向けるだけで多くは告げなかった。

 

 

 この話が本当かどうかなんてことは、今の私にはどうでもいいことでしかなかった。

 あの子と過ごした中学三年間は確かに存在していて、今もその記憶の中でずっと生き続けている。

 その事実があるだけで、充分だった。



「さぁ、そろそろ休憩も終わりですので次の撮影に移りましょう」


 今までの会話なんてまるでなかったかのように明るく振舞い、笹森さんを促す。

 難しい表情をしたままの彼女は何処か納得しきれないまま時間に押されて、一緒に現場へと戻っていく。



 中学の頃から抱き続けていた夢にようやく近づけた今でも、まだ一つのことに躓いてしまいそうになる。

 それでも、ずっと支えてくれる人がいる。

 今も何処かで、見守ってくれる大切な人がいる。

 その人のことを胸に、今日もファンダーを覗き現場へと向かう。

 背中から受ける風は暖かく、もう少しでまた小さな春を迎えようとしていた。

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