3-2

 約束を交わしてからの毎日は、試験勉強に出てくる文章問題やよく分からない記号に目を痛めていたのが嘘のようになくなり、一日があっという間に過ぎていく。

 そして迎えた当日、私の住む街は朝から雰囲気が一変していた。

 街道に並ぶ提灯が淡い光で真夏の夜を照らし、祭囃子の音色が遠くにまで木霊していく。その下ではいくつもの屋台が軒を連ね、普段は静かな街中が一日限りのお祭りに活気づいていた。

 その光景を、待ち合わせ場所の鳥居前であらゆる角度や距離を測り構図を決めながらシャッターを切る。ファインダーを覗く度に広がる景色は幻想的で、それを撮るのに一人夢中になっていた。


「ミノリ、お待たせ」


 カラン、と後ろの方からする下駄の音でカメラへの集中力は散漫され、周りの様子が視界の端にまで一気に押し寄せてくる。その場で後ろへと振り返ると、浴衣で綺麗に着飾っているコハルが立っていた。


「……何で普段着なの?」


 会って開口一番に私の服装に対する抗議が始まり、コハルはやや不服そうな表情を浮かべる。


「そういうの似合わないし、変に不恰好になるくらいなら綺麗な人が着る方が見栄えもいいから」

「ミノリだって似合うよ。よかったら、うちにあるの貸してあげるから」

「まずサイズが違うから」


 どうやら一緒に浴衣を来て歩くのを楽しみにしていたみたいだが、生憎ながらコハルと違って絶賛幼児体型な私が浴衣を着ても馬子にも衣裳とはいかず、余計に子供っぽさが目立つだけなのでいつも拒んでいた。

 それでもお揃いにしたいコハルは引き下がらず、無言の抵抗を続けている。

そんな小競り合いに割って入るように開始の花火が高らかに打ち上がり、大きな破裂音を夜空に響かせていた。


「ほら、始まったからそろそろ行こう」


 これ幸いと思い、コハルを連れ出そうと手を取ってゆっくりと引いていく。


「次は一緒に着てよね」

「…………考えとく」

 

 彼女にとってはこの結果に不満はあるけれど、お祭りのために一旦は納得して隣に立つ。

 そのまま彼女の歩幅に合わせ、仄かな灯りが続く街道の中へと入っていく。

 夏の夜の一時を彩る特別な時間が、静かに幕を開けていた。

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