第3話『夏のかげろう』
3-1
学期末のテストも無事に終わり、いよいよ中学生最後の夏休みを迎えていた。
去年までならだらだらと日がな一日を過ごしていたのだが、今年はそういうわけにもいかず夏期講習や進路相談などで休みの期間中も慌ただしくしていた。
「ミノリ!」
この日も午前中までの講習を終えて下駄箱で履き替えていたところに、コハルが私を見つけて駆け寄ってくる。
「今日は早かったんだね」
「先生の都合で、午前中までで切り上げることになったんだ。一緒に帰ろう」
夏の暑さにも負けないような満面の笑みを作るコハルから手を差し伸べられ、そっと取り返してから久々に並んで歩いていく。
この時期に入ってからお互いに受ける時間も教科もバラバラになり、一週間しか経っていないとはいえこうして一緒に下校するのが久々のことのように感じられていた。
ひとたび外に出れば焼けるような暑さが広がり、その熱気が一気に押し寄せてくる。連日続くこの猛暑は五月蠅いほどに鳴いていた蝉たちを疲れ果ているのか、朝よりも声が遠のいていた。
「ミノリってさ、今週の日曜日空いてる?」
熱せられたアスファルトの上を避けるために日陰へと逃げ込み、ゆっくりと坂を下りる途中で、コハルからそう訊ねられる。
「今のところ特に予定はないよ」
「それなら、一緒にお祭りに行かない?」
私の予定を知ると意気揚々と鞄の中を探り始め、一枚のチラシを見せてくる。
それは、年に一度のイベントにしてこの街で有名な夏祭りの案内だった。
私たちの住む街では、昔からお盆の時期が近づいてくると返ってくるご先祖様たちを出迎えるための夏祭りを毎年催していて、今ではこの近辺の風物詩のようになっていた。
コハルから誘いを受けること自体珍しかったのですぐに行くと答えたかったのだが、受験生なのに遊んで良いのかなという想いが脳裏を過ぎる。
ただでさえ成績は下から数えたら早いぐらいの位置にいるのに、志望校にはまだ届いていない。その現実が断らせようとするのだが、肝心の本人は既に行く気満々でウキウキとした眼差しが言い出しにくくさせていた。
その顔が、私の一言で落ち込んでいくとなると……あまり想像はしたくはなかった。
「うん、いいよ。行こうか」
その返事に笑顔を咲かせ、両手を前で合わせて祈るようにして喜んでいる。
自分でも甘いなぁとは思ってしまうが、目の前の親友がこれで喜ぶのなら多少のことぐらいどうにか出来そうだった。
それまで、勉強頑張ろう。
すぐ隣であれやこれやと予定を詰めていく彼女に他のことは任せて、喋り続ける様をただ黙って頷きながら聞いている。
今は先のことを考えるよりも、その横顔を見ている方が何倍も有意義だった。
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