第32話 第一の試練(7)迷宮攻略

「や、やめろォ!」


 そこへ横やりを入れたのは意外にも――優男だった。


「遁甲の十三――土遁・浮揚貨鏃ふようかぞく!」


 先ほど打ち砕かれた分身たちの残骸の土くれがやにわに浮かび上がり、空中で寄り集まったかと思うと、まるで飛燕を想わせる速度で殺到した。


 手裏剣めいた土くれの塊はリモートコントロールされているかの如く巨人の顔面、そしてそこに妖しく輝く赤い眼球に連続でヒットした。


 しかし巨人はその攻撃を意に介した様子もなく、のそりとした動きで術者の男を見つめた。


「ハヒッ!? ひぃ!」


 その眼光を受けて優男は腰砕けに怯えあがった。それでも、彼もまた志を持つ男であった。震えながら声を上げる。


「や、やややるなら僕も相手になる! 女人一人を狙い撃つは恥と知れ! ――ひぃぃ……」


 しかし、巨人はまたも興味なさそうに視線をそらした。そして、やはりその赤い眼光は見据えるのはマカだ。


「……ちょっと! あんたなに余計なマネしてくれてんのよッ」


 ランジェはすかさず優男へと詰め寄った。しかし息は乱れ、足はもつれて掴みかかる手にも覇気がない。


「ぼ、僕には『手を出すな』と言わなかっただろ? ハハ……。とにかく、こ、ここは協力すべきだよ! 目的は試験に受かることだろ!? 意地を張ってる場合じゃないんだ!」


「……ッ!」


 正論ではある。しかしランジェはその言葉に率直に頷くことが出来なかった。

 

 確かにこの戦闘は試験の過程しかなく、決して全身全霊をかけて臨むべき場面ではないのかもしれない。のかもしれない。


 しかし、その〝意地〟を手放してまで掴む夢は、果たして本当に夢なのだろうか?


 重要なのは結果ではない、そこまでの過程にこそ己が真価を見出さねばならない。でなければ、夢を目指す理由さえ、いつか見失ってしまうのではないか?


 そんな思いに駆られ、ランジェは押し黙った。


「……わかった」


 しかし今は言うまい。どの道、状況は乙女の逡巡を待ってはくれないのだ。


「けど、それならもうちょっと効果のありそうな技使ったら? 土のつぶてじゃ、相手がアレじゃなくても効果が薄いわ」


 〝土遁・浮揚貨鏃ふようかぞく〟は攻撃力が低い牽制用の技であり、むしろその非殺傷性を評価されているタイプの技なのだ。敵を過度に殺傷したくない場合にこそ有用な技と言える。


「こ、攻撃って苦手なんだよね。大きな口を叩いた後で悪いんだけど……」


 へにゃへにゃと苦笑いする優男に、ランジェも苦笑を返す。


「でも助かったわ。ありがと――もう一回やれる!?」


「もう一回? ――なるほど!!」


 すると、優男は先ほどと同様に周囲の土くれを操り、浮遊させる。


「遁甲の十三――土遁・浮揚貨鏃ふようかぞく!」


 その土くれが飛礫となって射出される瞬間、ランジェも別の術を繰り出した。


「遁甲の四――火遁・火馬廻ヒマワリ!」


 ランジェが爪先で石畳に弧を描く。すると、文字通り群れ成す馬がごとき炎が奔り、両者の周囲を旋回するかのように炎のサークルを作り上げる。まるで射出される土礫をも阻んでしまいそうな状態だが、それこそが狙いであった。


 土礫は旋回する炎を通過する瞬間に焼成され、それまでとは比較にならぬほどの強度と鋭さを持つ凶器へと変貌したのだ。


 二人分の勁を宿し、火矢と化した陶器の刃は誘導ミサイルがごとく、再び巨人の目を狙う。


 ――しかし、


「おい、あぶねぇ! 下だ!」


 巨人を挟んで反対側にいたマカが叫んだ。陶器の礫は下から伸びてきた真っ黒なツタめいたものに絡めとられてしまったのだ。


 先ほどのブレードとは似ているようで、しかし根本的に別種のもののように思える。


 そのツタはランジェと優男の五体にも絡みつき、矢庭にその自由を奪ってしまった。


 巨人はいかにも煩わしいとでも言うように巨体をゆすった。


「ど、どうやら僕らには手を出すなと言いたいらしいね……」


 縛り上げられながら、どこかほっとしたような声で優男が言う。

 

「ふざけないでよ! ――ていうか、またこれー!? なんなのよもう!」


 ランジェが癇癪かんしゃくまぎれに声を上げたのも無理もないことであった。その女体は以前の血蚕の網の時にも増してきつく締めあげられ、忌憚きたんなく言うならばまるでボンレスハムのごとき様相を呈しているのだった。 


「ま、前にもこんなことがッ!? それは興味深い……。うわぁスッゲ……」


「バカなこといってない、でッ――――んんッ! な、なんとかぁ……ぐぅッ! ……してぇ……んあぁッ……」


 当然、ランジェは必死にこの拘束から逃れようと足掻くのだが、それがよくなかった。


 この黒いツタは彼女の動きに合わせてまるで生きているかのようにうごめき、足掻けば足掻くほどに絡みついて手足を明後日の方にねじりあげ、その装束をめくり上げてしまうのだ。


 あられもなくむき出しになってしまった彼女の白い肌はきつく搾り上げられ、今にもツタの間からあふれ出してしまいそうだ。


 そしてその濡れ光る唇からは世にも艶やかな苦悶が熱い吐息と共にこぼれ出してしまう。


「だ、だだだだ大丈夫かい!? こ、これは何やら奇妙な術を仕掛けられているのでは……うわ、こ、ここれは、なんとも正視に耐えないというか……ンゴクリッ!」

 

「ち、ちがうの……苦しいだけ……でも、ああ……早く、早くほどいて……んんっ! このツタ……変なところにまで、……んん! 這入ってきてぇ……」


 優男は生唾を飲み込みつつ、鼻血を噴出さんばかりの勢いでその光景に見入っている。正視に耐えないとは言いつつ、その視線は搾り上げられるランジェの、その濡れ光りながら波打つ白い肌に釘付けであった。


「ゴクリ……」


「へ、へんな目で見ないでってばぁ……!」


「し、失礼! これは下手に逆らわない方がいい。ツタの動きに逆らわず……何とか……」


 優男は何かを思い出したかのように手を伸ばし、まるで金剛で出来ているかのような黒いツタを外しにかかる。


「ぁう……ッ!」


 しかし、それもまた逆効果であった! 少しでも手を掛けようとすると蔓はさらにはじけ、入念に絡みつき衣服の隅から隅にまで這入り込んでランジェの肉体を蹂躙していく!


 それは、まるで真っ白なヤギの乳の中を無数の黒蛇がかのような光景であった!


「あわわ! ごめん! で、でもこれは決してわざとではなく不可抗力というかなんというか……僕としてもやむにやまれぬ」


「う……ぐぅ……ッ!」


 しかし、いつまでもその媚態極まる様に見入っているわけにはいかない!


 今やそのツタはランジェの首元にまできつく巻き付き、彼女の命にまで手を掛けているのだ!


「ま、まずい! ……このままでは!」


 優男が自身も身動きのできぬまま声を上げる。その様を、巨人はいかにも愉快そうに眺めていた。


 黒い巨体をゆすり、まるで嘲り笑うかのように。それを見せつけるかのように。――あるいは、それがいけなかったのかもしれない。


「おい」


 次の瞬間、金色の双眼を血走らせたマカは背後から巨人へ飛びかかっていた。


「おまえ、よッ」


 当然、巨人は油断などしていない。自ら動いたマカをむしろ歓迎するようにほくそ笑みながら流れるように迎撃に移る。


 無数の紅い目玉をあらん限りに見開き、体中から凶刃をひりだしながらマカを迎え撃つ。爆発的に生い茂る漆黒の薔薇園が空間を埋め尽くさんとしているかのようだ。


 誘い込まれたのだ。最初から巨人の狙いはマカ自身。すべてはマカを本気にさせるための布石だったのだ! ――ただ一つ、そこに誤算があったとすれば。


「――っ」


 マカの持つ力を、それでもなお見誤っていたことであろうか。


 巨人の展開した凶刃の園は、まとめていた。 


 ――金剛発勁変則発動斬撃〝切斗キリト〟――


 マカは両腕の甲から伸ばした二本の刃による斬撃をX字に交差させ、巨人はもとより鮮やかなまでに切り裂いていたのだ。


 ランジェが見せた金剛発勁の変則発動。それを自ら造り上げたばかりのブレードと組み合わせての即興技であった。


「す――すごい……」


 黒蔓から解放された優男が、ぐったりと身を横たえるランジェを支えつつ感嘆の声を漏らした。


 X字に切り裂かれた巨人は、両断された石畳の上で再び結合しようと総身をざわめかせていたが、次第にその動きは衰え、最後にはすべてのパーツが立ち枯れるかのようにボロボロに萎れてしまった。


「す、すごいじゃないか! まさか本当にこの迷宮の怪物を倒してしまうなんて……」


「まだだ」


 ランジェを題して駆けよる優男にマカは一瞥をくれることもなく、抑揚のない声で言い放った。


 その金色の眼光は自らが切り裂いた石畳の、さらに下に向けられている。


 ぎょっとして足を止める優男にも、彼が抱えるランジェにも取り合わず、マカは再びその巨大な拳を高く――高く掲げ上げる。


「まだ、な!」


「ちょ――ちょっと待」


 マカは構わずその拳を真下へ振り下ろした。剛腕一閃・急転直下! その一撃は無限に広がるかのごとき石畳を、さらにはその下の地表をも、さらにはその下の岩盤をも貫き、粉砕した。


 それはこの迷宮そのものが、マカのその一撃によって粉砕され、崩壊し始めたということを意味する!


「な、なんてことを! ――このままじゃ僕たちまで巻き込まれる!」


「んおお!? そ、そっか! おれまたやっちまった――ランジェ! だいじょぶか!? 怪我したのか!?」


 正気に戻ったかのように言いながら、マカは力なくランジェをに駆け寄り、その身体を抱きとめた。


「いや、これは多分勁を使いすぎたせいで一時的に――なんて言ってる場合じゃない! 身を守らないと……」


「クッソ! ランジェはおれが守るぞ! 他の誰でもなくて! おれが! だって、おれ」


 崩壊し逆巻く岩津波に巻き込まれそうになりながら、マカが叫んだ――その次の瞬間、彼らはそろってまったく別の光景の中に居た。


「……んお?」


「な……なにが」


 呆然と周囲を見回す両者の耳に、聞き覚えのある軽薄そうな女の声が響き渡った。


「ナッハーッ! 見事なりぃ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

超魔仙鬼! 異形の半身を持ち誰にも顧みられない少年と不相応な地位を与えられてしまった美貌の仙女とが出会い、共に夢をかなえようとする〝超中華ファンタジー絵巻〟 どっこちゃん @dokko-tyan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ