第31話 第一の試練(6)ランジェ猛攻
「上等!」
言うや否や、ランジェは血涙を流さんばかりの形相で巨人の懐へ飛び込んだ!
先ほどとは違い、今度はまるで地を這うかのように低い位置からの攻勢である。
――しかし、
「ランジェ! こいつ、見てるぞ!!」
マカが黒刃を捌きつつ、叫んだ。
そう、この巨人に死角など存在しない。たとえ背を向けていても、体中に芽吹く赤い魔眼がまるで射貫くかの如く敵を捕捉するのだ。
当然、やみくもに踏み込んだランジェへも巨人の背面から伸びた無数の黒刃が繰り出された。
「――――
あわや串刺し――と見えたその刹那、ランジェの踏み込みは尋常ならざる加速を見せ、その黒刃を置き去りにした。
「速い! 土遁の術で加速したんだ!」
優男が興奮して叫ぶ。そう、これこそ土遁・縮地法。
そも、土遁とは周囲の土類を操る術であると同時に逆にそれを反発する術理でもある。
ランジェは足元の地面と反発する作用を発生させ、ホバークラフトのように加速したのである。
「
地を這うがごとき姿勢で巨人の懐へ飛び込んだランジェは、今度は両の拳で発勁を叩き込む。
勢いのままに突き上げられる拳打に巨人の身体が――わずかにだが揺らぎ、波打つ!
巨人は対応できていない。ランジェを見失っていた証拠だ。
「まだまだァ!」
この機を逃す手はない! ランジェは金剛発勁を打ち込んでもなお動きを止めず、そこからさらに立て続けに拳を叩きつける。
「
突き上げるような崩拳・大鉄槌・双掌打。流れるような連撃はおわらない。
「連撃寸勁――三連!」
そこからランジェはさらに拳を突き入れ、勢いもそのままに
「――五連! 八連!!」
そして仙崖郷の〝寸勁〟は一撃では終わらない!
これほどの猛撃である。むろんのこと消耗は激しい。息が切れる。意識が途切れそうになる。それでもランジェは猛攻をやめはしない。
信じろ! 積み上げてきた功夫が無駄ではないと! 自分だけの力で何かをつかみ取るのだと!! 己自信を鼓舞しながら、全てを搾り出す!
「十六連――ッ!?」
さらなる連撃を想うランジェに対して、しかしそれを受ける巨人は防御の姿勢を取るでもなく、ただ、見るからに煩わしそうに振り払った。
再び木っ端のごとく飛ばされたランジェだったが、今度もまた猫のように身を丸めて危うげなく着地した。
しかしその表情に喜悦はない。巨人は、なおもランジェの猛攻を意に介していないのだ。
その意識は未だに拳を構えるランジェではなく、マカへと向けられている。
「おい。――こっちじゃねぇぞ」
しかし、当のマカは巨人の刃枝をじっと受け止めたまま、当然のように言い放った。
対して、漆黒の巨人は当惑したように首をひねる。当人からすれば、今の猛攻を受けてなお、ランジェは取るに足らない相手だという認識なのだろう。
巨人はマカの言葉も無視して、さらに黒刃を繰り出そうと間合いを詰めてきた。
――しかし、
「あ!? ――ああ! これは!」
声を上げたのは傍観している優男だ。巨人はそこで、まるで何かに躓いたかのように膝をついたのだ。
そしてわけがわからないとでもいうように首を、そして深紅の眼光をぎょろぎょろと巡らせる。
「そうか! これは浸透勁!! ――君は今の連撃を、すべて同じ場所へ重ねていたんだね!?」
優男は興奮気味に声を上げた。
「ご名答よ」
刃のような微笑が応える。
ランジェはこの巨人の耐久力を鑑み、単純な外側の破壊である「発勁」で打ち崩すのではなく対象の内部からの破壊を可能とする「浸透勁」を使用していたのだ。
「あんたがどれだけ頑丈でも、そんな
しかも、あたかも全力で発勁を使用していると見せながら、微弱な浸透勁をも同時に打ち込むというのは容易なことではない。
受験生レベルではありえないほどの、精密な勁のコントロールがなくては、この効果は望めなかった。
「な? 言っただろ? あんまランジェをバカにすんなよな!」
マカが言い、ランジェも微笑んだ。――しかしそこの笑顔はすぐにギクリと硬直することになる。
巨人もまた――笑っていたのだ。
あたかも、何かがうれしくてたまらないとでもいうように、ニタァ、と人外めいた面貌を、そして全身の目頭を歪ませている。
そして何事もなかったかのように立ち上がり、初めてランジェに正面から対峙した。
残念ながら、そのダメージは軽微だと言わざるを得ない。
対してランジェは目に見えて息を乱している。マカとの修行で彼女の勁力は飛躍的に伸びた。しかし、それでもなおこの怪物を打ち倒すには……
「ランジェ、おれも――」
「手を出さないで!」
それでもランジェは、後ずさりながら気を吐く。自分は決して、いざというときに助けてくれる保険としてマカをここへ連れてきたのではないのだから!
――無謀ではない。勝機はある! 打ってこいデカブツめ!
ランジェは息を調えながら、ありったけの勁を練り上げる。長時間の戦闘は不利。ならば次の一撃で勝負を決しなくてはならない!
息吹にも似た雄々しき呼吸と共に、ランジェはピタリと静止して巨人を迎え撃つ構えだ。
その青ざめた美貌には、決死を想わせる気高き意思が刻み込まれていた!
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