第30話 第一の試練(5)巨人
「なんなのッ!?」
ランジェの驚愕が響く間に、壁のごとく林立していた黒刃の束は身を寄せ合うように密集し始めた。
それらはゴリゴリと音を立て、引き絞られるように絡み合い、結合した。それらは次第に、それまでとは別の形態へと変容していく。
その
巨人であった。寄り集まり、より小さくより過密に圧縮されたとはいえ、その背丈は優に2メートル半を超える。
漆黒の巨人は体毛のない頭部に無数の巨大な眼球を備え、肘や肩、肘からは衝角のような突起が禍々しく突き出している。
巨人はベリべりと両足を床から引き離し一歩、二歩。軽妙なしぐさでステップを踏んだ。その巨体からは予想しえぬ身軽さである。
「まさか……ッ」
そして巨人は身構えた。まさか、武術を使うというのか!? 巨人の凝視はランジェでも優男でもなく、マカ一人に向けられている。
マカもまた、若虎のように身を低くしてそれに相対した。
べた足だった下肢は今や裏返るかのように牙を剥き、手の甲から伸びていたブレードはさらに伸長し、鋭利な輝きでそれを捉えんと戦慄いた。
言葉通り、自分が一人でこの巨人と戦うつもりのようだ。
「か、彼に任せよう……僕たちでは、とても無理だ。あ、あれはあまりにも……」
「バカなこと、――言わないでよ! 私はッ」
優男の言葉を、ランジェは否定した。
――私は、傍観しに来てるんじゃない! 望むものを、自分の手でつかみ取りに来てるのよ!
間髪を入れず、ランジェは自分を見てもいない巨人へ飛びかかった。
「無礼者! こっちを――見なさいよ!」
「ランジェ!」
マカの声に応じる暇もなく、ランジェは自らの死地へと身を投じる!
「
そして跳び蹴りの要領で、巨人の頭部へ右足を叩きつける。
これは金剛発勁の〝簡易発動〟だ。
本来『勁法』としてまとめられている発勁の作法は、フォームや手順さらには、それに伴う発声までもが明確に定められており、そこから逸脱すれば技の不発を招くことになる。
ただしその技の哲理を完全に収めた者に限り、通常のフォームや発声を簡略化し、さらには独自のフォームで技を繰り出すことが許されるのだ。
それが〝簡易発動〟。ランジェはいま、本来は肘で繰り出すことが決まっている「金剛発勁」のフォームを省略し、蹴り技として繰り出したのだ。
「おお!」
マカが声を上げる。当然、試験の前に余計な癖を付けさせないためにもこれは教えていなかった。それほど繊細な技巧を要する技なのだ。
「勁法の十二――」
ランジェは蹴りを入れた状態から巨人の身体を蹴ってさらに上に跳んだ! 簡易発動の利点は主に二つある。
一つはいざというときに迅速な技の行使が可能なこと。そしてもう一つは、別の連続技につなげやすい点である。
「〝
最初の〝金剛発勁〟は頭上を取るための前振りに過ぎない。
――
その蹴りは文字通り剣舞のごとく繰り出される斬撃めいて、雨のごとく巨人へ降り注ぐ。
瞬きの間に繰り出した蹴りは十数発にも及ぶ! その様まさしく虚空に咲く大蓮の花のごとし!
しかし、巨人はこれを羽虫でも払うかのように振り払った。ただでさえ強靭であった黒刃を圧縮した五体にはダメージらしいダメージも見受けられない。
ランジェはその巨人の腕を蹴って飛びのき、再び間合いを図るように構えた。
「マカこそ、手を出さないで! これは、私の夢でもあるんだから! さぁ! あんたの相手は、わ、たし……」
ランジェは漆黒の巨人に向かって氣を吐いたが、巨人は身構えるランジェを無視し、なおもマカへ向かって拳を構えた。
『
どこから轟くのかも定かでない声が吠える。あるいは呟くように、あるいは
巨人の繰り出した拳から、先ほどまでと同じブレードが突き出し、マカに襲い掛かる。
「く……口が利けるのか!? こいつは何なんだ!?」
優男が抑えきれないとばかりに声を上げる。
「おわっと!」
マカは自分の手甲から伸びたブレードを使ってこの黒刃を受け止めた。しかし手数が違いすぎる。さしものマカも、蜘蛛の巣のごとき槍衾を前にしては防戦一方だ。
どうやら一貫してこの巨人の標的はマカ一人だけの模様だ。今も巨人はマカ以外には目もくれない。
だからこそ、ランジェは美貌を歪めて狂笑した。
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