天へと漕ぎ出す革命家

渋谷楽

第1話 天へと漕ぎ出す革命家

 君は宝くじで十億円が当たったら何をする?

 良い車を買ったり、田舎に一軒家を建てて悠々自適に暮らすのかな。莫大な資金を武器にビジネスの世界に殴り込むのも良いね。

 でも、俺みたいな二十歳そこそこの歳の人たちは、大体が皆何かしらの夢を諦めてしまった後なんだ。

 口座に振り込まれた十億円を見たとき、俺は自分の空っぽさに愕然としたよ。

 そこで、車や安定した暮らしにも興味が無かった俺は、子供の頃に書いた『将来の夢』を見返すことにしたんだ。そこに、答えがあると思った。

 前置きが長くなったね。

 俺は総理大臣になろうと思う。

 子供の頃の純粋な俺がそう望んだから。

 機械に支配されたこの国に、人間の純粋さをぶつけてやるんだ。

 このメールは、メールアドレスを持っている全ての日本人にランダムに一通だけ送られている。

 つまり、このメールが届いた君は天に選ばれし特別な人間だ。君は俺に負けず劣らずの豪運だよ。そんな君と俺が組めば、出来ないことなんか無いと思うんだ。

 五月二十一日、午後二時に池袋駅東口で待つ。一緒に、この国を変えてみないか。


                    世界一有名な大学生 烏丸理人より。

                           俺の次に強運な君へ。




「やっぱり怪しい、よね……?」

 自分のスマホに映し出されている怪文書のようなメールの文面を見て、北見優奈は眉をひそめる。

 梅雨の季節だというのに雲一つない晴天の下で、今日も池袋駅前は多くの人で賑わっている。優奈はメールで言われた通り池袋駅の東口で、日陰に隠れながら、パステルグリーンのワンピースを汗ばんだ手で握り締めているのだった。

「……やめたほう良かったかなぁ」

 優奈は慣れた手つきで検索エンジンに彼の名前を打ち込む。それから人工知能が彼女に閲覧を許可した画像を拡大した。

 黒いパーカーでフードを目深に被り、ダメージジーンズの両ポケットに手を入れた彼は、その時誰かに呼ばれたのか後ろを振り返っている。

 フードから僅かに見える彼の顔は、日本人にしては鼻が高く、顎と鼻下に生えている無精ひげが、彼の顔に「渋い」という印象を付け足している。

 一昔前の言い方をすると「イケメン」とでも呼ぶのだろうか。

「……今日だけ、だから。これは、就職する前の、最後の遊び……」

 優奈が口を固く引き結ぶと、スマホに『!』と付いた通知が飛んでくる。

『閲覧者の脳波の乱れを検知しました。直ちに画像を消去します』

「あっ、ちょ、待って!」

 優奈はスマホを握り締めて人工知能を制止しようとするが、直ちに働いた学習機能により画像がブラックリストに飛ばされ、検索エンジンが強制的に閉じる。白色の検索アプリが灰色に塗り替えられ、赤く『5hour』という文言が貼り付けられる。

「ち、違うのに~……ん?」

 そのとき、ピコン、という音と共に、画面に送られてきたメールの内容が表示される。

『理人だよ。来てる? 見た目の特徴は?』

「あっ……わあああ! どうしよう!」

 優奈は返信欄を押そうとするが、人工知能は優奈の体温を正確に検知し、音声メッセージの録音を開始する。

「あっ、え⁉ あ、あの! 北見優奈です! 茶髪のセミロングで、緑色のワンピースです! それと……」

 その時、優奈の耳に、都内に住む人なら聞き慣れたサイレンが飛び込む。顔を上げると、人間程の大きさのロボットが、頭に付けた赤いランプを回しながら反対車線を猛スピードで滑ってきていた。

 彼らが追いかけているのは、時代錯誤も甚だしい、青色の日産スカイラインGT-R。

「へ、変な車の近くです!」

 GTRは耳をつんざくようなクラクションを鳴り響かせると、歩道をドリフトしながら突っ切る。タイヤから煙を出しながら優奈の目の前に停車すると、後部座席のドアが、ギギギと音を立てて開いた。

「はっ? えっ?」

「北見優奈! 早く乗れ!」

 優奈は、窓から身を乗り出しているサングラスをかけた無精ひげの男と、こちらに迫りくるロボットとを交互に見る。

「優奈! この国を変えたいんだろ!」

 優奈は男の声にハッとすると、後部座席に飛び込む。直後発車したGTRのすぐ後ろで、ロボットたちが壁に激突しているのが見えた。

「はっはー! やっぱり奴ら、マニュアルに無い動きには弱いな! ざまあみろだぜ!」

 乱暴な言葉遣いのその男は、得意げな笑みを浮かべたまま左手に持った煙草の灰を落とした。

「あ、あなたは……」

 男はサングラスを外し、ルームミラー越しに優奈を見る。

「ああ、世界一有名な大学生、烏丸理人だ。君は、北見優奈ちゃんで間違いない?」

 理人の瞳はまるで闇の底を覗くように鋭く、それでいて悪戯好きの子供のように輝いている。優奈が小さく頷くと、理人はふいと視線を逸らした。

「ご丁寧に音声メッセでどうも」

 それからわざとらしく遠慮がちに会釈すると、優奈は顔を赤くする。

「ま、間違えたんです! それと、さっきの公安ですよね⁉ あなた一体、何したんですか?」

 優奈がルームミラー越しに理人を問い詰めると、理人は吹き出した。

「ははは! 君、令和生まれの子みたいなこと聞かないでよ。メールでも言ったでしょ。俺は本気で総理大臣を目指してるんだ。俺はコネが無いから、公安に目を付けられるのは当たり前でしょ」

「だからって、あんなことにはならないと思いますけど」

「あーあと、税金も納めてなかったっけな」

 優奈は呆れたようにため息をつく。

「信じられない……」

「そういえば、君、今フリーなの?」

 理人から唐突に向けられた質問に、優奈はたちまち顔を赤くする。

「なっ! 女性に何を聞くんですか! 恥ずかしくないんですか⁉」

「違うって。今ベーシックインカム受けてないのかって聞いてんの。大体の子は受けてるから。その場合、マイナンバーを通して監視されてる可能性あるでしょ」

 優奈は口を引き結ぶと、視線を泳がせる。少し経つと膝の上で拳を握り締めながら、ぽつりぽつりと語り始めた。

「私、厳しい家の生まれで、子供の頃からずっと、就職するように親から言われてたんです。就職すれば国からも補助金が貰えるので、私もそれで良いと思ってて。でも、本当にそれでいいのかなって、ずっと思ってて……」

 理人は相槌も打たないまま煙草に火を付けると、片手で助手席のリュックの中を漁る。

「ふーん。とりあえずこれ、君のね」

「えっ?」

 優奈は、理人に放られた物体を反射的に受け取る。

「こ、これ、拳銃じゃないですか!」

 両手にずっしりとした重さを感じるそれに、優奈はおどろおどろしく細い指を這わせる。

「そうだけど。君、射撃訓練受けてない?」

「う、受けてます。高校の頃に。でも、成績はずっと下の方で……」

「平均は五十点中の何点?」

「に、二十五点です」

「じゃあ、心配いらないな。あいつらの動きは単調だから」

 理人がそう言うのと同時に、後方からサイレンが聞こえてくる。咄嗟に後ろを振り返ると、右半身がひしゃげたロボットが小銃を構えながらこちらに迫ってきているのが見えた。

「えっ、あの、来てますけど!」

「ああ、もうそろそろで拠点に着くからそいつで援護射撃してくれ」

「そ、そんな! 私がですか⁉」

 理人はそれには答えず後部座席の窓を開ける。拳銃を持つ手が震えるのは、そこから入る風のせいではない。

「早く」

「っ!」

 優奈は目を見開き、拳銃をゆっくりと持ち上げる。それから、車のすぐ隣にまで迫っているロボットに照準を合わせた。

「……で、出来ません! 私、こんなこと」

 しかし、すぐに拳銃を降ろしてしまう。理人はそれを見ると頬を吊り上げた。

「良いよ。上出来」

 理人はハンドルを左手に持ち替え、パーカーのポケットから拳銃を取り出す。それから拳銃だけを外に出すと、躊躇なく引き金を引いた。

「きゃっ!」

 空気を切り裂く乾いた音と、金属が破壊される暴力的な音が辺りに響き渡る。

「おらおら! かかってこいよ!」

 理人は射撃を止めず猛スピードのまま赤信号の交差点に突っ込む。横から来る車を巧みに避け、直進するロボットと車を衝突させた。

「あ、危なすぎます! こんなの、命がいくつあっても足りませんよ!」

「映画の主人公が自分の命の数を気にするか?」

 理人はそう吐き捨てると、古びたビルの地下駐車場に侵入する。理人の車が通ったのを確認するとゆっくりとシャッターが閉まり始め、車内は徐々に暗闇に包まれていく。理人は車のヘッドライトを付けると、大きく息を吐き、シートに体重を預けた。

「私、こんなことして、逮捕されたらどうしよう」

 理人は、俯いて肩を震わせている優奈を振り返る。それからポケットに手を突っ込み、煙草の箱を取り出すと、三本目の煙草を咥えた。

「大丈夫……フーッ、君は今のところ誘拐事件の被害者扱いだ。今のところ君に非は一つも無いし、ここが気に入らなかったらいつもの日常に帰してあげるよ」

 再び振り返った理人は、まるで悪戯を楽しむ子供のように微笑んでいた。

「それとも、自分のことは他人に決めてほしいのかな? お嬢様は」

「じ、自分で決められます!」

 理人は、くしゃっ、と笑みの形を作りながら、煙で焼けた喉のせいで乾いた声で笑った。

「やっぱ素質あるよ。君」

 目の前に現れた鉄扉が、理人の車の存在を認めるとゆっくりと開いた。

 小さい独り言ならかき消してしまうようなエンジン音が、排気ガスと共に暗闇に溶けていく。




「うわあ、凄い」

 目の前に広がる光景に、北見優奈はそんな言葉を添えることしかできない。

 古びた地下駐車場の最下層を丸々使った理人の拠点は、そこかしこをPCで埋め尽くされている。節電のためか天井ライトは付いておらず、PCが放つ緑や青の明かりのみが頼りだ。

「大きい本棚……でも、本は入ってないみたい」

 スロープの下に何かを囲むように設置されている本棚が、この場所では妙に異質なものに思えた。

「ああ、あれは本棚で仮の個室を作ってるんだ。プライベートな空間は重要だろう?」

「あれ、個室って呼べるのかなあ」

 理人は車をPCから一番離れたスペースに駐車すると、素早く降りて優奈の座っている後部座席のドアを開けた。

「ささ、どうぞお嬢様」

「……変な人」

 優奈は小さく笑うと、理人の手に自分の手を重ねた。

「どうよ。俺の拠点は」

「どうもなにも、パソコンばっかりで……」

 優奈は理人を見る。PCが放つ光が理人の来ている黒のパーカーを照らし、服の真ん中にプリントされているギターを持った熊の姿を露わにしていた。

「か、可愛い……」

「は? どう見てもカッコいいだろ。最高の拠点だぜ!」

「うるさいなあ、静かにしてくれよ」

「えっ……誰?」

 優奈は声のした方を振り返る。低くくぐもった声が耳に飛び込んでくる度、大きな本棚が前後に揺れる。

「は? え? ちょっと、危ない!」

 そしてとうとう、本棚が轟音を響かせて倒れる。砂煙の中から現れたのは、タンクトップを着た長身で筋骨隆々の男だ。

「こっちは夜勤明けなんだからぁ」

「……ぱっ、パンツ……!」

 男のパンツにプリントされている理人のものと似た熊を見ると、優奈はたちまち頬を赤くし、両手で目を覆った。

「えっ……ああ、いやん。えっち」

「あうぅ……」

「テレンス。お前こそ本棚倒す癖直せよな。修理するのもお前なんだぞ」

「僕が直すんだから僕の勝手だもん! それより、その女の子は?」

 テレンスが優奈を指さすと、理人は不敵な笑みを浮かべた。

「こいつは、前から言ってた新メンバーの一人だ。紅一点だ。可愛がってやってくれ」

「初めまして、北見優奈です。よろしくお願いします……って、まだ入るって決めたわけじゃないんですけど」

 優奈が理人をジトッと見上げる。優奈と目が合うと、理人はケタケタと笑った。

「ああ! 君が噂の理人チルドレンか! 狭くて暗い嫌なところだけど、くつろいでいってね。じゃあ、僕はもう少し寝るから。仕事続きで疲れたー」

 テレンスは翻り、倒れた本棚を踏み台にして自分のベッドに倒れ込む。

「あ、はい。おやすみなさい……」

 理人は呆気に取られている優奈を見ると、音を出さずに笑い、左手の腕時計を見た。

「……そろそろか」

 優奈は弾かれたように理人を見上げる。

「何がですか?」

「……鯨が動き出すんだ」

「鯨?」

 翻り、付いてくるようにジェスチャーした理人に、優奈は小さく首を傾げながらも付いていく。

 限られたスペースを有効活用するために入り組んだ駐車場の奥、PCの明かりが届かない場所に、『それ』はあった。

「なにこれ……おっきい……」

 横幅だけなら車三台分入ってしまいそうな巨大なモニターが、理人と優奈に覆いかぶさるように壁に取り付けられている。

 そのモニターには、『DOW J』や『N225』等の世界の株式市場の値動きが映し出されていて、値下がりすれば赤、値上がりすれば緑といった具合に逐一色を変えている。

 それの前に座り、一心不乱にキーボードを叩いているのは、白いニット帽を被った青年だ。

 彼のニット帽をよく見れば、理人のものと同じ熊がプリントされている。

「そういえば優奈ちゃん、中国語話せる?」

 理人が振り返り、そう聞くと、優奈は顎に手を当てる。

「中国語、ですか。実は、全然出来なくて……」

「じゃあ、またジェスチャーだな」

「ジェスチャー?」

 理人が青年の肩を叩くと、とろんとした目と厚い唇が特徴的な青年が振り返る。

「こいつ、新人な。よろ、しく」

 理人は身振り手振りで青年に言葉を伝え、青年は優奈を見ると、グッと親指を立て、またモニターに向き直る。

「もしかして、日本語喋れないんですか?」

「ああ、だからこうしてジェスチャーで伝えるんだ。名前も教えてくれないから、俺らはジェスチャーマンって呼んでる」

「ジェスチャーマン、さん……」

「そんなことより、見ろ。この数字の動きを」

 理人は顔を上げ、赤色の数字を見上げた。

「十億円当たった俺が真っ先にやったのは、それを全額株式市場にぶち込むことだった。俺の放った鯨は次々と小魚を飲み込み、大きくなっていった。そして、今この瞬間も」

「じゅ、十億円全部⁉」

 優奈が裏返った声で思わずそう叫ぶと、日経平均の数字が緑色に変わり、ジェスチャーマンは小さくガッツポーズをする。

「な、何でそんなことを」

「本気だからだよ」

 理人の先程までの軽い調子とは違って重く響く声に、優奈は目を見開く。

「十億円全て投資して金を増やしたのも、有能な仲間を集め、違法な拠点を作り公安と対立するのも、全てはこの腐った国を生き返らせるためだ。俺はそのためなら、全てを投げ出せる」

「……何で、そんなに本気になれるんですか」

 理人は俯き、両手を握り締める。

「……俺、貧しい家の生まれでさ。親は必死に働いてくれて、俺を大学に行かせてくれたけど、遂には去年、過労で死んじまった。もちろん国は助けてくれなかった。こんなこと、絶対に間違ってる。だから俺らは、実力をつけて、この国を根底から覆すんだ。機械に支配され、心を失ったこの国を」

 再び振り返った理人は、悲しいくらいしっかりと笑顔の形を作っていた。

「ま、子供の頃の俺の夢っていうのも、もちろんあるけどね」

 引きつった笑みを浮かべた理人を見ると、優奈は対照的に唇を引き結び、俯いた。

「……あなたは、凄いです。どんな方法であれ、自分を表現する術を知っていて、目標に向かって突き進める。私は、今まで家の方針に流されるばっかりで。本当は、本当は私だって……!」

 優奈が今まで内に秘めていた感情を爆発させようとした、その時。

『グワッシャーン!』

 何か大きな物体が壁に衝突したような爆音が、拠点に響き渡った。

「な、何?」

「……くそっ! まさか、振り切れてなかったのか!」

 理人は拳銃を握り締め、出入り口へと走っていく。

 しかし、大きな衝撃を受け続けた鉄扉はとうとう打ち破られ、拠点内に次々と装甲車が侵入してくる。

『動くな! お前ら、その子を解放しろ!』

「……何だ? メガホン?」

 一台の装甲車両が理人の前に躍り出ると、銃座からメガホンと細い手が出てくる。それから顔を出したのは、薄い髪の毛を汗で濡らしたスーツ姿の男だった。

「お、お父さん!」

「お父さん⁉」

『ゆ、優奈! 無事だったか!』

 スーツ姿の男は優奈の姿を見ると声を上ずらせる。優奈は理人を見ると、おずおずと口を開いた。

「い、言ってませんでしたっけ。私の父は、公安局の局長なんです」

「は、初耳だけど⁉」

 呆気に取られる理人の横に、けたたましいエンジン音を鳴り響かせて GTRが滑り込んでくる。

「あんたら! さっさと乗りな! 逃げるよ!」

 先程と違って目つきを鋭くさせたテレンスが優奈たちに呼びかけるが、優奈は父親を視界に収めたまま、その場から動かない。

『優奈! 早くこっちへ来るんだ! お前は……』

 スーツ姿の男は大きく息を吸った。

『これから就職が控えているだろ!』

「っ!」

 父の言葉に、優奈は息を詰まらせる。

『お前はこれから北見家の警察の系譜を継ぐんだ。こんなところで足踏みしている暇はないだろう!』

「お父さんは……」

『優奈! 早くこっちへ来い!』

 優奈は両手を握り締め、目に涙を浮かべながら声を振り絞った。

「お父さんは、こんなときになっても家の心配ばっかり! 私の気持ちを少しでも考えたことある⁉」

『なっ、優奈⁉』

 理人は車のボンネットに肘をつき、煙草に火を付ける。

「あーあ、なんか面白くなってきやがったな」

「何呑気にしてんの! このままじゃ修理どころの騒ぎじゃないよ⁉」

 優奈は涙を拭い、震える手でポケットから拳銃を取り出す。そして、銃口を実の父に向けた。

『優奈、何を』

「これは……」

『な、何だ?』

「これは、世界一壮大な家出だから!」

 優奈は銃口を瞬時に天井に向け、目一杯の力で引き金を引く。

 空気を切り裂く乾いた音が、余韻を残して響き渡った。

「捕まえられるもんなら、捕まえてみなさいよ!」

『ちょ、優奈⁉』

 優奈は後部座席に乗り込み、ボーっとしているジェスチャーマンを奥に押しのけた。

「出して!」

「お、お嬢ちゃん、いいの?」

「出してって言ってんでしょうが!」

 テレンスはエンジンをふかし、動きの鈍い装甲車両の間を巧みに縫っていく。

「ひゃっはー! 最高だぜ!」

 助手席に座った理人は煙草を片手にケタケタと笑う。

「最低よ! あんな奴。もう知らない!」

「やっぱ君、素質あるよ!」

 理人は、後部座席の優奈を振り返る。

「だから、一体何の素質ですか!」

「革命家のだよ!」

 理人は自分の拳銃を掲げ、リロードした。

「人やモノには簡単に引き金を引かず、こいつを撃ったときの独特な感触で自分の闘争心に火を付ける。今の日本には中々いない人材だよ!」

「何とでも言ってください。私は、私のやり方で家出をやり遂げるだけですから!」

「しかも、超が付く頑固者と来た」

「あんたら! ちゃんと掴まっててよ!」

 車が地下から飛び出し、身体が数秒宙に浮く。

「きゃっ!」

 道路に着地すると、テレンスはすかさずギアを入れ替えた。

「リーダー! 行先は⁉」

 テレンスにそう問われた理人は小さく笑い、人差し指を天に向けた。

「てっぺん!」

「は?」

 理人の口から覗いた鋭い八重歯が、日の光を僅かに反射させる。

「てっぺんよ! 機械も人間も平等に見下ろせる場所! 俺らが目指す場所はそこしかない!」

 ルームミラー越しに、ジェスチャーマンが必死にジェスチャーをしているのが見える。

「理人くん。ジェスチャーマンさんが、PCが無いのにこれからどうするの、だって」

「人がいればなんとかなる! どんなに物を失っても、お前らがいれば可能性はゼロじゃない!」

「……全く」

「私、理人くんのこと少しわかってきたかも」

 苦笑に似た笑い声が車内に充満していく。テレンスが、運転しながらガラパゴス携帯を肩で挟んでいる。ジェスチャーマンは持ってきたリュックの中を漁り、ギターを持った熊のネックレスを、たどたどしく優奈の首に付けた。

 窓から差し込む夕日に手をかざし、優奈の視線が、バックミラーに映る理人を捉えた。

 理人とふと目がった優奈は咄嗟に目を逸らし、口をとんがらせた。それから、くすぐったそうに笑った。

 高層ビル群に囲まれた、機械が支配する道路を、古びた車がガスを吐き出しながら走っていくのだった。


 終わり。




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