アイドルが浜辺に手紙を書く事情
「やっぱしあなたはそんな顔をするのね」
「なっ…………」
だけど一瞬の口元の緩みを、御咲ちゃんにはすぐに見抜かれてしまう。本当に粗忽者のあたし。救いようのなさは愛花ちゃん以上だろうって、自分でもちゃんと認識しているつもり。
「別に。さっきも言ったはずよ。夏乃に宣戦布告しに来たんだって」
「宣戦布告って……そもそもそれのどこが宣戦布告なのよ?」
「そんなの自分でもわかってるくせに。そういうところいい加減直した方がいいわよ?」
「…………」
完全に御咲ちゃんのペースで、あたしには付け入る隙すらどこにもなかった。そりゃそうだ。あたしは自分の尾っぽをぎゅっと御咲ちゃんに掴まれたまま、逃げることも振り返ることもできずにいる。こうなるときゃんきゃんと騒ぎ立てるのもみっともないだけで、あたしは大人しく背後の狼に調理されるのを待つだけだ。
結局こうして何もできないまま、最後には細い骨だけになるのだと思う。
「やっぱり。……夏乃は、愛花にそっくりね」
「あたしが愛花ちゃんに?? それはどういった理由で……」
とはいうものの、馬鹿で無神経なお調子者に成り下がった記憶は一ミリもないのだけどなぁ。御咲ちゃんは曖昧な笑みを溢すだけで、あたしの質問に答える気はないようだ。やがて波の音が全てを誤魔化すように、何もかもを掻っ攫ってしまう。
「私ね、『Green eyes monsters』が活動を始めた四月の時点では、誰よりも前にいて、先頭を突っ走ってるつもりだった」
「その認識に間違えはないと思うよ。愛花ちゃんとあたしは、御咲ちゃんの後ろをくっついていくのに精一杯だったし」
「精一杯ねぇ……。でもそれは本当にあなたの本心かしら?」
「…………」
またしても曖昧に、御咲ちゃんはあたしの言葉を否定してくる。今日はずっとそれの繰り返し。目の前で折り返す波のように、御咲ちゃんはあたしの嘘を綺麗さっぱり消し去っていく。
「私はね、ずっと怖かったの」
「それは愛花ちゃんのこと……?」
「いつか追い抜かされるってわかっていたから、だったら誰も手が届かない場所まで走りきってみるんだって。そんなことばかりずっと考えてた」
「そんなのって……」
……それは、御咲ちゃんの気にしすぎでは? だけどあたしは続きの言葉を飲み込んでしまったので、ついには御咲ちゃんに前に出てくることはなかった。
「悠斗と付き合い始めたのだって、結局はそういうことだったのかも」
「え……?」
「何もかもを自分の手の中に収めたかった私は、愛花の一番大切な人まで奪っていた。馬鹿で無神経でお調子者の愛花はそのことさえ気づいてなかったみたいだけど、やっぱりその人は愛花の一番の人だったみたいね。最後にはあんなに取り乱しちゃうんだから、本当に馬鹿な子よ」
「それって本当は御咲ちゃん、悠斗のことが……」
御咲ちゃんはやっぱり首を横に振る。ただし今度こそははっきりとした意思表示だった。
「正直なところ、わからないのよ。あの頃からずっと……」
「あの頃って……?」
「曖昧な私を確かめるために、私は悠斗に告白した。だけど悠斗は愛花のことがずっと大好きで、そんなことは最初から気づいていたはずなのに……」
そして御咲ちゃんは海に向かって、こう呟いたんだ。
「結局私は何も手に入れることのできない、ピエロだったってことね」
あたしはただその話をぽかんと聞くことしかできなくて……いや、というより結局なんの話をしてるんだろと思っていたりもして……。
「なんて顔をしているのよ? 相変わらず冴えない顔をしているわね」
「別にそんなわけじゃあ……」
それではまるであたしが常に冴えない顔をしているかのような言い振りだ。
「そんなあなたに今日は朗報を持ってきてあげたと言うのに。せっかく悠斗を解放してあげるんだから、煮るなり焼くなりするといいわ」
「言うほどあいつ、あまり美味しそうには見えないんだけどな」
「そうね。確かに優柔不断で、不倫とか二股とかは日常茶飯事だし」
「まず最初に復讐心が描かれたナイフで、胸を一突するのがいいんじゃないかな」
「あらいいわね。その後に私と愛花とあなたの三人でじっくり戴くのも悪くないわ」
「あいつの血とワインソースを絡めれば、少しは美味しくなるのかもよ」
「それは素敵ね。哀れな末路としては最高の食卓になるかもしれないわね」
海の音が、あたしと御咲ちゃんの会話を邪魔してくる。波の音、時折そこに鳥の鳴き声が混ざっている。壮大なキャンパスに描かれた水平線の景色が、今でもしっかり刻まれているはずの時間のことを忘れさせてくれそうな心地がした。空には掴みきれないほどの分厚い雲がぷかぷかと浮かび、ゆっくりと流れている。
「だから夏乃も、そろそろ次のページを書いていくべきじゃないのかしら?」
そして御咲ちゃんの長い文章には、こんな追伸が末尾に添えられていたんだ。
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