推理作家としての過去とアイドルとしての今

アイドルがスイーツ喫茶に呼び出される事情

「ずるいよ夏乃ちゃん! あんなのってずるい!!」


 大船駅近くの喫茶店。と言っても、ついさっきまで悠斗といた喫茶店とは場所も雰囲気も違う。周囲は女子高生ばかりのスイーツ喫茶という具合だ。どうせならこんな店に悠斗とやってきて、彼のおどおどした顔をじっと眺めていたい気もする。でも愛花ちゃんや御咲ちゃんと同じ高校の制服を着た女子が多いし、そういえばこの店、三人が通う高校のすぐ近くだった気もするな。ひょっとすると既に御咲ちゃんが悠斗と来ている可能性も高い。それこそ御咲ちゃん、ずるいんだから。

 ……ところで、誰が何を理由にずるいって話なんだっけ? あたしからしてみたらこんな可愛らしいお店にすっかり溶け込んでしまう愛花ちゃんの方がよっぽどずるいと思うけど。いやまぁあたしの場合、周囲がビジネスマンばかりの喫茶店の方が似合ってしまうという話自体が、そもそも問題なのかもしれないけどね。主にアイドル的に。


「ずるいって、あたしの何がずるいって言うの?」

「もちろん、夏乃ちゃんの歌のことだよ! なんであんなに上手く歌っちゃうの!?」

「上手く歌っちゃうって……」


 アイドルが歌を上手く歌って、それのどこが悪いのだ……?

 というより、愛花ちゃんだって十分上手いし、あたしが三人の中で特段と上手いわけでもないと思うけどな。ま、御咲ちゃんだけはもうちょい頑張れって、あたしも思ってはいるけど。


「とにかくストップ。それと愛花ちゃんのアイドルお休みって、結局何か関係あるの?」

「う〜ん。それについてはわたしも上手く話せる自信がないんだけど……」


 もぞもぞと愛花ちゃんが口籠っている間に、ここで一旦話を整理してみよう。

 あたしは一昨日のライブで、一曲だけあたし一人で歌うことになった。そのプログラム変更を直前になって提案したのは御咲ちゃんだ。唐突のことだったし、御咲ちゃんの意図も今一つ掴むことができなかったけど、特に話を拗らせる理由もなかったので、そのプログラム変更の提案をあたしは飲むことにした。ここまではそこまで予想外の話はどこにもなく、まぁよくあるよね的なお話。

 問題はその後だ。何を血迷ったか、事務所は一昨日のライブの中からあたしが一人で歌っている箇所のみを切り出して、動画サイトへアップロードした。しかも『夏穂、ソロデビュー!?』などという完全に尾鰭とも言える謎タイトル付きだ。もちろんあたしはソロデビューなど興味もないし、その点は事務所の悪い冗談であることは認識しているつもり。ところが世間ではそんな冗談を真面目に受け止めてしまった人が多かったらしく、今日の学校だってあたしに対する視線はいつもより変だった。それが温かいのか冷たいのか、どっちなのかはよくわからなかったけど。

 でも一つ確かだったのは、あたしの歌はそれなりの評価を得ていたらしい。あたしとしてはいつもと変わらない、あたしの歌声でしかなかったはずなのに。


 で、なぜか愛花ちゃんが『アイドル休みたい』と突然あたしは一人呼び出され、今に至ると。ほんと、わけわからないよね!?


「愛花ちゃん、アイドル続けるのが嫌になっちゃったとか?」

「そうじゃない。じゃないんだけど……」

「だったらこれまで通り、三人で続ければいいんじゃないかな〜?」

「でも何か、わたしたち三人が今のままではいられないような気がして……」


 今のままではいられない? それは本当にどういう意味だろう?

 そもそものお話、『Green eyes monsters』に変化を求めようと金曜日に四人で議論したのが話のきっかけだった気がする。それは愛花ちゃんだって納得してたし、むしろ愛花ちゃんはあたしを前面に押し出すことを最初から提案してきていた。あたしはそんなこと一ミリも望んだつもりはないはずなのに……だよ?


「わたしもさ、女優業が最近少し忙しくなってきちゃったし」

「それは確かにそうだよね。理由がそれならあたしも少しは理解できるんだけど」


 もう来週には、愛花ちゃんが主演の夏ドラマ、その第一話が公開される。御咲ちゃんがそのライバル役を演じて、しかもドラマの原作を書いたのは悠斗だ。……うん、取り残されているのは間違えなくあたしの方。それは紛れもなく、自業自得というやつだしね。


「でもそうじゃなくてさ、何かもっと根本的な理由な気がして……」

「根本的な理由? ……愛花ちゃん、さっきから一体何を言っているの?」


 さっきから愛花ちゃんの言葉ははっきりしない。一体何が……


「わたしと御咲が夏乃ちゃんの邪魔をしているのかな?って、そう思ったの」


 ……だけど、もそもそする愛花ちゃんの口から出てきた次の言葉は、少し予想外のものだった。甘いレモンティーの香りがすっと鼻を誘ってきて、そこへ初夏が訪れたことを告げるグラスの水滴がぴたんと落ちてきたかのよう。あまりの出来事に、あたしは驚いて突然しゅんとなる。


 あたし邪魔……ではなく、あたし邪魔?

 って、本当に一体どういう意味だ???

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