アイドルという職業がお仕事だと断定する事情
「夏乃ちゃん、わたしなんかよりずっと真面目に歌の練習してるし……」
「それは愛花ちゃんの日頃の行いが不真面目すぎるだけだよぉ〜!」
というより、それがなんだというのだ?
愛花ちゃんの練習が不真面目なのは今に始まったことじゃない。そもそも御咲ちゃんが原因で始めたアイドル活動だし、愛花ちゃんの練習が適当だったのはデビュー前からずっと相変わらずだし、その度に有理紗先生に喝を入れられるのも今では日常の光景みたいなもの。だけど愛花ちゃんには才能があるからなんだかんだとアイドルを続けているし、それ以上に天性の演技力を発揮して天才女優としての階段を昇りつつある。真面目とか不真面目とか、全然関係ないと思うんだよな。
「いつも一生懸命でしかも歌の才能だってあるのに、全然注目されないし……」
「あたしはこれが仕事だと思ってるから手を抜かないだけ。それを一生懸命と呼ぶのはさすがに違うと思うよ?」
もしあたしが本当にアイドルとして一生懸命やってるのだとしたら、舞台の上で同じ年の女の子をグーパンして泣かせるという破廉恥なことは、絶対しないと思うよ? 多分だけど。
「なのに、なのにだよ? ライブ会場に行くといつもわたしか御咲の団扇ばかりで、夏乃ちゃんを応援してる人が全然いなくてさ……」
「ねぇ愛花ちゃん? それって実はあたしに喧嘩売ってたりする???」
そもそもそれはあくまで結果論だよね。元々『Green eyes monsters』は御咲ちゃんの人気にあやかってスタートしたグループだ。愛花ちゃんが夏ドラマの主役に抜擢されて注目され始めたのだって、その後のこと。最初から……いや、今でも何もないあたしは、二人から取り残されてるだけで、それはあたしが注目されるに値しないからだ。あたしとしてはそれがお仕事というものだと思ってるし、あたしが売れないアイドルだというのであれば、本当にそれだけのこと。
推理小説も書けなければアイドルやっても中途半端なあたしは、いずれ野垂れ死ぬに違いない。あたしは本当に価値のない女子高生だったって、それだけのことだと思うんだ。
「違うよ。そうじゃないよ。……だからもう、そんな夏乃ちゃんの邪魔をしたくないの」
「さっきから邪魔って、二人の邪魔してるのはむしろあたしの方……」
「違うって! 夏乃ちゃんの才能を、わたしと御咲が馬鹿でお調子者で無神経なせいで、無意識のうちに隠してしまってるだけだと思うの」
「……ごめんそれ多分御咲ちゃんいらない。主に愛花ちゃんだけだよね?」
さっきの言葉を御咲ちゃんが聞いたら、本当に殺人事件でも起きそうな気がする。
「だからね。夏乃ちゃんにとって、わたしはやっぱし邪魔な存在なんだよ」
「御咲ちゃんはどこへ消えた!? あたしの言葉を素直に認めすぎでしょ!!」
話をまとめると、『Green eyes monsters』から愛花ちゃん一人いなくなれば、もう少しあたしが目立つんじゃないかって、そういうお話のようだ。なるほどそれであれば、愛花ちゃんがアイドルを休業すればいいってことになり、理には適っている。
だけどあたしはそんな話、認めたくない。あたしのためだけに愛花ちゃんがいなくなるなんて、そんなの本末転倒もいい話だ。
だってそれって、そんなことしたらあたしは永遠に愛花ちゃんに勝てなくなるって、そういう話じゃないかな。愛花ちゃんが勝ち逃げするなんて、そんなの絶対に認めたくない!!
「あのね、愛花ちゃん……」
だけど愛花ちゃんはまるで暴走機関車のように話をやめようとしなかった。
「ねぇ夏乃ちゃん。夏乃ちゃんはなんでアイドルを続けているの?」
「え……?」
まるで捨てられた子犬のような顔で、あたしをそう問い詰めてくる。その愛くるしい円らな瞳は、絶対に獲物を逃がそうとしない無邪気なそれで、あたしの胸をぎゅっと鷲掴みにしてくるんだ。馬鹿でお調子者で無神経のくせに、こういう時だけは無類の見えない力を発して、あたしの身体を硬直させてくるんだから本当にたまったもんじゃない。
「夏乃ちゃんにとってアイドルがただの仕事だって言うんなら、夏乃ちゃんが舞台の上であんな綺麗な歌声を響かせる意味ってなんなのかな……って」
「…………」
本当にこの天才少女は……ずるいんだから……。
「夏乃ちゃんはアイドルのお仕事、本当に好きじゃないの?」
もう少し愛花ちゃんに、御咲ちゃんのようなずる賢さがあればよかったのにね……。
「……アイドル、好きだよ。そんなの、好きに決まってるじゃん!」
だからあたしは、ぽろりと本音を喋ってしまう。
いつもみたく、適当な言葉で誤魔化すこともできないまま。
だって、推理小説を書けなくなったあたしが、最後に辿り着いた場所だもん。
何もできなくなって、ボロボロの使い捨て雑巾に成り果ててしまったあたしが、やっと手に入れた『Green eyes monsters』のリーダーという居場所。愛花ちゃんと御咲ちゃんという厄介者二人と、楽しく笑顔でいられる場所。もっとも御咲ちゃんは必要以上にプライドが高かったり、愛花ちゃんの方は必要以上に無鉄砲だったりするけどさ……。
それでもどこにも居場所を失ってしまったあたしにとっては、ここがラストリゾートなんだって、そう思えて仕方ないんだから。
だからあたしにとっては、愛花ちゃんももちろん必要なんだよ?
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