女子高生推理作家が彼の作品でときめく事情
そもそもあたしは、アイドル活動を本当に楽しいと思えてるんだっけ?
今朝ヤスミに聞かれた質問は結局その場で答えることができず、いつの間にか笑って誤魔化してしまっていた。いつも通り、あたしは逃げたんだ。もちろんそれはヤスミにも見抜かれていて、それ以上のことをあたしに聞いてくることもなかった。だけどそれからずっとあたしの胸にはちくちくとした棘のようなものが引っかかってしまい、今でも軽い痛みに襲われている。
きっとこんなだからヤスミはあたしのことを不器用なんて言うんだろうけど。
「どうしたんだ? 今日はいつもより元気なさそうだけど」
「んっとね……今日は君とこうして出逢えて、ほんの少し胸が揺れてるだけだよ」
目の前にいる素敵な彼に、あたしの胸を少し揺らしてそれなりに主張してみる。
「……って、今日は仕事だろ。小説のプロット作りの打ち合わせだ!」
「酷いな〜。そうやってデートの雰囲気をぶち壊すのは、レディーに対して失礼だよ?」
「デートどころか俺と夏乃がそういう関係になった記憶は一ミリもないけどな」
冷たい。悠斗、冷たすぎるよ。
そんなだから御咲ちゃんや愛花ちゃんのフラストレーションをいつまでも溜め続けていることに、悠斗はまだ気づいてないのだろうか。女の子の武器で迫られたらそれ相応の反応を示してくれなきゃ、こっちだって恥ずかしいだけなんだからねっ!
ま、あたしの胸は、君の愛しの愛花ちゃんほど大きくないけどさ。
大船駅前にあるいつもの喫茶店。周囲はビジネススーツをビシッと着込んだ男性ばかりで、デートと呼ぶには色気などどこにもない場所でもある。だけどそんなやや寂しい場所であっても、あたしは悠斗に対してやはりどぎまぎしていた。ヤスミに言わせればらしくないって思われてしまうかもしれないけど、それでも彼と話す時のこの高揚感はやっぱり本物だと思うんだよな。
「え〜っと、小説のプロットだっけ〜?」
「あ、ああ。そろそろ決定しないと。廣川さんにも催促されてるし」
「そっか。それじゃあ頑張って決定してね! あたし応援してるから!!」
「もっともどっちかというと催促されてるのは夏乃の方のプロットだけどな!」
とは言ってもなぁ〜。あたしここ一年新作書いてないし、あまり乗り気じゃないのも事実だ。悠斗と一緒なら今のこの状況から脱却できるんじゃないかって淡い期待をしていたのも事実だけど、結局何も変わってない。そもそもすぐに思いつくプロットと言えば……。
「じゃあ〜……愛花ちゃん、どうやって殺そうか?」
「殺さないから! 少なくとも俺の書く話はそういう展開じゃないからな!」
「焼死体も考えたけど、どうせならあの可愛らしい顔は美しいまま残しておきたいよね」
「…………」
だって、最初に愛しの愛花ちゃんを描きたいと言ってきたのは悠斗の方だったじゃないか。あたしの中で愛花ちゃんと言えば、物語の最初か最後に殺されるイメージしかない。やはり愛花ちゃんを物語の初めで殺しておいて、彼女との美しい記憶を辿りながら犯人を導き出していくとか、そんな話なら綺麗なままの小説でいられると思うんだよね。
「で、導き出された犯人は、彼女の幼馴染のYであったと」
「そこはイニシャルなのか……」
「あ、中学からの友人Mでもいいよ? ただ被害者のイニシャルもMだから、それだと少しややこしくなっちゃうけどね」
「大丈夫だ安心しろ。最初からそんな話にするつもりはないから」
「じゃあ聞くけど、愛花ちゃんを殺さずに、どうやって話を展開するつもりなの?」
「その愛花を殺さないと話が進まないみたいな表現も頼むからやめてくれ……」
そんなこと言ったって、あんな可愛い女の子を殺さないなんて、それこそ素材の無駄じゃないかな。小説を読んだ誰もがはっとなるために、あの子は殺される運命なんだよ。きっとね。
「俺が考えてるのは、愛花……じゃなくて、主人公Yの幼馴染のMが……」
「いやだからそこはわざわざ置き換えなくていいから!」
「ごっほん! ……主人公Yの幼馴染であるMが、母からもらったペンダントを紛失してしまい、その運命のペンダントを探しにいくという設定だ」
「確かにあの子、よく物をなくしそうだもんねぇ〜……」
「ああ。あいつの部屋だっていつも汚くて、俺が掃除を手伝うくらいだもんな」
「へ? 愛花ちゃんの部屋を悠斗が掃除しちゃうの??」
「あ、ああ。家も近所だし、つい昔からの名残で……」
「いやいやそれはそれでまずくない? 女子高生の部屋を男子高生が掃除するとか」
少なくとも、御咲ちゃんが聞いたら発狂する事案に違いない。
「いやだからそんな話をしたいわけじゃなくてだな!」
「いやそこ重要だから!! 主にプロットを作る上で重要な要素だよ〜!!」
「そんなところをわざわざピックアップしなくても……」
「いやいや。そこって御咲ちゃんが愛花ちゃんを殺す動機としては十分すぎるよね」
「だから殺すつもりはないって言ってるだろ!」
とは言うものの、どうにも悠斗の思い描くプロットには如何せん納得し難いものがあった。どこか話が単調に映ってしまう。確かに美しいままの愛花ちゃんを描くという点に於いては成功しているだろう。だが、キレというものをほとんど感じない。きっとそのお話に胸をときめかすことができるのは、文章に繊細な美しさを追い求める少し気概のある読者くらいだ。純文学作家の月山遥が、その部分を最も大切にしていることはあたしだって理解しているつもり。ただしそんな作品では、あたしの大好きな月山遥は、間違えなく浮かばれることはないだろう。
もしあたしがそのお話に、色を添えるのだとするならば……。
「ねぇ。そのお話、御咲ちゃんはどうするの?」
「御咲……?」
愛花ちゃんを殺さないのであれば、奮い立たせればいい。
そうだ。御咲ちゃんのせいで、今の愛花ちゃんが変わりつつあるように、ぐるぐるに色を混ぜ合わせて、仄かな香りを熟成させればよいだけのこと。
その花を優しく雨から守っているだけでは、絶対に美しい色の花弁を手に入れることはできないのだから。
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