女子高生アイドルと女子高生推理作家を比較してしまう事情

「それでナツノッチは作家を引退してついにソロデビューするんだ?」

「それは絶対ないから。てゆかそれ、むしろ退化してない?」

「え、それはつまり女子高生推理作家より女子高生アイドルの方が劣るって話?」


 あたしとヤスミは会話しながらようやく教室にたどり着いて、それぞれ自分の席についた。と言っても席は出席番号順、つまりは名前順になっていて、あたしが廊下側の一番前の席、ヤスミの席がそのすぐ後ろだ。秋保と宇佐美。こうやって昔からいっつもヤスミとは前後の席になることが多くて、ただの幼馴染というよりは完全な腐れ縁に近いかもしれない。


「優劣なのかな〜? でもどっちかというと女子高生推理作家の方がレア度が高いし」

「レア度の問題なんだ……」


 ヤスミはあたしの話に半分呆れている。ついさっきだってあたしに『眠そう』と言ってきたばかりのはずなのに、結局お互い様じゃないかって思わないこともないんだ。


「だってそもそもほら、仮にあたしがアイドルソロデビューを飾ったところで、売れなかったら意味がないじゃん。あたし路頭に迷うことになるんだよ?」

「まだ女子高生なんだし、そこは迷うくらいの方がちょうどいいと思うよ?」

「そもそもあたしの歌なんか、とても売れるとは思えないんだけどな」

「う〜ん……その辺り僕は素人だから全然わからないけど、少なくとも全く見込みないんだったら今朝みたいな騒ぎにはなってないんじゃないかな?」

「…………」


 事務所の動画チャンネルにあたしがソロで歌った動画が公開されたのが、昨日の早朝零時。うちの事務所は春日瑠海と言った話題性の高いタレントも多く存在しているため、元々チャンネル登録者数もそこそこに多い方だ。そんな場所で堂々と『夏穂、ソロデビュー!?』などという動画が踊り始めれば、あっという間に話題が拡散してしまうのも当然のこと。動画についたコメントの数も本当に恐ろしい勢いで増えていき、『この歌唱力は神』だの『これってあの暴力娘だよね?』だの、そんな言葉が加速度的に溢れていった。……なるほど。世間から見たあたしへの認識って、およそ『暴力娘』だったんだと、改めて実感した次第だ。


「どっちかというと事務所がオーバーなリアクションしただけな気がするんだけどな」

「それはないでしょ。ナツノッチの歌唱力が話題になると思ったから、思い切って動画を公開したんだと思うよ?」

「どうだろ? ……てかうちの事務所もずいぶん暇なことをしてくれるよね〜」

「暇なことないでしょ。少なくともナツノッチよりはずっと忙しいはずだし」

「…………」


 ヤスミの言葉にはどこか棘がある。まぁ今に始まったことじゃない。


「まぁそれでも僕は、推理小説も書ければ歌だって歌っちゃうナツノッチのことが、本当に羨ましいと思うけどね。それだけ才能に恵まれてるってことだし」

「そりゃそうだよ。なんてったってあたし器用だし!」

「でも僕、ナツノッチのことを羨ましいと思ったことはあっても、器用だと思ったことは一度もないよ?」

「え?」

「あ、不器用だと思ったことはいくらでもあるけど」

「…………」


 てかヤスミ、あたしのことを褒めてるのか貶しているのかどっちなんだ?


「でもさナツノッチ?」

「ん……?」


 するとヤスミはその勢いのまま、澄み切った瞳をあたしにぶつけてきたんだ。


「ナツノッチはアイドルやってて楽しいって、なんでそう思ってるんだったっけ?」


 その黒い瞳孔の中へ微かに映り込むあたし。だけど視線の先はあたしの胸の内側を突き抜けていって、どこか遠い先を眺めているようでもあった。

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