冴えないアイドルが学校で騒がれてしまう事情

「ねぇあの子よね、『Green eyes monsters』の夏穂って確か……」

「そうそう。この前も真南がうちの学校に来てたじゃん? でもまさか……」

「夏穂って本当に同じ高校だったんだ。これまで全然気づかなかったよ」

「……だってなんていうか……あまりそういうオーラを感じないよね……?」


 とにかくひたすらに眠い月曜日の朝。あたしはいつも通りに……いや、これをいつも通りと表現できるのは恐らくあたしの内心だけであって、周囲はとてもそれを許してくれそうもない。だけど眠いことに変わりはないので、今日が月曜日の朝だってことに間違えはないんだ。よく言われるのは、天気が良かったりするとぼんやりとした眠気に襲われたりするとか言うけど、絶対そんなの嘘だよね。今日も梅雨らしくどんよりとしているし、そんな天気なんか関係ない程度には明らかに眠い。それが月曜日というものに違いないんだ。

 ほらだって、みんなもあたしのことオーラないって言ってるじゃん!


「ナツノッチおはよう。その顔は今日もいつも通りだね」

「おはよヤスミ。昨晩も小説のプロット考えてたら夜遅くなっちゃってさ〜」

「あ〜うん。その話ならもちろん知ってるよ。いつになっても全然書き上がらない幻の小説のことだよね?」

「仕方ないじゃん。アイドル活動の方だって忙しいんだし」

「それも知ってる。三人の中では一番仕事なくて暇してるリーダーだもんね」

「…………」


 売り言葉に買い言葉。……てか別に喧嘩売ってるつもりは全くないし、ヤスミもあたしを挑発する意図は全くないんだと思う。淡々とあるがままのいつも通りの会話をしているだけのはずなんだけど、それにしたって会話の流れがあたしの批判的な流れになっているのはどうしてだろう。まぁあまりにいつも通りすぎるのであたしはその言葉をただ飲み込むくらいしかしないわけだけど。


「でもそんなナツノッチもようやくアイドルだって認められたみたいだし?」

「別に誰かに認めてほしくてアイドルやってるわけじゃないんだけどな」

「うんもちろんそれも知ってるよ。ただの気まぐれだよね?」

「…………」


 あたしがアイドルを続けている動機を、そこまで露骨に安易な単語でまとめられてしまうと、さすがにどう頑張っても反論など無理ってやつだ。ただし何か他に大きな動機があってアイドルを続けているわけではない以上、それが気まぐれだと言われると実際そうなのかもしれないと思わざるを得ない。御咲ちゃんみたいにアイドルのてっぺんを目指したいとか、愛花ちゃんみたいに大女優を目指したいとか、そういった夢をあたしは持っていない。だけど仕事としてやる以上はそれなりのものを演出したいんだって、ただそれだけのことだ。

 ……そう。それだけのはずだったんだけどな。


 金曜日にあれよと決まってしまったライブのプログラム変更は、即座に事務所へと伝わり、正式なプログラムとしてあたしのソロ曲が差し込まれた。そんなのは一回きりのライブのただの演出であって、ちょっとしたファンサービス程度と、あたしもそう認識していたつもりだったのだけど……。


「ひょっとしてナツノッチ。ソロで歌うって決まった時に、こうなることは予想してなかったの?」

「う〜ん……少なくともあたしが想像していたのとはちょっと違うかも」

「つまり、してなかったんだ?」

「何よ。悪い?」

「いや、そうじゃなくて……ナツノッチにしては迂闊だなって思っただけ」

「そんな風にこんな可愛い女子高生を腹黒キャラ認定するのはやめてほしいな」


 事務所は何を思ってあんなことをしたのだろうか? 普段ライブの際に撮影した映像なんてものは、およそ円盤を売り捌くためのものであって、それ以外の用途で使うことはこれまで全く一ミリもなかったはずなのに。

 昨日のことだ。日曜日の朝零時ちょうどに、動画サイト内にあるあたしの事務所の公式チャンネルへ、一つの動画がアップロードされたんだ。愛花ちゃんからチャットで連絡があってあたしも初めて気がついたのだけど、その動画を目にしたあたしは、ただただ目を点にする他なかった。


 『Green eyes monsters: 夏穂、ついにソロデビュー!?』


 ……いやまぁそんな動画タイトルの『!?』という部分が紛れもなく尾鰭というやつで、実際はライブ中にただ一人で歌っただけ。ソロで円盤売るとか絶対に無理だからねっ!!

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