ライブ前日にプログラムを修正する事情

「わかったわよ。私がラストの曲のセンターで別に構わないわ」


 金曜日の午後。外はどんより曇ってはいたけど、雨は降っていなかった。

 一人喫茶店を逃亡した愛花ちゃんを探しに、御咲ちゃんと悠斗がその後を追いかけるように出ていったはずなんだよね。だけど、あたしと千尋さんが話をしている間に、愛花ちゃんが一人で帰ってきて、あたしは御咲ちゃんを連れて帰ってくるよう、悠斗に電話で伝えたんだ。


「え〜、わたしは納得できないよぉ〜。夏乃ちゃんをもっと大々的に宣伝しなくちゃ……」

「愛花ちゃんそれってあたしのこと本当に擁護しているつもり??」


 あたしは二人に宣伝される側の立場なのだろうか。……別に不愉快とかそういう感想じゃなくて、あたしのことなんて特にどうだっていいっていうか、二人の人気を優先した方があたしもきっと楽しいだろうし、その方が理に適ってると思うんだ。

 だって、あたしはあくまで二人のシャドーなんだから。


「その点愛花を否定するつもりはないわ。私たちは三人揃って『Green eyes monsters』だってこと。それについて私も異論はない」

「だったら……」

「でも、今から夏乃をセンターにするには、私たち三人とも振り付けを変える必要がでてきてしまう。明日がライブ当日だっていうのに、さすがにそれは合理的じゃないわよ」

「…………」


 愛花ちゃんは全くの正論を言われ、その場でしゅんとなってしまう。あくまであたしをフォローしてのことなのだろうけど、そんな可愛い顔されたらますます殺意が芽生えてしまうのはあたしの気のせいだろうか。


「だから、私と愛花が振りを変える必要がないようにすればいいだけのことよ」

「え……?」

「…………はい???」


 だけど御咲ちゃんの話には続きがあって、急に愛花ちゃんの顔も花が開く。その顔がお花畑のタンポポみたいだからって、決して可愛いからと踏みにじってしまってはいけないはずだ。

 ……いや、そうじゃなくて、御咲ちゃんと愛花ちゃんが振りを変えずに、あたしがセンターで歌うって、とどのつまり……。


「明日の曲目の中の一曲を、夏乃一人で歌ってもらう。これなら愛花も納得でしょ?」

「うん! もちろんだよ!!」

「待って。それは愛花ちゃんが納得できてもあたしが全然納得できてないんだけど!」


 御咲ちゃんの提案はあたしの想像の斜め上を行ってて、ややぶっ飛んでいた。……いやまぁ別にアイドルのライブとしてはそういうのも本来全然ありなのだろうけど、ただし『Green eyes monsters』としては事情がやや特殊というか、そもそもそんなプログラム誰が喜ぶんだ?という辺りでやはり疑問点が残ってしまう。

 ライブ会場はほぼ御咲ちゃんと愛花ちゃんのファンで埋め尽くされている。あたしのファンなんてほとんどいない。そんな中であたし一人で歌うなんて、それは完全アウェーの中を晒し者にされてることに他ならないんじゃないかな?


「いいじゃない。たまにはそういうのがあったって」

「千尋さん……?」


 そう横から会話に入り込んできたのは、『BLUE WINGS』元リーダーの千尋さんだ。優しく包み込むような声で、あたしを励ますように微笑みかけてくる。


「私は御咲ちゃんの提案に賛成よ。『Green eyes monsters』は三人だってこと、リーダーはあくまで夏乃ちゃんなんだってこと、そういうのを示してあげてもいいんじゃないかな」

「でもそれは、結局誰得なんですか?」

「もちろん三人のためよ。お互いがお互いを刺激し合うことが、それが一つのグループとして活動している意味だと思うのよ。確かに夏乃ちゃんのファンは御咲ちゃんや愛花よりも少ないかもしれないけど、それはまだ夏乃ちゃんの魅力が世間に知られてないからだけだと思うんだけどな」

「あたしの魅力なんて別に……」


 あたしは二人の側でアイドルのお仕事ができればそれで満足なんだけど……。


「そしたら千尋さんのお墨付きももらったし、これは決定事項でいいわよね?」

「いやちょっと、あたしはまだ……」


 まるで完全に確信したかのように、御咲ちゃんは話を進めてしまう。

 ……いや、本当にそう? 御咲ちゃん、何かを企んでいる……?


「別に夏乃がどうこう言う前に、悠斗の承諾さえあればいいはずよ?」

「え、俺??」

「だって、明日の台本の総括は悠斗に委ねられているはず。夏乃は私たちと一緒に、明日のライブの練習に専念する。元々そういうお話じゃなかったかしら?」

「あ、ああ。そうだな」


 ……こんな時だけ御咲ちゃんに見事なまでに調子を合わせちゃうんだから。この売れない天才高校生作家様は!!


「で、どうなの? 夏乃のソロ曲を一曲入れる。それでいいわよね?」

「ああ。夏乃の件は社長からも頼まれていたことだし、それに異論はない」

「ちょっと悠斗!!!」

「わたしももちろん異論ないよ。明日は夏乃ちゃんのソロが聴けるのか〜。楽しみだな〜」

「…………」


 そこへ愛花ちゃんもお呼びじゃないのに便乗する。やはりこの子、今すぐ殺して相模湾の海の底に沈めてあげた方がいいんじゃないかしら。


「決まりね。明日のライブの最後の曲は、センターを愛花から私に変更。そしてその二曲前の曲を夏乃のソロに変更。……悠斗、それくらいの台本の修正ならすぐにできるわよね」

「もちろん大丈夫だ」


 こうしてリーダーであるあたしの意見など無視して、とんとん拍子で決まっていくんだ。本当にあたしの立ち位置って、一体なんなのだろうね。


「ということだから夏乃。……まぁ夏乃だったら大丈夫だって少しは安心できるけど、それでもしっかり歌ってくれないと困るわよ」

「え。……ああ、うん……」


 そもそも御咲ちゃん、あたしの何を信用しているのだろうか。こんなに嘘ばっかりの同じ年の女子相手にだよ? そんな女子を信用するとかよほど度胸ないと無理だと思うけどな。


「あなたの大好きな王子様を誘惑するくらいの気概を少しは見せてもらわないとね」

「…………」


 それとも、ひょっとして御咲ちゃんは……。

 御咲ちゃんの不敵な笑みの押し負けないように、あたしは自分の顔を隠すようにコーヒーカップを唇をつけた。もうほとんど量は残ってなかったはずなのに、それでもその苦味がチクチクと刺してくる。どうしてこの喫茶店のブレンドコーヒーは飲む度にその味が変わるのだろう。


 こうして受け止めざるを得なくなったプログラム変更。だけどこのせいで思わぬ方向へ飛んでいってしまうことに、あたしは迂闊にもまだ気づいていなかったんだ。

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