狂い始めた日常

ステージにひとり取り残される事情

 本当に、どうしてこんなことになってしまったのだろう?


 あたしは悠斗に言伝をして、ライブのラストの曲のセンターは御咲ちゃんがと、確かにその通りにはなったんだ。愛花ちゃんはあたしをセンターに推していたわけだけど、そもそもライブ前日にそんなの諸々間に合うはずない。この案は当然却下され、だけどそれとは全く別件で、御咲ちゃんがある条件を出してきたんだ。


 御咲ちゃんの出した条件の意図は未だにわかってなく、あたしは少しだけ不気味に思えたほどなんだけどね。


「今日のライブはね、これまでの私たちから、少し変化をつけてみたいと思うの」

「え〜、どんなどんな〜?」


 ライブの舞台は都内中心部にある公園の中。屋外にあるステージで、キャパは三千人ほどだという。ここ最近の『Green eyes monsters』の舞台としてはおよそスタンダードな規模で、観客席に埋め尽くされた団扇の数も、やはり半分ずつという点でこれまでと一緒だ。もちろんあたしの団扇の数ではない。御咲ちゃんと愛花ちゃんが半分ずつ。……それにしてもあたしの団扇なんて一体どこで売ってるんだろうね? 同じ場所にちゃんと並んで売られていたりしないのだろうか。


「いつもさ、私とマナが三人のセンターに立って歌ってるじゃない?」

「うんうん」

「だけどさ、私たちのリーダーって私でもマナでもないわよね?」

「そうそう。わたしとミサがリーダーやっちゃったら、お互い自分勝手に動いちゃって、収拾がつかなくなっちゃうよ〜」

「……て、そこまで言う? 私たちそんなに酷い??」


 歌と歌の間に挟まれるMCは、御咲ちゃんと愛花ちゃんの二人で進んでいく。ここはあたし抜きの状態で、だけどしっかり笑いを取りつつ、淡々と進められていた。もちろん台本通りだ。


「だけどさ。わたし、しっかりしたリーダーいなかったら全然ダメな子だよ?」

「そんなのもちろん知ってるわよ。私がいない舞台であなた全然歌えなくなっちゃって、リーダーから思いっきりゲンコツもらってたし」

「その痛い話はあまり思い出したくないんだけどな〜」

「まぁいろんな意味で痛そうだったわね。グーの音からしてすごかったし」

「だって本当に容赦なかったんだもん……」


 再び、観客席から笑いが起きていた。あたしはステージの端っこの方で、わざとらしく小さくなってみる。


「てかそれじゃああたしがただのスポ根系リーダーみたいじゃない?」

「スポ根? ただのスパルタじゃなくて??」

「ちょっ…………」

「でもあの時のグーのゲンコツは完全のわたしのせいだし、カホに非はないよ」

「マナ……」

「……まぁミサの言う通り、やり方はさすがにどうかと思うけどね」

「って、フォローしてるのかしてないのか、どっちなのよ〜!!」


 あたしが会話に混ざったところで、再び笑いが起きる。うん、これなら何とか大丈夫そうだ。ここまでの台本の流れを昨日悠斗を含めた四人で話し合った時、会場からブーイングが起きてしまうんじゃないかって懸念をしていた。もちろんそれは主にあたしに対して。そうならないように可能な限り笑い話を織り交ぜて、何とか次の曲までの流れを悠斗と作り上げていったんだ。

 『Green eyes monsters』の中でシナリオ台本を作るのはあたしと悠斗の役目。売れない純文学作家、月岡遥と、一応売れてるはずのだけど今はほぼお休み中の推理小説作家、天保火蝶の、二人の作家の合作によってこのシナリオは紡がれていく。もちろんそんな夢みたいなお話は、事務所社長さえも知らないお話だけどね。……まぁあたしと売れない作家が組んだところで、本当に夢のようなお話と感じているのは、あたしだけかもしれないけど。


「でも今日はね、そんなカホに日頃の感謝を込めて、花を持たせてあげたいと思うの」

「私たちは私とマナだけじゃないってところ、ここで見せてもらおうじゃない!」

「え、ちょっと〜!! 何が始まるっつぅ〜の〜?」


 わざとらしく反応するあたし。こういう嘘の演技は大好きだ。


「次の曲はカホ一人で歌っていただきます!」

「あの時のお返しだよ! カホ、わたしより上手く歌ってね!!」


 会場からは一瞬のどよめきが起きた。あたしが愛花ちゃんにゲンコツをお見舞いした時と同じくらいのどよめきだったかもしれない。……て、それはさすがにオーバーじゃないかな?

 あの日、グーのゲンコツ事件の直後、あたしは愛花ちゃん一人で歌うように、勝手にその場で台本を差し替えて仕組んだんだ。だらしない愛花ちゃんの歌声を観客に聴かせてしまった直後のこと、確かに咄嗟の思いつきだったけど、いつもの愛花ちゃんの歌声を観客に伝えたかっただけ。

 今日はその仕返しだという設定。もちろんあの時と違って、台本通りの流れだ。台本通りとは言え、あたしは少しばかり乗り気ではなかったわけだけど。


「タイトルは、あの日マナが歌った曲と同じ、『君がくれたダイアリー』」

「カホ、頑張って! それでは〜、ミュージック、スタート!!」


 愛花ちゃんの可愛らしい掛け声とともに、曲のイントロが流れ始める。それと同時に、御咲ちゃんと愛花ちゃんがステージの上から去っていく。残されたのはあたし一人だけ。……団扇の数から察するに、完全アウェーな状況で一人で歌うとか、それってどんな拷問だよ!?って当然思わないこともない。


 ほんと、御咲ちゃんは何を目的でこんな提案をしてきたのだろう?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る