電話の向こう側でアイドルが殺人犯になる事情

 愛花ちゃんは喫茶店に戻ってきたものの、そのまま誰もいないカウンター席の方へと座り、黙ったまま俯いてしまった。喫茶店へやってきてこんなにも美味しいコーヒーを注文しないなんて、なんて失礼な客だと思わないことないけど、とはいえ失礼なのは客の方だけではない。店員さんさえもこの店にいないのだ。代わりにあたしがメイド喫茶ばりの声音を使って、『お嬢様、ご注文は何に致しましょう?』なんて聞いてもいいのだけど、生憎そんな気分には一ミリもなれなかった。

 とりあえず、電話で誰かを呼び出すか……。


『おお夏乃か? 和歌山、見つかったか?』

「わたし和歌山じゃないもん愛花だもん!!」

『ああ、和歌山も一緒にいるってことは無事に見つかったんだな』

「だから和歌山じゃなくて愛花って呼んでって何度も言ってるでしょ!!」

「そうじゃなくて、勝手に人のスマホに割り込んでこないでよ〜!!」


 なお誤解の内容に書くと、電話しているのはあたしだ。そこへ悠斗の『和歌山』って声に反応して、愛花ちゃんがあたしの電話を横から妨害してきたんだ。ついさっきまで黙りこくってたくせに、悠斗の声を聞いた途端、元気になっちゃったって調子だろうか。

 ……だがしかし、ツッコミどころはそこだけではない!


「てか御咲ちゃんに電話したはずなのに、なんで悠斗が電話に出るのよ!?」

『ああ……それは……』


 悠斗の隣から御咲ちゃんのひそひそ声が聞こえる。御咲ちゃんは愛花ちゃんと違って少しは要領がいいから、およそあたしの耳に入らないように何かを言っているようだ。だけど御咲ちゃんがどんなに隠そうと、プライド高めのお姫様は『私はいないことにして適当に誤魔化して』などと、きっとそう仰っているに違いない。そもそも愛花ちゃんを探しにこの店を出て行った時も、御咲ちゃんは若干躊躇していたしね。


「……あのね悠斗。そうやって御咲ちゃんといつまでもいちゃいちゃしていると、愛花ちゃんがさらに嫉妬して機嫌損ねちゃうから、そのくらいにしといてあげてね」

『ば……』

「嫉妬なんかしてないもん機嫌なんか損ねてなんてないから!!」


 悠斗以上に反応するのは、カウンター席からあたしの座る四人席に移動してきて、今やあたしのすぐ隣に座る愛花ちゃんだ。それはつまりあたしに首を絞め殺されたいってことでいいのかな? どうしようもないほどいじらしい態度で、それでいて可愛らしい大きな瞳で抗議してくるもんだから、本当にたまったもんじゃない。

 なお千尋さんはと言うと、そんな痛々しい自分の妹の姿を眺めつつ、さっきからずっとげらげら笑っていたりして。


「とにかく、愛花ちゃん戻ってきたんだから早く喫茶店に戻ってきてよ?」

『あ、ああ。とりあえず御咲の機嫌が戻ったら……』

「言い訳はいらないので、早く帰ってきなさい!」

『ちょっと待て。……夏乃、俺に対してどこか冷たくないか?』


 悠斗が早く戻ってこないと、あたしが愛花ちゃんを殺めてしまいそうだし。


「早く戻ってこないと、二人にあたしたちの秘密をバラしちゃうから」

『秘密ってなんだよ? そもそもそれは夏乃の秘密であって、俺にとってはどうでもよくないか?』

「あたしと悠斗の初めての共同作業なわけだから、やっぱし二人の秘密ってことでいいんじゃないかな?」

『頼むからそういう意味深な表現はやめてくれ。……っておい御咲!!』

「ちょっと悠斗。それ一体どういう意味? 夏乃ちゃんとも怪しい関係やってるの!?」


 かかった。二人とも見事に釣れた。

 たまにはこうしてあたしの大好きな彼に牽制を入れつつ、御咲ちゃんと愛花ちゃんにはヤキモチを妬かせるようなことを言っておかないと、話はさらにこじれるばかりだもんね。あたしくらいの中和剤があった方が二人にとってもプラスになると思うんだ。

 てか電話の向こう側の御咲ちゃん、いろんな意味で大丈夫だろうか? それに、愛花ちゃんの仰るあたしと悠斗の『怪しい関係』ってどういう意味だ!? ……これってより一層話がこじれているとか、そういう話はないよね??


「お〜い悠斗〜。生きてるか〜?」

『ああ。辛うじて生きてる。……おい御咲、やめろ!!』

「だからこんな時もわたしの前で二人でイチャイチャするのやめてよ〜」


 大方電話の向こう側では、悠斗が御咲ちゃんに首を絞められていると言ったところか。今をときめく女子高生アイドルが男子高校生作家の不倫にブチ切れて、ついに殺人事件へと発展する。鎌倉山高校生カップル殺人事件……舞台背景、及び人間関係に至るまで最高のプロットで、素敵な推理小説が出来上がるに違いない。もはやアイドルとか作家とか、そういうバックボーンさえ不要なんじゃないだろうか。

 あ、ちなみに殺人事件発生現場は電話の向こう側であって、決して愛花ちゃんの目の前で起きている惨劇ではない。そこはお間違えなきよう。


「とにかく御咲ちゃんを説得しといてね。ライブの最後の曲のセンターは、御咲ちゃんってことに決めておくから〜」

『なんでそう話が決まるんだ!?』

「だって悠斗が御咲ちゃんの機嫌をこれ以上損ねたら、明日のライブそのものが成り立たなくなりそうだし……」

『な……』

「それにその案に反対してたのは悠斗だけだったわけだし、ここは自分が折れるのが男の子ってもんだとあたしは思うんだよね〜」

『……わ、わかった。御咲を説得しておく。てかいい加減やめろ御咲!』


 なお、あたしの話には一点だけ嘘がある。それは言わずもがな、あたしをセンターにするという愛花ちゃんの意見だ。もっともそんなの考える暇もなく、最初から却下だと決まっている。

 しかしいつまでいちゃついてるのだろうあの二人は……。


「じゃあ後よろしく〜。生きて御咲ちゃんを連れ帰ってきてね〜」

『わ〜、待て待て。もう少し話に付き合ってくれ。……ぎゃ〜!!』


 ぷちっ


 電話の向こう側から響く『夏乃と初めての共同作業ってどういう意味よ?』という声は、あたしの耳もはっきりと聞き取っていた。とはいえ、そこであたしに救いを求めるのはお門違いってやつだ。とりあえず御咲ちゃんのことは悠斗に任せて、あたしはここで再び黙りこくってしまった愛花姫と睨めっこでも続けていようか。


「愛花ちゃん。コーヒーいる?」

「……あ、うん」


 とりあえず今日も殺め損ねたお詫びに、愛花ちゃんの機嫌をとってコーヒーでも淹れなくちゃね。特にコーヒーの中へ薬を入れる必要などどこにもない。今の愛花ちゃんに必要なのは、甘いお砂糖の方がちょうど良いだろう。悠斗も言ってたしな。愛花はどれだけ砂糖を入れたコーヒーを飲んでも太らないって。


「ふふっ。夏乃ちゃんって、本当に『Green eyes monsters』のリーダーをちゃんとやってる感じだよね?」

「……そうでしょうか?」


 そう言ってきたのは元『BLUE WINGS』リーダーという経歴の持ち主、千尋さんだった。あたしはその言葉に少しだけ首を傾げてしまう。でも逆に言うと、今あたしにできることはそれくらいしかないような気がして、特にそれ以上は何とも思わなかったんだ。

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