女子高生推理作家も殺される事情

「あたしの、居場所……??? あたしが人を殺すことで??」


 正直なところ、ヤスミの言ってる意味がこれっぽちもわからなかった。

 あたしは推理小説を書き、頭の中で多くの人を殺し、そんな世界で自分の居場所を見つけるという話だろうか。……ってそんなこと言ったら確実にあたしは変質者で、無意識の大量殺人鬼と呼ばれてもおかしくない存在な気がしてきた。


「そう。ナツノッチは小説の中で人を殺めることで、自分の居場所を見つける人」

「って、頼むからそこはちゃんと否定してよ!!」

「だって事実そうじゃん」


 心外だ。……いや、絶対心外だよね!?

 確かにあたしはこれまで何本も推理小説を書いてきて、しかも思いのほか結構売れて、去年はドラマ化さえされたのも事実だ。あたしの事務所の先輩で国民的女優の春日瑠海さんがそのヒロインを演じると聞いたときにはさすがに恐れ多いというか、そんな大それた作品じゃないって何度も考えてしまったこともあった。ただ、そんな美しいヒロインが血みどろの殺人現場に居合わせてしまい、その絶妙なアンバランスさがあのドラマの魅力の一つだと思えたのも事実だ。あたしが思い描いた光景を飛び越えて、春日瑠海さんの魔力というものを目の当たりにしたあたしは、ドラマの放映終了とともにシリーズ最新作を書き上げていたくらいだ。

 そう。それがあたしの書いた最新作であって、それ以降一度も作品を書いていない。あたしのお話と一人の女優の融合が完成された後は、あたしが人を殺すのは、あたしの頭の中だけに留まっている。


 それは至って自然で、平和なお話じゃないかって、あたしは思う。


「まるでそれ、あたしが人を殺してないと自分じゃいられないみたいな言い草よね」

「でも実際、ナツノッチは人を殺してばっかだよね?」

「てかさすがにその言い草はレディーに対して発言が酷すぎじゃない!?」

「そうかな〜……? 誰にだってそういう時はあると思うけど」

「え、誰にでもあるの!? それはそれでこの世の中は殺人鬼だらけで怖いと思うけど」

「うん。僕もそれって健全じゃないとは思うよ? だけどさ……」

「だけど……って……」


 あたし、全然ヤスミの話についていけてない。推理小説で殺人現場ばかり書いてきたから頭がおかしくなっちゃんたんだろうか? いや、ここ一年一度も書いたことないけど。


「だけどナツノッチが一番殺してるのって、主に自分自身だよね?」


 だが、ヤスミの隠し持っていた研ぎ澄まされたナイフは、あたしの胸を強く引き裂いてきた。急に襲いかかってきたのであたしは咄嗟の防御態勢を取ることができず、胸から血が溢れ出てきそうなほど痛みが強くなってくる。


「あたしが、殺される……?」


 ヤスミは肯定の言葉を返す代わりに、小さく笑みをこぼしている。


「ちょっ……そんなこと、ないつもりなんだけどな」

「本当にそう言い切れる?」

「う、うん。もちろんだよ。ヤスミにはこうして本音を……」

「僕に対してだけそうであっても、僕はちっとも嬉しくないよ。どうせナツノッチのことだから、大好きな彼の前では全然素直じゃいられないくせに」

「…………」


 急に浮かび上がってきた彼の顔。その顔はいつも呆れた顔であたしを冷たくあしらっていた。


「彼にペースを握らせないように強がって、ずっと作り笑いばっかなんでしょ?」

「それの何がいけないのよ?」

「別に僕はいけないと思わないけどね。本当にナツノッチがそれでいいのなら」


 気づくとあたしはヤスミに逆上してしまっていた。確かにこんなのあたしらしくない。いや本物の素直なあたしというのは、ヤスミの言う通りこっちなのかもしれない。だけどそれを隠し切って、相手を騙し続けるのが、天保火蝶という推理作家のはずなんだ。

 それがあたしの本質で……幻と言えるあたしの正体のはず。


「でもさ。そんな作り笑いをファンが見たら、さすがに幻滅すると思うな」

「ファン? 夏穂の……ってこと?」


 夏穂。つまりは、あたしのファンってこと。

 夏穂は『Green eyes monsters』のリーダーではあるけど、深紗や真南とは圧倒的差を持ってファン数が少ない。モンスターズというくらいだからあたしの周りは化け物ばかりで、二人とも日増しにファンの数が増えている。それとは逆に、あたしはファンの数を減らしているんじゃないかと思えるほどだ。デビューから二ヶ月ほど、二人の背中は見えなくなるばかりだった。


「ナツノッチはさ、アイドルやってて本当に楽しいの?」


 そんなの答えは決まってる。

 だけどそれを答えるには、全くと言っていいほど説得力が失われていたんだ。

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