アイドルがステージ上から団扇の数を数える事情

 御幸の浜に押し寄せてくる波は、今日も荒立っていた。特段と天気が悪いわけでもない。風だってあんまりないし、西側の箱根の山々の狭間には、もうすぐ夏の夕日が沈みかけようとしていた。それでも波が荒々しく思えてしまうのは、今のあたしの心のせいなのか。

 あたしは嘘をつくことで、あたしでいることができる。それが快感とも言うべきか、いつもの自然体で、誰の前でも作り笑いで自分を偽って見せる。それがあまりにも当たり前すぎるので、今更周囲もなんとも思わないでいる。それどころか頼りになる姉御みたいな雰囲気を醸し出してるらしく、あたしに声をかけてくる女子も結構多い。ま、男子からは嫌われてるみたいだけど、そんなのあたしは知ったこっちゃない。


 でもさ……。


「やっぱしあたしみたいなのがアイドルだなんて、ちゃんちゃらおかしいよね」


 そんな風にあたしは気づくと笑っていた。これも作り笑い? 自分でもどっちだかわからなくて、それがますますおかしく思えてくるんだ。


「ほんとだよ。ナツノッチが人気アイドルグループのリーダーとか、この世の中って間違えだらけだよね」

「そこまで言う!?? あたしのアイドル生活全否定みたいな!?」

「だって実際にそうじゃないかな? ナツノッチの作り笑いに気づいちゃったら、見てる方はみんなげんなりすると思うよ?」

「そんなの気づかれないように見せるのが役者ってもんでしょ!」

「だよね〜。ナツノッチって他の二人と違って、演技力皆無だもんね!」

「うっさいな〜!!!」


 ヤスミはあたしのアイドルとしての素質をとことん全否定してきた。笑顔がいつも作り笑いとか、それでいてそれを隠すだけの演技力が皆無とか、散々に言われてはいるけど、まさしくその通り過ぎてまるで返す余地がない。本当にこんなあたしが人気アイドルグループのリーダーなんてどうしてやってるんだろ?って、うちの事務所の社長は全く人を見る素質がないのだろうか。……いや、そんなはずはないはずなんだけど。

 あたしを『Green eyes monsters』のリーダーに指名してきたのは、紛れもなく社長だった。御咲ちゃんをアイドルデビューさせるため、まず声を掛けられたのがあたしで、そのままリーダーまで任されてしまったのだ。愛花ちゃんのグループ参入が決まったのはその後のこと。こちらは御咲ちゃんの御指名だったらしく、今となってはその選択だけは本当に間違ってなくて良かったと思ってる。じゃないとあたしと御咲ちゃんの二人だけだったら……御咲ちゃんのバックアップどころか、あたしが御咲ちゃんの足を引っ張るばかりだっただろう。

 本当に、皆が一緒でよかった……って、それだけは素直に思うんだ。


「だけどさ。人気はなくても、好きなんでしょ?」

「え?」


 ヤスミの目元が輝いて見えた。夕日に照らされているからだろうか。


「アイドルのこと。ナツノッチ、小説書くときより楽しそうだなって」

「ああ、そのことね……」


 あたしは打ち寄せる波に自分の顔を映し出してみる。この顔のどこまでが嘘で、どこからが本当のあたしなんだろうって。だけどヤスミの質問の回答だけはちゃんと決まっているので、あたしは嘘の方を顔をそのまま呑み込んでみるんだ。


「うん。好きだよ。こんなあたしでも、応援してくれる人がちゃんといるから」


 先日の名古屋の時だって、およそ団扇の数は御咲ちゃんと愛花ちゃんが圧倒的な割合を占めていた。あたしの団扇なんて二人の影に埋もれすぎていて探すのもやっとだった。彼のぱっと見の予測では、およそ一割くらいじゃないかって、あたしの団扇の割合の数をそう計算していた。

 だけど捉えようによっては、まだ一割もあたしを応援してくれてる人がいる。こんなあたしであるはずなのに、応援する価値がどこにあるかもわからないような、あたしであるはずなのに……だよ?


「御咲ちゃんや愛花ちゃんじゃなくて、あたしを見ていてくれる人がいる限りは、あたしも頑張ろうって思えちゃうんだよね」


 『Green eyes monsters』の夏穂と、推理小説作家の天保火蝶の最大の違いは、そこにあたしの顔があるかどうかだ。その顔がたとえ嘘だったとしても、あたしがそこにいて、ファンがあたしを観てくれている。それだけは紛れもない事実であるから。


「ああそうだ! 愛花さんだった!!」

「……ん、どうしたの? 愛花ちゃんがどうかしたって??」


 急に思い出したかのようにヤスミが大声を出したもんだから、あたしはびっくりして、ヤスミのその慌てふためいた顔で我に返った。


「さっきナツノッチが下校した後、愛花さんがうちの高校に現れて、大騒ぎになったんだった」

「…………はい? てか何それ??」


 瞬間的にはヤスミの言ってる意味が全くわからなかった。でも愛花ちゃんがうちの高校に現れたりでもしたら……。どうせ愛花ちゃんのことだ。いつもの下手な変装で逆に目立ってしまい、顔バレどころの騒ぎでなくなるのは自明の理ってやつだろう。


「そりゃそうだよ。だってあの人気アイドルの愛花さんがうちの学校に現れたんだよ? こんな田舎にあの真南さんがって!」

「少なくともあたしも同じアイドルだってことわかっててそれ言ってるよね、今のヤスミ」

「だってナツノッチはいつものナツノッチだし、騒がれるはずないじゃん」

「そこは少しくらいフォローしてくれたっていいんじゃないかな??」


 いやいや。今はそんな話をしている状況ではないんでしょって。あたしはそんな顔でヤスミに催促をする。


「僕が代表して用件を聞いたんだけど、やっぱしナツノッチに用があったみたい」

「てかそれならあたしに電話なりしてくれればいいでしょ!」


 今ならヤスミにではなく、愛花ちゃんへの愚痴だ。下手に大騒ぎさせるくらいならむしろそっちの方が平和解決というやつだと思う。


「でね。せっかくなので小田原観光したいから、用が済んだら小田原城まで来てほしいってさ。これがナツノッチへの伝言だね」

「…………」


 いやまぁヤスミも愛花ちゃんもどっちもどっちだな。

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