女子高生推理作家が頭の中で人を刺し殺す事情

「大好きな異性の人か。あたしにとっての彼は本当にそうなのかな?」


 漏らすようにそんな言葉が出てきてしまう。本当にどうしてヤスミの前だと本音ばかりが出てきてしまうのだろう。ヤスミ以外の人と一緒にいる時のあたしなら、こんなの悔しいと思って、強引にでも否定の言葉が出てきてしまうと思う。だけどヤスミが相手だとまぁ仕方ないかって、そんな風に思えてしまう自分もいた。


「さぁ? 僕は彼に会ったことないけど、小説を読む限り彼は優しい人だと思うよ」

「優しいからきっと平気で二股かけられるんだよね。ほんと馬鹿な人……」

「違うでしょそこは。ナツノッチをそこに含めたら三股だよ?」

「…………」


 やっぱりあたしの次の小説で刺し殺されるのは、愛花ちゃんじゃなくて彼の方なんじゃないかって、そう思えて仕方がない。誰に対しても優しいが故、自ずと全員の恨みを買ってしまってる人。そんなの本当は彼自身に罪はなくて、恨みを売ってる方が悪いに決まってるのにね。あたしと違って全ての感情を前面に押し出してしまう御咲ちゃんはともかく、不器用にも無邪気な恨みを放つ愛花ちゃんだって十分に酷い。彼が自分を好きなのは『過去のこと』だって無理矢理断定することで、気付かぬうちに自分が土俵に上がってしまってるんだもん。そんなこと言ってしまったらやり場を失うのは彼の方だ。ごく簡単なトリックに、愛花ちゃんは一ミリも気づいていないのだから。

 ……ま、あたしもあたしだ。他人を責めることはできないか。


「ううん。やっぱりそんなことないよ。そんなの、あり得ないかな」

「え……?」


 ヤスミは少しだけ驚いたように聞き返してきたが、あたしは砂浜に書かれた文字が波に消されるように、ヤスミの言葉を否定していた。


「彼があたしを好きになることなんて絶対あり得ないってこと」

「そうかな〜? 既に二股かけてるのに?」

「だからだよ。それだけ二人に夢中で、あたしに入り込む余地なんてないよ」

「……ふ〜ん。そっか」


 だけどヤスミはどんなにあたしが強引に話を打ち消しても、もう一度文字を書き直そうなんてことはしてこない。何事もなかったように全て消え去り、残ったのは海水のせいで湿ってしまい、色だけが変わり果ててしまった砂浜だけ。色を変えたのはヤスミじゃなくてあたしの方だと言うのに、ヤスミは文句一つ言わず、その状況の変化を受け取ってしまう。


「とりあえずさ、ナツノッチももっと自分のやりたいようにやればいいのに」

「え……?」


 否定はしてこない。だけどヤスミはさらに鋭く曲がる変化球を投げてきた。

 だけどそれはつい先日も、誰かに言われたばかりのような気がして……。


「ん? ナツノッチ、どうかした?」

「ううん、別に。ちょっと前に彼にも似たようなことを言われたばかりだなって思っただけ」

「その、例の彼にも?」

「うんそう。『お前もっと自分を大切にしろ』みたいなこと。二股かけて、今すぐ殺されてもおかしくない人にそんなこと言われても、なんの説得力もないのにね」

「それはナツノッチの小説の中で殺したいだけでしょ」


 ん? それはちょっとだけ違うんじゃない? なんであたしは自分の大好きな人を、自分の小説の中で殺さなきゃいけないんだろ? そんなことしたらあたしがまるで殺人犯みたいじゃない?

 御咲ちゃんが愛花ちゃんと彼の二人を殺すなら話はわかるけど。そうすれば御咲ちゃんの思い通り、彼はずっと御咲ちゃんの心の中で生き続けるだろうし、彼の思い通り、あの世で愛花ちゃんと結ばれることができる。愛花ちゃんの心はまだ中途半端だろうけど、でもきっと彼が側にいれば、愛花ちゃんの真っ白い心はずっと汚されないままでいられるはずだ。


 ……あれれ? やっぱしあたしは彼を殺したがってる???


「とりあえず僕だって、ナツノッチの新作を読んでみたいんだけどな」


 海辺の夕日に照らされた彼の瞳が、静かにそう輝いていた。


「もう興味ないんだよなぁ〜。推理小説とか書くの……」

「そんだけ頭の中でいろんな人を殺しているのに?」

「ちょっと待って。それじゃああたしが変質者みたいじゃん!」


 彼はあたしの言葉を否定する代わりに、ははははって白い歯を見せながら笑っていた。とはいえ否定する気は全くないようだ。ヤスミにとってのあたしは、よほど能天気な変質者か、近寄るのも危険な殺人者ってことなのかもしれない。


「違うよ、そうじゃないって」

「…………?」


 だけどそれでも最後の悪あがきというか、ちゃんと否定もしてくるんだ。


「そうやってナツノッチは自分の居場所を探してるだけなんでしょ?」


 その否定はあたしの頭の中へぽっかりとした疑問符を浮かばせるのに十分だったけど。

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