女子高生推理作家が殺人現場を妄想する事情
あの時というのは、恐らく悠斗がラノベを書こうとした時期のこと。ちょうど今から一年前だっけ? あたしがあのラノベを初めて手にしたのは。
あたしは本屋の中でもあまり普段は立ち寄ることのない、ラノベ売り場へふと足を伸ばした。今でも何を思ってそうしたのか記憶にないほどで、恐らくは理由など特になかったと思う。もし何か表現を与えなきゃいけないとするならば、運命と呼ぶのが正しいか。元々ラノベの文体からして好きじゃなかったあたしは、ラノベの表紙絵だけに目を奪われていたというのが正しいかもしれない。
その時だ。彼のもう一つの筆名に出逢ってしまったのは。
びっしり並んだ本棚の中に、あたしが大好きな作家名とそっくりすぎる名前を見つけてしまう。もちろん何かを感じ取ったあたしは、その本に手を伸ばさないはずもない。その場で立ち読みしてみると、案の定というべきか、文体まであたしの大好きなそれにそっくりだったんだ。だけどあたしが知ってるそれと違う部分もあって、完全にただ流れるように文章を紡いでいるだけ。ノリだけで書いてることがすぐにわかる程度のラノベだったんだ。
皮肉なことに、ああ、これなら売れるって、プロ作家のあたしにもすぐにわかったくらいだもん。
それからおよそ一年後、あたしはそんなラノベに登場するモデルの二人に出逢ってしまう。何を血迷ったか、そんな二人とあたしがアイドルデビューするというんだ。もちろん二人に出逢った最初の頃は、当然二人がそのラノベのモデルであることには気づかなかった。だけどちょうど違和感を覚え始めた頃、二人のうちの一人……馬鹿でお調子者で無神経な方が、『月山遥』という純文学の作家名をぽろりと口に出すことがあった。それであたしは確信したんだ。あのラノベに登場するヒロインは、この二人だってことがね。あたしがあんな無茶な手紙を書くことにしたのは、そんな話があったからだ。
でもまさかモデルと役者が入れ替わってドラマが作られるとはね。皮肉と呼ぶにはこれ以上の出来事はなかったけど。
本当のメインヒロインが誰なのか……?
あたしは二人がラノベに登場するヒロインであることに気づいた時、彼が本当に好きな人が誰なのかさえも気づいてしまった。なぜならこのラノベを一番最初に手にした時、『ああ、これはラノベだ』と思えたのは、まさにその部分があったから。そこに描かれていたメインヒロインが、彼が本当に描きたかったヒロインでないことに、あたしはその場で読み取ってしまったんだ。
だから今度こそ君は、本物のメインヒロインを書きたいってことなんだよね。
「なるほどね。だから君の売れない方の筆名でそれを書くんだ?」
「売れない方って言うな!!」
売れない方、つまりは『月山遥』というクレジットで。
ラノベじゃなくて、きっと君は本物の小説を書きたいんでしょ?
「まぁでも実際売れてないんだから、そっちは引退してもいいんじゃないの?」
「お前なぁ……」
「でも最後は骨くらい拾ってあげるよ。同じ作家のよしみとしてね」
「俺を勝手に殺すな!!」
あたしはにっといつもの作り笑いで、彼を弄ってあげる。ま、そんなことになったら、きっとあたしは一人で朝まで泣いてるだろうけどね。
「まぁとりあえず売れない小説ということを前提で話を進めると……」
「最初からそう断定するのはどう考えてもおかしいだろ!」
「クライマックスは……主人公のヒロインがもう一人のヒロインに刺し殺されても、特に批判はされないってことだよね? 元々売れてないんだから」
「その妙にリアルな意味深な発言も頼むからやめてくれ!!」
「……で、あたしの小説に出てくる探偵さんが出てきて、犯人は殺された女性の彼氏だって、敢えてミスリードするの」
「まさかの犯人、俺!??」
「でね、警察もそれを信じて君を逮捕するの。これにて一件落着。めでたしめでたし!と」
「もはや冤罪が発生してるし、何一つめでたくないだろそれ!!」
……うん。間違えない。これで『月山遥』という作家は確実に終わる。
あたしは大好きな作家を殺すことで、確実に楽しんでいた。君がいざとなれば、こんな小説を書くことさえ躊躇しないかもしれない。あたしの大好きな文体で、あたしの大好きな感情も全部含んでいて。でもそんな小説はこの世に形として残るべきじゃないって、あたしは思うんだ。この世から何もかもが消え失せてしまえばいいって……。
だってそうすれば君はあたしの心の中だけに、独り占めできるじゃないか。
「お前はそもそも俺に、どんな小説を書かせたいんだよ?」
「あたし……?」
そうだなぁ〜、あたしは何を望んでいるのだろう……?
「手紙……」
「手紙?」
あたしは気がつくと、そんな言葉を口に出してしまっていた。
「ねぇ天才作家くん。あの時の手紙って、まだ持ってたりする?」
あたしの頭に思い浮かんだのは、あたしが君に出逢う前、何気ない勢いで君に書いてしまっていた一枚の手紙だった。その手紙を書いている時は本当にはらはらどきどきで、なんで自分でもあんなこと書いたのか、理由さえもわからないくらいだったんだから。
だってそれは、あたしが生まれて初めて書いたラブレターだったんだもん。
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