女子高生推理作家が次回作のメインヒロインを想像する事情
「夏乃、これは一体どういうことだ!?」
大船駅で東京へ戻る廣川さんを見送ると、あたしと悠斗はモノレールに乗って東京方面とは逆方向へ南下し、悠斗の家の喫茶店へとやってきた。とりあえずあたしがごねたおかげで、なんとかこの名物ブレンドコーヒーの味まで辿り着くことができたけど、それにしたって悠斗ときたらずっとこんな具合なんだ。
ほんとしつこいんだから……。そんなしつこいことばっか言ってると、御咲ちゃんにそっぽむかれちゃうんだからね?
「別にいいじゃん。今日は御咲ちゃんも愛花ちゃんも仕事で、どうせ鎌倉に戻ってくるのは夜遅くなんだし」
「そのまるで俺が二股かけてる上にさらに影に隠れて不倫までしてるような表現をやめてもらえるか?」
「え、違うの?」
「断じて違う!!!」
あたしは別に不倫相手だったとしても全然構わないんだけどな。まぁ御咲ちゃんと愛花ちゃんの場合は、二股とかに設定しちゃうと殺人事件が起きてもおかしくない状況になりそうだけどね。きっと被害者は愛花ちゃんで、犯人は間違えなく御咲ちゃんだろう。動機はともかく、凶器はなんだろうな? 愛花ちゃんの胸を果物ナイフで一刺しか、あるいは御咲ちゃんの得意科目である理系教科の頭脳をフル活用して、完全密室の部屋の中で毒殺か。……ま、そんなことあったら『Green eyes monsters』解体の危機だろうし、決してあたしとしても喜ばしい状況ではなくなるけど。
ああ、コーヒーが美味しい。
「そうじゃなくて! まさか夏乃があの推理作家の天保先生だったなんて……」
「別に驚くことでもなんでもないでしょ? 今時副業が作家の芸能人なんてごまんといるし、あたしもその中の一人というくらいの認識なんだけど?」
「そうじゃないだろ! 確かに副業が作家の芸能人はいるにはいる。だけどおよそは芸能活動の方が主であって、こんなところでのんびりコーヒー飲みながら小説の次回作の打ち合わせをしてるアイドルなんて、俺は聞いたことないぞ?」
「失礼ね〜。あたしだって先週はライブで名古屋にいたじゃん? そのおかげで次回作が書けなくなったって誰も文句は言ってこないと思うんだけどな〜?」
「いやいや夏乃の場合はアイドル始める前から遅筆になってただろ!」
ふんだ。悠斗だって純文学の方は全然書けてないくせに。
あたしは何も言わずに、やれやれといった顔を作りながらそう拗ねてみる。だけどそんなあたしの本音はしっかり悠斗にも伝わってしまったらしく、悠斗は気まずそうな顔になり、あたしと同じように黙りこくってしまった。ふふっ。こういうところは本当に根っからの正直者で、あたしが君に夢中になる理由の一つ。あたしは君のような素直な気持ちには到底なれっこないから、だからそれがおかしく思えて、いつもの作り笑顔ではない本当の笑みが小さく溢れてしまうんだ。
「ねぇ。それで君の次回作はどんな作品を書くつもりなのかな?」
「あ、ああ……」
少しだけ我に返った悠斗は、喫茶店のカウンターの中で自分用のコーヒーをドリップしている。あたしと同じ、この店自慢のブレンドコーヒーだ。悠斗の自分のマグカップにそれを注ぐと、コーヒーサーバーの中にはほんの僅かばかりのコーヒーが余ってしまう。サーバーに余らせても冷めてしまうだけなので、悠斗はあたしの空いたカップの中に、何も言わずに注いでくれた。ありがとうという言葉の代わりに、あたしはにっこり悠斗に微笑み返してみる。……だけどこれも作り笑いなのかもしれない。
御咲ちゃんも愛花ちゃんも、いつもこうして楽しいひとときを悠斗と共有してるんだろうな。嫉妬する程度には羨ましく思えてきたんだ。
「次回作は高校生女優が出てくるお話。ちょうど夏乃が書いてるような、女子高生が女優として活躍してて、観ている人の心を鷲掴みするような……」
……あれ? あたしは懐かしい話を思い出しながら話すような悠斗の態度に、どこか引っかかるものを感じ取ってしまった。
「ふ〜ん。それなら確かにあたしが書いてる推理小説と被っているところあって、コラボ小説も作りやすそうだね。てことはその主役の女の子が、実は探偵さんって具合になるのかな? あたしのメインヒロインとライバル関係にあるような」
「ううん。それはできそうもない」
「え、そうなの……?」
ということは……。あたしは悠斗が描きたいであろう二つのメインヒロイン像のうち、一人を黒板消しで消してみる。残った方のもう一人のメインヒロインと、頭の中で睨めっこしていた。
「だってそいつが探偵になるにはちょっと馬鹿で……」
「馬鹿でお調子者で無神経なメインヒロイン……か。確かにそんな女の子は、名探偵としてはとてもじゃないけど不適格だよね」
「…………」
どちらかというと、話の最後で殺されてしまいそうだ。無邪気なメインヒロインの惨憺たる死。完全無欠のバッドエンドで、批判の嵐が呼び起こされるのは書く前から容易に想像がつく。
「でも君は、今回はそっちを書こうって思ったんだ……?」
「……ああ」
「なんで? あんなことがあったから?」
「違う! ああなる前からプロットは決まってた」
悠斗は力強く、あたしの言葉をはっきり否定した。あたしがびくっと驚く程度には大きな声で、あたしの胸を氷つかすような魔法の力も兼ね備えていて。
「あの時どうしても書けなかったあいつを、今度こそ俺は描いてやりたいんだ」
悠斗はぼそっとそう溢して、優しい唇にマグカップをつけたんだ。
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