女子高生推理作家がカエルまんじゅうを買う事情

「やっぱし夏乃ちゃんと悠斗君って知り合いだったのね?」


 などと納得した反応を示したのは担当編集の廣川さんの方だ。


「てかいい加減にあたしのアイドルグループのこと覚えてくださいよ〜」


 あたしはそう答えながら強引に彼を押し退け、彼の隣に急接近した状態でちょこんと座った。目的は廣川さんを誘導するため。こういうのは印象操作、第一印象が大切ってやつだ。


「あれ? 青だか赤だか、確か信号みたいな色の名前じゃなかったかしら?」

「緑です! 『Green eyes monsters』って何度も言いましたよね〜? そこにいる月山先生が、あたしのアイドルグループのお手伝いをしてくれるって、前にもお話したはずなんですけど〜」

「ああ、そうだったわね。月山先生と言うのがあまりにアレだったから、私それが悠斗君であることにちゃんと結びついてなかったわ」

「…………おい」


 廣川さんって仮にもその月山先生の担当編集じゃなかったっけ?……と思わずツッコミたくなったけど、残念なことにその件にはあたしも一つ思い当たる節があった。ここにいる月山先生という筆名は、あくまで売れていない方、純文学の筆名であるということ。普段は……というより売れてる方のラノベを書く際には『月島遥斗』という具合に、どういうこだわりからかクレジットを変更しているんだ。それであたしたちの芸能事務所のお手伝いの方は売れてない方の『月山遥』を使ってくれてるわけだから、それってただの嫌がらせかと思わないこともない。まぁとりあえず、恐らくだけど彼なりの無駄なこだわりというやつなんだろうけどね。


「はい。そしてこれが名古屋土産のカエルまんじゅう!」

「さすが夏乃ちゃん。悠斗君と違って気が利くわね」

「だって廣川さん、名古屋行ったら必ずカエルまんじゅうを買うんだって、前から話してたし」

「そうそう。このさっぱりとした甘さが、お茶とよく合うのよ〜」


 こうして廣川さんと談笑する間も、さっきから彼はずっと不貞腐れた顔でむすっとしている。てかこいつ、お土産ひとつ用意してなかったのか? 本当にこんななかなか機転の利かない頑固者のどこがいいんだろうって、御咲ちゃんも愛花ちゃんも相当物好きだよねって、そんな風に思わざるを得なかった。

 ……とまぁその点はあたしも人のことを言えないか。


「それで早速本題に入らせてもらうけど、夏乃ちゃんはコラボ小説の相手が悠斗君で構わないってことでいいのよね?」

「あたしは全然構わないですよ? むしろ相手が悠斗なら大歓迎〜!」

「あら。普段から名前で呼び合うほどの関係だったのね」

「もちのろんですよ!」

「…………」


 ……うん。もちろん、こいつのことをかつて名前で呼んだことは、一度だってない。だけどそうは言っても、彼はあたしのことをどういう意図かいつも『夏乃』って呼んできてたし、それに御咲ちゃんも、最近では愛花ちゃんも、彼と名前で呼び合ってるんだ。当然今更あたしが名前で呼んだって、何も文句は言えないはず。

 初めて名前で呼んで、ちょっとばかし照れ臭かったけどね。でもきっとそんなのはご愛嬌ってやつだ。


「悠斗君もそれでいいかしら? でも悠斗君の方は天保先生の正体が夏乃ちゃんだったってこと、気づいていなかったみたいよね?」

「あ、はい。夏乃……さんとはこれまで芸能界で仕事の絡みはありましたが、それ以外には特に接点がなかったので。まさか夏乃さんが天保先生だったなんてことは……」

「あら、そうなの?」


 廣川さんの疑いの目があたしの方へと飛んでくる。てかこいつ、何であたしのこと『さん』付けで呼んできてるのよ!? あたしはどこかのポンコツアイドルじゃないはずだけど、こういう時だけ『さん』付けなのはなんだか少しむかっとしてくる。


「だってあたし……」

「……ん?」


 こうなったらそのポンコツアイドル並みの演技で、廣川さんを騙してやるんだ。


「だってあたしの大切な彼には、あたしの秘密を絶対にバラしたくなかったんだもん!」


 彼に泣きつくように、子犬のようなまん丸の目で。きっと愛花ちゃんだったらこんな綺麗な瞳で悠斗に迫るんじゃないかと思うから。あたしはあの子ほど無邪気にはなれないけど、でも気持ちだけは愛花ちゃんに負けたくないから。……負けるつもりは全くないから。

 あたしは両手で悠斗の左腕をぎゅっと奪ってみせた。悠斗の腕の骨を折ってしまうんじゃなかって、それくらい力強く、そして、そっと悠斗の耳元で、こう誓ってみせたんだ。


「あたしは悠斗と一緒に、新しい小説を紡ぎたいの」

「…………」


 悠斗の心臓の鼓動がほんの少しだけ速くなったのがわかる。


「もちろん一緒に、付き合ってくれるよね。悠斗?」


 ……そっか。

 この感覚がたまらなくて、御咲ちゃんはいつも悠斗にこうして迫っていたんだね?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る