Lesson4: 女子高生推理作家の忙しい毎日

秘められた想い

女子高生推理作家が大船の喫茶店を訪れる事情

 大船駅前にある雑居ビル。廣川さんから呼び出しを受けた喫茶店はそのビルの二階にあった。学校が終わると東海道線高崎行きとかいう、もはやそれのどこが東海道線なのかと首を傾げるほどの電車に飛び乗ったけど、ただし心の中はぴょんぴょんと飛び跳ねていた。

 今日あたしを呼び出したのは間違えなく廣川さんだし、廣川さんが待ち合わせ場所に大船の喫茶店を指定してきたのも初めてのこと。そんな喫茶店ではあるけど、あたしは過去には何度か訪れていたんだ。


 螺旋状っぽくなってる階段をスキップするように駆け上がる。いつもと同じ階段なのに、いつもとは違った意味を持つ階段でもあって、まるで童心へと返ってしまったかのよう。こんなの本当にあたしらしくない。だけど喫茶店の中で待ってくれている廣川さん、そして彼のことを思いながら、一歩一歩階段を楽しんでいる。


 あいつ、あたしの顔見たらどんな顔するかな?

 どうせいつもの間抜けヅラかもしれない。御咲ちゃんの前ではあんなにいつもおどおどしているし、愛花ちゃんの前でもやっぱしいつもおどおどしているし、どうせだったらあたしの前でもそれくらいおどおどしてみせろよっていつも思うんだけど、あたしに対してだけはいつも冷たくないかな?


 ずるいなぁ〜。御咲ちゃんも、愛花ちゃんも。

 彼にとっては二人とも特別な存在で、あたしなんか眼中にさえないんだから。

 ……ほんと、なんであたしったらこんなこと考えるようになったんだろ。


 喫茶店の入口前までやってくると、自動ドアが横にスライドしていくのと同時に、店員さんの『いらっしゃいませ〜』という華やかな声が聞こえてくる。だけどそんな華やかな声とは裏腹に、中のお客はというとビシッとスーツを着たいかにもな感じのビジネスマンばかりだ。店員さん以外、女性の気配すら感じられない。この店っていっつも、こんな感じだったっけ?

 周囲をきょろきょろ見渡していると、ようやく『こっちよ〜』という聞き覚えのある女性の声が耳に入ってきた。声の方に振り向くと、一番窓側のテーブルに、あたしの担当編集の廣川さんと、ブレザーの学生服を見事に着こなしている彼の後ろ姿が確認できた。


 まもなく彼は後ろを、こちらの方へと振り返ってきた。

 あたしは案の定とも言うべきその間抜けヅラを確認すると、わざとらしい顔を作って、彼に手を振って返してみた。あっちは心臓が止まるんじゃないかみたいな顔をして驚いている。それもそっか。あたしの正体なんて今まで気にも留めてなかっただろうしね。


 だけど本当に心臓が止まりそうなほどなのは、あたしの方なんだよ?

 君がいつも御咲ちゃんや愛花ちゃんを追いかけるのと同じように、あたしはずっと君のことを追い求めてきたんだから。それでもあたしは強がって、絶対君には弱音を溢したりしないつもりだけどね。


「やあ。天才高校生作家くん!」


 いつもの電話越しと同じように、やや挑発的に声を掛けてみる。少しだけその場で後退りして見せる彼。そうそう、あたしはそんな君の反応を期待していたんだ。


「な、夏乃…………!?」


 まるで幽霊にでも出逢った反応なのは、ちょっとばかし許せないけどね。

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