ライブの演出を打ち合わせる事情
「なぁ御咲。ライブツアーってなんの話だ?」
「…………」
だが御咲は、俺以上に固まってしまっていた。
今朝確かに愛花は、『御咲が無視してくる』と言っていた。それは御咲にも自覚はあったようで、故意的に行われていたようだ。その原因は恐らく夏から始まるドラマの件で、愛花が御咲を差し置いて主役ヒロイン役を演じることが決まったこと。もちろん御咲がその悔しさから愛花を無視していたとかいう単純な話であるはずもなく、もっと根本的な原因はそのドラマの原作作者が俺であるということ。そんな複雑な糸の乱れを、今日解いていきたかったのでは?と、少なくとも俺と御咲は考えていたはずだ。
「今週末からゴールデンウィークでしょ?」
「え……あ、うん」
黙ったままの御咲に代わって、愛花が答えてくる。
「そこでね、Green eyes monstersがデビューCD発売イベントと称して、ライブツアーをすることになったんだ!」
「……あ、ああ。そうだったのか」
そういえばそんな話は、御咲と愛花の歌の先生である有理紗先生からメールで伺っていた。『今後の君の勉強のためにも是非会場に来てほしい』と。ライブツアーといっても開催されるのは関東近郊のみで、少しずつ場所を変えながら三日間三会場で開かれるらしい。一日目が埼玉県の某アリーナ、二日目が神奈川県内の遊園地の会場、そして三日目が都内のやや広めの劇場なんだそうだ。俺は先日から芸能事務所所属のライターとして活動することになり、今後は事務所のライブの脚本、あるいは所属タレントの音楽の作詞活動なども任されるらしい。クレジットはラノベ執筆で使用している『月島遥斗』ではなく、純文学執筆で使用している『月山遥』の方を使うことにした。これで純文学も売れ始めれば廣川さんに睨まれなくても済むって話だが、世の中そう甘いものでもないだろう。
「で、結局話というのはなんのことよ?」
ついに業を煮やしたのか、御咲がやっと口を挟んできた。さっきまで完全に拍子抜けしていて……いや、今でも十分に引きずっており、相変わらずご機嫌斜めの様子だ。
「あのね。これまでのライブって案の定っていうか、御咲が一番人気だったでしょ? それを踏まえた上でさ、演出の方針、本当にこのままでいいのかなって確認したかったの」
「それは一体どういう意味よ?」
御咲の声はますます荒げていく。ただ同時に愛花の相談したい話というのも理解できた。今朝のクラスの男子からの反応を見ても、『Green eyes monsters』は相変わらず良くも悪くも御咲を中心に回っている。それであるならライブの演出の基本方針をもう少し御咲寄りの演出にした方がいいんじゃないかって、恐らく愛花はそう言いたいのだろう。
もっともそんなの、御咲のプライドが許すはずないのだが……。
「だからね……」
「第一、今ここで私と愛花が話をしたところで、グループのリーダーがいないんだから話し合いにならないんじゃないかしら?」
その点は御咲の言うとおりだ。そんな重要な『Green eyes monsters』の活動方針を、リーダー不在の状態で話し合うのは間違えだろう。
「あ〜、夏乃ちゃんだったら今日ここに呼んだから」
「「は!??」」
だが愛花は得意満々な顔でそう言うと、思わず御咲と俺が同時に声を上げてしまった。いや、俺のこの反応は過剰反応というやつ。少なくとも何も知らない愛花はやや不審な顔で俺を見つめてきたが、俺が知らんぷりでコーヒーカップを食器棚に片付けると、愛花はすぐにその警戒心を解除した。御咲の方は……もはや今更なので特に気にする必要もないだろう。
「おお〜、ここかぁ〜。鎌倉の山の中にこんなお洒落な喫茶店があるなんて、やっぱ小田原とは大違いだね〜」
いやいや、小田原にだってお洒落な喫茶店くらいいくらでもあるだろ!とその場でツッコみたくなったが、ドアのカランという音と同時に入店してきたのは、ボーイッシュな茶色のキャスケットを深々と被った夏乃だった。こうしてステージ以外の場所で夏乃を見るのは初めてなわけで、その勢いのある声音の前にすると、少しだけ緊張してしまう。
「いらっしゃいませ」
「やぁ〜、君がこの店の店長さんかい? 若くてなかなかのイケメン君じゃ〜ん! ねぇ君、彼女とかいないの? もしよかったらあたしと……」
「ごほんっ!!」
御咲のいかにもな咳払いが店内に響く。そういえば夏乃って俺の顔を見るのは初めてなはずだ。愛花がどうやってこの店を夏乃に伝えたかはわからないけど、ただそうだとするならば……。
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