連休前のざわめき

流れ始めた噂の事情

 四月も最終週となり、いよいよ今週末からはゴールデンウィークが始まる。やっと高校生活に慣れてきたばかりというのに、新しい友人たちとも暫しのお別れ。もしくはそんな友人たちとどこか遠くへ出かける人もいるんじゃないだろうか。……という、まるで夢のようなお話は、御咲や愛花、そして俺にとっては全く存在しないようだ。デビューしたばかりの『Green eyes monsters』は主に関東圏内でライブツアー、そして俺はというと先日廣川ひろかわさんに書かせて欲しいと懇願した純文学の執筆作業がある。俺の場合、次に失敗するようならもう二度と純文学など書かせてもらえないかもしれない、そんな危機感さえあった。

 とはいえ、ラノベの方も書き進める必要があるのだけどな。今朝もニュース番組の短い枠の中で、そのラノベのドラマ化と、キャストが決定したという小さな報道をしていた。こんなニュース、誰が目に留めるのだろうとも思ったが、そこにはしっかり愛花と御咲の姿が映っており、また新しい春が動き出すことを示していた。


 ……のはずなのだが。


深紗みさって夏からドラマの準主役が決まったみたいじゃん?」

「そうそう。俺、朝テレビ観てびっくりしたわ。すごくね?」

「確かGW中に深紗のデビューCDが発売だったよな。絶対買うわ」


 うんうん。気持ちはよくわかる。四月に発売された雑誌などをチェックしてみても、『Green eyes monsters』の中では相変わらず深紗こと、御咲が頭一つ抜きん出ている。デビューライブの様子を伝えているはずのある雑誌の中では、御咲のアップ写真ばかりが目立ってしまい、リーダーであるはずの夏乃とただのメンバーである愛花に至っては、ほぼバックダンサー扱いだ。こうなると二人とももう少し頑張れよと思わず応援したくなるところだが、困ったことに夏乃も愛花もその性格上、そんなこと全く気にしない性格の持ち主だった。夏乃については『CDが発売された時あたしの歌声が一番注目されればそれでいいのよ』とまだ救いがいのある返答が返ってくるわけだが、愛花に至っては『わたしの本業はドラマだもん』と、もはやアイドル業を完全に放棄しているかのような発言だった。なるほど。歌のレッスンを担当している有理紗先生が悲鳴をあげるわけである。


「でも私、先日のライブ観に行ったけど、和歌山さんも可愛かったよ」

「確かにあの子、見かけによらず割としっかり仕事してたって感じだよね」

「さっき言ってたドラマの主役の真南まなって子も、和歌山さんのことだよね?」


 教室の片隅から、女子たちの小さなひそひそ話が聞こえてくる。その後決まって『どうなのよ?』という無言の視線が、いつも愛花と一緒にいる俺の方に集まってくるわけだが、俺はやはり無視してぷいと視線を逸らすだけだ。

 愛花の評判はどちらかというと男子よりも女子の方から集まり始めていた。理由はよくわからなかったが、特に女子たちの間から御咲や愛花がハブられているという様子も微塵もない。どちらにせよ二人とも可愛いよねって、噂だけが女子たちの間で広がりつつあった。

 挙げ句の果てに、今朝も愛花は教室に入ってくるなり俺の方に近づいてきて……


「悠斗聞いてよ!! 今朝もわたし御咲に無視されちゃったんだけど」


 ……などという、しょうもない愚痴を聞かされるわけだ。そんなもの自分で考えろよ!とツッコミを入れたくなるわけだが、兎にも角にもその時の周囲の女子たちの視線が恐ろしく痛い。痛すぎる。


 まだ高校生活は始まったばかりなんだけどな。陽気な春の日差しが、愛花のぷんぷん怒った顔を照らし出していて、どこかアンバランスな構図が、教室の一番窓側の隅に出来上がっていた。

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