アイドルが白馬に乗った王子様を夢見る事情

「御咲が無視って言ったって、元々仲良くなかったじゃないか」

「ひど〜い! わたしと御咲はいつだって仲良しのはずだもん!」


 特徴的なミディアムボブをふわふわさせて、ぷんぷんと小さな子供のような怒り顔を見せる愛花。にしてもその似合わないピンク色の伊達眼鏡が、大分様になってきたように感じられる。それともただ見慣れてきただけだろうか。一ヶ月同じ眼鏡顔と対面しているとこれが愛花の個性ってやつなんだって、そう考えられる程度にはなっていた。


「だとしても、御咲の冷たい視線なんてそれこそいつものことだろ」

「そんなの悠斗だからだよ〜! 付き合い始めたばかりだというのに、二人とも喧嘩ばかりしちゃってさ」

「ば、……その話をここで言うな!!」


 その瞬間、俺は教室中から視線の的として晒される。が、周囲を見渡してみたが、その視線はおよそ女子のものばかりだった。男子たちは関係ない話に夢中になり……というより、誰も俺や愛花の会話など興味なかったようだ。まぁ俺はともかく、愛花がこんな具合だから仕方ないか。


「もっと学校でもいちゃついてもいいんじゃないかな〜」

「そもそも俺と御咲がいちゃつくみたいな雰囲気になったことないだろ」

「そこが問題なんだよ! 悠斗が御咲ともっといちゃついてくれたら、御咲、わたしに対してももっと優しくしてくれるんじゃないかな」

「…………」


 ……なんだろうな。この理由こそ間違ってるもののおよそ正しい理論は。


「悠斗と御咲がラブラブになってくれなかったらわたしたちまで険悪な雰囲気になるんだよ? それって日本中が不幸になるやつじゃん!!」

「日本中の不幸の原因が俺のせいとか無茶苦茶なことを言うな!」


 痛い。クラスの女子の大半をこいつのせいで敵に回してしまったんじゃないかって、そんな気配さえしてきたほどだ。笑顔の中に潜む無邪気な鉄砲玉は、どれだけ俺と御咲を苦しめれば気がすむのだろう。ただただひきつり笑いしか出てきそうもなかった。

 そもそも御咲を一番苦しめているのは、俺じゃなくて……。


「なぁ、それより和歌山の方はどうなんだよ?」

「え、何が?」

「その、白馬に乗った王子様ってやつ?」

「あぁ〜……」


 愛花は顎に人差し指を当てて、思い出したかのような顔で窓の外を見上げたが、どうやらその先に白馬に乗った王子様とやらは浮かび上がってこなかったようだ。青空に漂う雲の形こそ追いかけてはいたものの、それはどう頑張っても白馬と王子様の形にはならなかったようで、そのまま完全に思考停止しているかのようだった。

 愛花の想い人というのは、いつの日か白馬に乗った王子様が自分の目の前に現れるものだと信じているらしい。どう考えても小さな少女の発想じゃないかっていつもそう思うのだが、それを愛花に言わせると『少女たるもの夢はいつになっても見続けるものなんだよ』と自慢気に語ってくる。それはそれで俺は小説家として見習いたい姿勢のように感じるが、とはいえその結果がこれである。似合っているか否か怪しい、少なくともファッションセンス的にはアウトだろと思わせるピンク色の伊達眼鏡をかけて、やや丸みを帯びた童顔な顔を引き立たせている。こんなことでドラマの主演女優なんて務まるのかって、もちろん疑問を抱いているほどだ。


「きっとわたしがもっと有名になれば、王子様も現れるんじゃないかな?」

「そのためにはドラマの主役も頑張るってか? それはご苦労なこった」

「だってせっかく巡ってきたチャンスだもん。絶対に負けたくないし」

「負けない……?」

「うん。御咲には絶対負けたくないもん!!」


 凶器のような白い歯を見せつつ、小さく笑いながら答える愛花。俺は言葉を失うほかなくて、ただ呆然と明るい彗星のような愛花の顔を眺めていた。きっと愛花がこんなだから御咲の態度も冷たくなるのだろうって、心の内側で密かにそう結論に至ったんだ。

 白馬に乗った王子様……か。そんなやつ、本当にこの世にいるのだろうか。


 教室のドアがガラッと音を立てて開いたのは、その瞬間だった。


「和歌山さ〜ん、今日もまたその声を録らせてくださ〜い!!」

「……………………げっ」

「げ……?」


 朝のホームルームがおよそ五分後と迫っていた時、ドアの方からそんな声が飛び込んでくる。教室に入ってきたのは隣のクラスの黒縁眼鏡の少年……ってそれだけ書くと今の愛花におよそお似合いな、顔からしてもいかにもなオタク男子が愛花の方に近づいてきたわけだが。

 ああ、なるほど。つまり白馬に乗った王子様というのは、きっと……?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る